「座右の銘などは持たない」のが「座右の銘」だ、とキザに言いたいところだが、実は一つだけある。「後悔とはしなかったことに対していうものであって、やったことに対していうものではない」というのがそれである。もともとは女優、イングリッド・バーグマンの言葉である。好きな女優はバーグマン以外にもいるが、この言葉以上に好きな言葉はない。これを初めて知ったのは、『朝日新聞』の夕刊のコラム「きょう」である。1993年か94年のことだ。ところがそれを切り抜くのを忘れ、長い間、確認することができなかった。
2000年になって、このコラムを書いた朝日の記者、河谷史夫がコラムをまとめて『一日一話』という本を出してくれた。夕刊のコラムは、200字強の短文で、その日の話題を提供してくれる、実にいい読みものであった。それを365回分まとめたのが『一日一話』である。5月24日は、1950年にバーグマンがイタリアの映画監督ロッセリーニとローマで結婚した日であるが、河谷はこの日(5月24日)にバーグマンのことを書き、上述のバーグマンの言葉を紹介している。
『一日一話』での話は当然のことながら一月一日から始まる。この日は1946年の天皇の「人間宣言」が取り上げられる。この「宣言」を私はこの本で初めて知ったが、これについて話すと長くなるので、今回は触れるのをよしておく。それから365の話が続くが、よくもまあ集めたと思うような話が続く。すべては既に公になったことのようだが、知らなかったことの方が圧倒的多い。
短文と言うことも含めて、外形的にはこの報告の(その13)で記した薄田泣菫の『茶話』と似ていないこともないが、質は『茶話』とは随分と違う。『茶話』は一回読めばうんざりするが、『一日一話』には「何度読んでもいい話」が多い(なお、河谷には、その名も『何度読んでもいい話』と言う著作もあったはずだ)。
河谷は「周り中みなタネ本だ」とする。「あとがき」によれば、それもあって題名を最初は「他人のふんどし」にしたいと考えていたという。引用文献は明示されていないものが多い。一体どこに書いてあるのかと考えるのも楽しみになる。バーグマンの上述の言葉に関しては、「タネ本」らしきもの探すことができた。ローレンス・リーマー『イングリット・バーグマン』(邦訳は朝日新聞社、1989年)が多分それである。バーグマンは、自分の娘や社会的地位といった多くのものを犠牲にしてまで追いかけて行ったロッセリーニとも結局は別れ、1957年1月19日、アメリカに戻ってきた。その日、空港で待ち構えていた新聞記者らに「後悔はしていないか」と尋ねられて、「私が後悔しているのはしなかったことに対してであって、したことではありません」と投げ返した。リーマーはそう伝えている。
この言葉の中にバーグマンの一番いい部分が詰まっているような気がする。河谷は、分厚い『イングリット・バーグマン』からこの部分だけを切り取った。多分残りの364の話も「タネ本」の中の一番良い所を選んだのではないか。それが「何度読んでもいい話」になる理由であろう。与太話を集めるか、「タネ本」の精髄を選ぶか、それで話の次元が変わらないほうがおかしい。
河谷史雄『一日一話』(洋泉社新書、2000年)
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