周回遅れの読書報告(番外その4)  古い百科事典のこと

著者: 脇野町善造 わきのまちぜんぞう : ちきゅう座会員
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 2010年の秋から2011年の3月にかけて「周回遅れの読書報告」という雑文を合計20回近く投稿した。最後は3月5日付けになっている。その6日後の大きな災害のあと、雑文を書く状況ではないと思い、投稿は控えてきた。30か月が過ぎた今でも、このような雑文を投稿するのはまだ気が咎める。
 あの大災害に比べれば、我家の被害はかすり傷にもならない。しかし些細ではあるが、30か月が過ぎても癒えない傷もある。壊れた本である。あの日、本棚が文字通り崩れた。本が散乱した。新しい本はほとんど何ともなかったが、出版から100年以上も経っていた古い百科事典(全24巻)は書棚の崩壊には耐えられなかった。元から弱っていた、革製の背表紙の多くが剥がれてしまった。読むのに支障はないが、本としては哀れな姿になってしまった。費用を惜しまなければ、修復はできるのかもしれないが、方法もわからないし、修復するだけの価値があるのかも判断できないので、今もそのままにしてある。
 この古い百科事典は学生時代の恩師から貰った「遺品」である。書体が古いドイツの花文字であるから、読むのに難渋し、精密・詳細な動植物の図版や、今やすっかり版図が変わってしまった当時のドイツ東部の地図(これは実に貴重なものではないかと思う)を眺める程度であったが、「遺品」であることから、粗末にはできず、本棚の一番奥に揃えてきた。しかし私自身がそろそろ身の始末を考えなければならない時期に来た。そこにきてこの「傷」である。こんなボロボロの百科事典を引き取ってくれるもの好きもおるまいと諦め、「棺の中に入れて一緒に焼いてしまえ」と遺言に書いて、物置にでも片付けようかと思ったが、一冊で900ページ前後もある本が24冊では棺にも入るまい。それに何より、それでは本に対する冒涜ではないかと考え、これはよした。
 それでまた昔のように、折に触れて図版や地図を眺めている。この本の引き取り手は現れそうもなく、したがって私が死んだあとは「ゴミ」になるのであろうから、今のうちに少しでも目を通そうと心掛けているのだが、果たして図版だけでも目を通せるか、自信はまったくない。
 それにしても、20世紀初頭にこれほどまで精密な(しかも一部は色刷りの)図版を作成できた当時のドイツの文化水準の高さには驚くしかない。1905年ないし1906年にドイツで刊行されたこの百科事典が100年を経た後に極東の日本で受けた傷を眺めながら、2011年3月のことに思いを馳せることにしたい。
 長い中断の後の投稿にしてはひどくしみったれたものとなった。寛容をお願いしたい。

Meyers Konversation—Lexikon (第6版:1905-06年)

記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion1452:130914〕