「今は民主の大時代である。民主、自由、人権のない国家には市場経済の繁栄はありえない。経済の真の活力は民主が実在するかどうか、正しく役立っているかどうかの目安である」
これはある国の新聞の社説の一部である。どこの国かおわかりだろうか?これだけでは見当がつかないとすれば、続く一節をお読みいただきたい。
「感染症をきちんと抑えられるか、感染者、死亡者がどれほどかは、人道主義が実践されているか否かを検証する重要な指標である」
これで、ひょっとすると、と思い当たるかもしれない。そう、中国の新聞である。先週6日にワシントンでトランプ大統領を支持する群衆の一部が議会になだれこんで内部を荒らし、死者まで出たという事件を論じた8日付『環球時報』の「民主の敵は米国自身であって、別人ではない」と題する社説である。
この新聞はご存知の方も多いと思うが、中国共産党の機関紙『人民日報』傘下のタブロイド紙で、名前で分かるように主として国際問題を扱い、『人民日報』に比べれば比較的自由に(と言っても、勿論、限界はあるが)物事を論ずることで知られている。
この社説の趣旨は「米国の政治体制に問題があることは言う必要はないだろう。それは明らかなことである。中国人は別に他人の不幸を喜んでいるわけではない。中国人から見ると、香港とワシントンで起こった騒ぎは似たようなものであり、いずれも反民主、反法治である。われわれが米国のエリートの皆さんに希望するのは自他双方に思いをいたし、汚いダブルスタンダードをやめてほしい、ということである」との部分に要約されている。
つまり米中両国の国情の違いを「民主主義対強権主義」といった決定的なものと見ずに、お互い似たような問題に直面しているものどうしであって、違いは程度の差に過ぎないという主張である。
前回、この連載の開始にあたって、トランプ政権が発動したここ3年程の「米中対決」の経緯を大まかに回顧したが、米側は今世紀の初めに中國をWTO(世界貿易機関)に迎え入れた時以来の構想、つまり経済関係などを強めることによって(米国の言い方ではEngage=関与する)、中国を民主主義の国に変えるという構想が実現しなかったことによる「裏切られた」という感覚が、現段階の「対中姿勢」の基本にあるのに対して、中国側は両国間のちがいはそれほど根深いものではないという姿勢を打ち出して来たのである。
2018年秋の米ペンス副大統領のハドソン研究所における講演、また、南シナ海における中国の行動をすべて国際法違反と決めつけた昨年7月の米ポンペイオ国務長官の演説は、いずれも中国の戦略とは米は共存できないとの立場を確認したものであった。 それに対して、中国側は売り言葉に買い言葉で全面的に受けて立つか否か、必ずしも明確ではなかったのが、ここへきて米との対立をことさらに際立たせることを避ける方針をも見せ始めた1つの表れがこの社説ではないかと私は見ている。
この社説は明らかにこれまでの中国の立場とは相いれない。実態はどうあれ、中国は社会主義の旗印を下ろしていないし、であればこそ当然のごとくに共産党の一党独裁を正当化して、三権分立を否定しているのである。
中国側としてはそうした従来の立場をあっさりと捨てる気はないであろうが、さりとてバイデン新政権の登場を前にトランプ政権時代のやり取りを確認してことさらに対決色を強めることは得策でないという判断から、民主、自由、人権という言葉を無条件に忌避するものでないことを明らかにして、米側の出方を見ることにしたものかもしれない。
私が中国の論調の中にそういうものが登場してきたことに気づいたのは、昨年12月13日の同じく『環球時報』社説である。その社説のタイトルはずばり「中米関係は価値観の衝突でなく、利益の争いである」というもので、結論部分ではこう述べている。
「現在、西側全体の軍事、経済、文化の影響力と比べれば、中国は疑いなく相対的に弱者の状態にある。しかし、結論的に言えば、中国と西側の価値観の差異はひどく誇張されている。中国人の生活様式はますます西側に接近し、双方の価値観の差異は大きなものとはなりえない。
イデオロギー競争の角度から見れば、中国は依然として明らかに守勢であり、われわれが無理して西側からのイデオロギー攻撃に抵抗できたにしても、西側に反撃する能力は到底持ちえない。中国人にはそうしたいという気持ちもない」
これを最初に読んだ時は正直に言って相当に驚いた。そして今度の社説である。中国の論調の主流とはいえないが、こういう考え方が一角にあることは確かであろう。
勿論、6日のワシントンにおける事態について、いかにも「中国らしい」反応もあった。7日に『人民日報』の電子版が配信した「『民主』に逆襲された米式民主」というタイトルの「国際観察」欄の末尾部分を紹介しよう。
「米国が強力に輸出した『民主』の悪い果実がすでに多くの国に現出していることを我々は目にしている。そして今、現実の副作用がまさに米国に向かって警告を発している。米議会に鳴り響いた銃声は『民主』の悪い果実の反撃の苦さであり、それは作りだした者が最終的に口に入れて呑み込まなければならないものである。苦いか甘いか、口に入れれば分かることだ」
世界中に民主を押し売りしている米が民主に反撃されているのだ、といかにも気分よさそうに文章を結んでいる。そして「中国共産党風味」満点である。
20日に就任するバイデン大統領が、前政権が支離滅裂のまま放置していった中国政策にどう形をつけるかに世界は注目している。受けて立つ中国のほうもまたどういうカードを切るか、腰は坐っていないようである。見ものである。
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