大国間の危ういゲーム

――八ヶ岳山麓から(390)――

 中国外交学院副院長王帆氏は、8月17日、人民日報国際版の環球時報に「アメリカは覇権維持のために世界を将棋の対局と見なしている」という論説を発表した。王帆氏は中華アメリカ学会副会長で、アメリカ問題の専門家である。ウクライナ戦争や台湾問題に対する中国の考えを知るうえで示唆に富むと思われるので、以下その要約を紹介する。「――」で始まるで部分はわたしのコメントである。

 最近のウォールストリート・ジャーナルは、米元国務長官キッシンジャーとのインタビューを掲載し、国際的な注目を集めた。
 キッシンジャーは、今日の世界が「危険な不均衡」にあるとし、「我々(アメリカ)は、我々が部分的に製造した問題で、ロシアと中国とに対する戦争の瀬戸際にある」と憂慮している。彼はアメリカのやり方があるべきバランスを崩し、世界は危険な戦争の瀬戸際にあると考えている。
 ――キッシンジャーは、ロシアの侵略勃発前、ウクライナをロシアとNATOの中立国とするのが賢明だと考えていた。今年5月のダボス会議では「今後2カ月以内に、簡単に乗り越えられないような動揺や緊張を生む前に、交渉を開始すべきだ。理想的なのは、(ロシアによる占領併合後の)もともとの境界線に戻ることだ」
 「それ以上を求めての戦争継続は、ウクライナの自由を求めるものではなく、ロシアそのものに対する新たな戦争となるだろう」といった。つまり「世界大戦を避けるために、ウクライナはドンバスとクリミアをロシアに割譲して停戦に持ち込め」ということである。

 第一に、ヨーロッパの相対的に安定した局面は、アメリカ主導のNATO東方拡大によって不均衡に陥り、ロシアとウクライナ戦争を誘発させた。同様に、アメリカは台湾問題で絶えず問題を起している。
 NATOはなぜ東方へ拡大するのか、なぜNATOの「アジア・太平洋化」を推し進めるのか。 そのわけは、アメリカがユーラシア大陸を地政学的な戦略の対象として見ているからである。アメリカは、グローバルな力のアンバランス状態の上に、また地域的レベルでは相互に牽制しあう状態の上に、その覇権を構築しようとしているのである。 不均衡状態が生まれれば、アメリカに有利になり、アメリカは覇権の永続性を確保することができるというわけだ。
 ――ウクライナ戦争の原因はNATOの東方拡大であり、責任者はアメリカだという主張は習近平政権の持論である。NATOの「アジア・太平洋化」は、2021年夏のイギリス・ドイツ・フランス・オランダなどが艦船をインド・太平洋海域へ派遣したことを指す。
 中国との経済的な関係を重視してきたEU諸国だが、中国の海洋進出によって対中国姿勢に変化を見せはじめた。王氏は、これをアメリカ主導の「インド・太平洋のNATO化」と見なして高度の警戒心を示している。

 第二に、アメリカは、その覇権を守るために、すべての国家をアメリカの将棋の駒としてアメリカの利益に合致すれば用いるが、合致しなければ捨てる、アメリカの利益を害すると考えられる国に対しては、ワシントンは自分か第三者の力を使って抑圧し弱体化し、あるいは消去するためにあらゆる手段を尽くすのである。
 もちろんNATOの東方拡大、さらには「インド・太平洋のNATO化」は、すべて戦略的局面を通して衰退しつつあるアメリカの覇権を延命させるためである。
 第三に、ユーラシア大陸はアメリカの覇権争いの「かなめ」である。 今、アメリカの戦略頭脳集団は、ロシアなどとの競争だけでなく、ユーラシア大陸全体を掌握することを考えている。
 アメリカの戦略家ブレジンスキーの著書『競賽方案』『大棋局』を見れば、ワシントンの政治エリートの意図がわかる。ブレジンスキーの対局観は、冷戦から始まり冷戦後にまた変化発展した。 しかし、その核心は、「ユーラシア大陸は最も重要な地政学的政治の中心地である」というものだ。
 著書 『大棋局』は、特にウクライナが戦略的支軸国家の役割を持っていると提起した。この本は1997年に出版されたが、このときブレジンスキーは、ウクライナの特殊戦略的位置を読みとっており、驚くべき覇権(維持のための)謀略といわざるを得ない。
 ――王氏があげた2書は、Game Plan: A Geostrategic Framework for the Conduct of the U.S.-Soviet Contest (Atlantic Monthly Press, 1986)と、The Grand Chessboard: American Primacy and its Geostrategic Imperatives (BasicBooks, 1997)とおもわれる。
 ブレジンスキーは1971年に日本に滞在し、日本を率直にアメリカの保護領と見て、独立する力のない「ひよわな花」と評した人である。
 ブレジンスキーは、ウクライナはやがてはEUやNATOに加盟するとし、ウクライナのヨーロッパ化につづいてロシアがヨーロッパ化していけば、ロシアは無害の存在となるといった。
 ところが、2014年にウクライナでは政争の結果、親露派大統領ヤヌコヴィッチが失脚し親欧政権が成立した。プーチンはこれに反発し、ウクライナ東部のドンバスとクリミアを占領した。 西側はロシアに対して経済制裁をやったが、軍事的に対抗しようとはしなかった。
 これを見て、ブレジンスキーはその見解を変え、「欧米諸国はウクライナをNATOに引き込むつもりはないとロシアに保証するべきである」とした。だがブレジンスキーは2017年に亡くなり、22年2月24日のロシア軍の侵攻開始を見ることはなかった。

 第四に、アメリカは戦争瀬戸際政策をやり、対岸の火を見物し、オフショア・バランスをとることができると考え、代理戦争や「制御可能な危機」を通してホットスポットあるいは危機の趨勢を制御し、そのなかから漁夫の利を得ようとしている。
 瀬戸際政策が本当の戦争を引き起こさないようにするためには何ができるか。 「まきぞえを食わない」ためにはどうすべきか。
 ――中国は、ペロシ米下院議長とそれに続く議員らの台湾訪問をアメリカの瀬戸際政策の一環とみている。中国の『台湾統一白書』では、「台湾の平和統一」を第一に掲げ、のちに「武力行使の放棄は約束しない」を挙げている。
 だが、日本では、中国の軍事演習を眼前にして、「台湾有事は日本の有事」として、台湾への武力侵攻がまず取りざたされる。わたしは、中国が第一に「台湾の平和統一」を挙げているのはアメリカとの軍事衝突を避けようとする注意深いメッセージだと受け止めるべきだと思う。

 現在、アメリカは、中国の「一帯一路」とロシアの「大ユーラシアパートナーシップ」構想を脅威とみなし、中国とロシアがユーラシア大陸の支配権に挑戦していると考えている。アメリカの覇権ゲームでは、真の実力ある挑戦者が生まれるのを許さないのである。
 アメリカの著名な学者ジョセフ・ナイは、かつてアメリカは大国のゲームだけを考えるべきではないと強調したことがある。今日のアメリカは、前後の見境がなくなっているために、他国を抑圧するために(直接戦争を除いて)あらゆる手段を使うのを惜しまない。
 もしアメリカが衰退期にさらに無謀になり、巨大変化の時代に古い考え方に固執していたら、もはや前向きな主導力ある国家ではなく、世界を奈落の底に引き入れる危険がある。
 ――王帆氏がジョセフ・ナイを短く引用したのは、ナイの「アメリカは中国とは『管理された競争』であるべきだ」という主張に同意しているからであろう。氏は「管理された競争」を通して中国(とロシア)が覇者の地位に座る時代がまもなく来るといいたいらしい。最後の一文は、トランプが次期米大統領に再び登場して「世界を奈落の底に引き入れる危険」をあやぶんでいるものと思われる。
                    (2022・08・20)

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