大震災と原発事故の後始末が長引くのは菅内閣の責任か

著者: 阿部治平 あべはるひら : 中国青海省在住、日本語教師
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――チベット高原の一隅にて(107)――

私のうちにはテレビがないから3・11以後の祖国の状態を知りたくて毎日少なくとも3時間はインターネットの上をさまよう。中国でのテレビニュースは「土豆網(ジャガイモネット)」で知る。

3・11大震災の前日、中国雲南省のサルウィン川上流怒江地方に大地震があった。ところが、日本の原発事故のニュースが続くと、中国では雲南震災はニュースの中心から外れた(ように感じる)。これは中国当局の関心が福島原発事故に傾いたことを示している。

4月13日現在、中国では事故のレベルが国際評価基準の「レベル7」に引上げられたというニュースを伝えている。日本政府は、3月半ばにすでに炉心融解なんか分かっていたというのに4月12日の発表だ。しかも放出放射性物質はチェルノブイリの10分の1だという注釈がついている。放射線物質の拡散が長期にわたればチェルノブイリよりも深刻になるかもしれないのに。

さらに12日前後、文部科学省は3月16日から19日に原発の30キロ圏外の、福島県内の土壌や植物から微量の放射性ストロンチウムを検出したと発表した。例の通り「極めて少ない量で、健康に影響はない」という。ストロンチュウム90などは微量でも、その存在が意味するところは高度の危険である。そのことは、50数年前のアメリカによるビキニ環礁水爆実験での第五福竜丸の被曝で分かっている。

以上でわかるように、以前から政府と東電は国民に事故の実態を知らせず、もっぱら事故を小さく見せ、事実の発表を遅らせようと努力している。常套句「極めて少ない量で、健康に影響はない」というのがその証拠だ。

原発に批判的な地震・核の専門家や技術者は、地震国日本に原発を置くことの危険を訴えてきた。これを鼻であしらったのは原発推進派の学者や電力会社だけではない。日本国民も絶対安全だという政府のいうことを信じていたから、原発反対は大きな声にはならなかった。いまになって「安全だといってきたのになんだ」と怒るのはなさけない。

国会も同様であった。2005年に共産党の吉井英勝議員は原発事故の今日あるをあやぶんで、小泉純一郎内閣に質問書を送って回答を求め、さらに2006年3月1日の衆院予算委員会でも問題を提起した。首相は安倍晋三である。当時の原子力安全委員長だった鈴木篤之氏(現日本原子力研究開発機構理事長)の吉井氏に対する答えは、前年の小泉内閣とまったく同じで、「外部電源やディーゼル発電機、蓄電池など多重、多様な電源設備があり、他の原発からの電力“融通”も可能だから大丈夫だ」というものであった(「赤旗」ネット、2011・4・7)。

2007年7月の中越地震の際の柏崎原発事故を待つまでもなく、吉井質問が問題の核心をついていたことは確かだ。――吉井氏は京都大学原子核工学科卒。なお吉井質問については「きっこのブログ」http://kikko.cocolog-nifty.com/参照。

いまも日本では原子力安全委員会や保安院をとりまく「学者」が、ろくな自己批判もせず、福島原発は古い機械だったから事故が起きたなどと発言をしているらしい。曲学阿世の徒、事実上の犯罪者である。

日本からのニュースによると、事故が「レベル7」に引き上げられたことで自民党から民主党の小沢派までが「政府は危機管理に失敗した」とか、「さっさと退陣することが復興への早道だ」と政府批判をやっているという。いま政府に不信任を突き付けている「みんなの党」の渡辺代表も、自民党・民主党の議員たちも、ほとんどが「原発絶対安全教」にあつく帰依した原発推進派だった。

まれにみる規模の災害のうえに、福島原発は放射性物質の垂れ流しを続けているというのに内閣をつぶして、それからどうするつもりなのか。クーデターでもやりたいのか。「恥」という字をご存知か?

菅内閣がオタオタするのは能力がないだけではない。日本のエネルギー政策を牛耳ってきた電力会社と自民党政権の積弊のためである。

「わたしたちはものの順序を間違えているのではないか。日本の危機管理はなっていないの、政府の立ち上がりが遅かったの、自衛隊はどうしていたの、日本にはアメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)のような組織がないからいけないのと、テレビが指摘していたが、ある意味ではこれは、切られて血を流して苦しんでいる人をまえに手当はそっちのけ、『なぜすぐ膏薬を貼らなかったのだ』『いやどこそこにはこういういい膏薬がある、どうしてその膏薬を常備していなかったのかね』と騒いでいるようなもの。とにかく被災者を『収容所地獄』からどうやったら一日も早く救出することができるか、そのあたりにもっとテレビの力を傾けていただきたい」(『ニホン語日記』文芸春秋社、「週刊文春」1995・2・23)。

これは16年前、阪神淡路大震災の際の作家井上ひさし氏の発言であるが、この「テレビ」にさらに「原発推進派」という文言を加え、「収容所地獄(井上氏は避難所の悲惨なありさまを指してこういう)」に「放射能漏れ」を加えて、この文章を読み直していただきたい。

前述のように政府は、危機情報を速やかに加工せずに流すべきなのに、小出し遅出しにしてきた。そのためいままでの政府発表からすれば、日本同胞が直面している現実は、大メディアが大本営発表よろしく流すニュースよりも厳しいことがわかった。以後洗いざらいぶちまけてもらいたい。こういうとすぐに「情報をすべて公表してもものの役には立たない、選択しなければいたずらに危機感を煽るだけだ」という反論が現れる。国民を信頼しなければそうなる。だが、もう放射能漏れを抑えるには、何カ月もあるいは何年もかかると、たいていの人がわかっている。十分危機感は味わった。

日本政府と東電は、無神経にも「低濃度」という汚染水を水産業関係者や近隣諸国の事前の了解もとらずに垂れ流したが、放射性物質がどのように海に広がったかを調査し、また人口の密集する東北・関東・中部地方に拡散した放射性物質の種類と放射線量の分布状況を気圧配置図のように定期的に発表すべきだ。それにはできるだけ早く多数の監視ポイントを設置する必要がある。

人々が利根川・荒川流域の汚染の程度を知らず、無防備のままで、南東の季節風が吹き梅雨がやってきてから、首都圏でもまた「水道の水は乳児妊婦は避けるのが望ましい」とか、突然「自主退避、そうでなければ屋内避難」などといわれては原発事故以上に混乱する。

冷静な判断ができるためにはどうしても事前の情報と政府への一定の信頼が必要だ。
住民が引っ越した事故原発近くだけでなく、海岸線から阿武隈山脈をこえて広い地域がアメーバ状に放射能に侵されている。ならば希望的観測だけを知らされて、はかない希望を抱いて避難生活をつづけるよりは、正しい情報によって長中期対策を冷静に立てるほうがいい。

中国でも福島原発事故のあと、全国的な塩パニックがあったがすぐおさまった。中国政府の情報提供が迅速で賢明だったことは確かだが、次のような判断ができる人がネットの中に万といたからだ。

「日本の地震に際して、《日本鬼子》たちは秩序よく撤退し秩序よく物を購入しているというのに、我々はいわゆる『塩の噂』(噂の漢語「謡言」の「言」のyanと「塩」のyanをかけている)で狂ったように奪い合っている。祖国のために、わたしたちは以下のことを呼びかける。
《噂を信じない、また噂を防止する。先を争って買わない。特に身近な人に伝えよう。中国には何も影響はないし、塩を摂取しても意味はない。家のお年寄りに無知なことをしないよう伝えよう。今家に塩がなくても大丈夫、国はきちんと対応してくれる。最終的に日本(の問題が解決して)何も心配なくなったときに、これからは自分たちをビクビクさせることのないように(祈ろう)。きみが中国人なら(中略)、これを10人の友達あるいは2つのグループに転送しよう。1分ですむ。1週間以内に噂を消滅できるはずだ。(後略)》(翻訳・新井菜摘子 在中国日本語教師)」

我々は、菅内閣にたいする役立たずの揚足取りではなく、被災者と避難民の生活を早く立直し、放射線被曝に対して適切に対処できるような行動をしようではないか。菅内閣がウスノロ・マヌケであろうがなかろうが、当面は地震・津波の被災者救済と自民党のエネルギー政策の後始末を彼らがやらざるを得ないのだから。
そして、事態がもう少し落ち着いたら、電力会社が独占するエネルギー源と核発電政策からの転換について国民的な議論を起こそう。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/

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