始まった?習近平の文化大革命 (5) ―公安・司法部門になにが起こっているのか

 8月に「共同富裕」を新時代の目標として打ち出す前後からの動きを「スワ!習近平が文化大革命を発動か」ととらえて始めたこの連載だが、習近平はこんなことを考えているのではないかという以上にはなかなかくっきりとした輪郭が見えずに秋も深まってきた。
 その間、中国のニュースとしては「恒大集団」という新興不動産企業が経営危機に陥った件が世界的な注目の的となっている。なにしろ負債総額が日本円にして33兆円以上だという。コロナ前の日本の年間国家予算が100兆円そこそこだったことを思い起こせばその巨大さが分かる。
 しかし、それにしては中国の政府にさして慌てたそぶりも見えないのが不思議ではある。中央銀行の中国人民銀行がありきたりの発言をしている程度である。またまた推測だが、この静けさはじつは「恒大集団」が国の権力構造内部の葛藤と結びついていて、そこでの妥協の成立が長引いて、方針が決まらないことの反映であると私は睨んでいる。
 内部の葛藤とは何を指すか。今月2日、「人民(日報)網・中国共産党網」(網はネットのニュースサイトの意)発の短いニュースが流れた。
 「(共産党の)中央規律委員会と国家監察委員会、10月2日、発表の消息。全国政治協商会議の社会・法制委員会副主任、傅政華は重大な規律違反、法律違反のかどで、目下、中央規律検査委員会と国家監察委員会による規律調査と監察調査を受けている」
 規律検査委員会というのは中國共産党の機関で、汚職・腐敗を調査、摘発するのが任務、「中央」とついているのは、党中央直属の一番グレードの高い委員会である。国家監察委は党の規律検査委員会と歩調を合わせる国の組織で、この両委員会それぞれにトップはいるが、実態は重なる部分が大きいと思われる。
 その二つが傅政華という高官の規律違反、法律違反を調べている、というのが、ニュースの内容である。その人物は2018年から20年まで司法部(日本なら法務省)の部長(大臣)をつとめたとあるから、日本ならさしずめ法務大臣を退職したばかりで、政治協商会議という日本なら参議院のような機関の社会・法制委員会副委員長を務めている人物ということになる。1955年生まれの66歳。中国共産党の中央委員は現在204人であるから、首脳というほどではなくともまあ大物である。
 そのような人物がなにをしでかしたのか。それは発表がないから分からない。しかし、中国ではじつはここ数年にわたって、司法・公安(警察)関係の大物がつぎつぎと捕まっている。その波がついに辞めたばかりの前法務部長、つまり司法畑の直近のトップにまで及んだわけだから、何をしたかは別にして、一連の逮捕劇がついにそこまできたか、この先、どうなるのだろうと、人々は固唾を呑む思いで見つめているに違いないのだ。
 ただ、中国のことを注意して見ていた人はご存知のはずだが、習近平は政権を握って以来、警察、司法、そして軍部という、本来、権力の守護神であるべき機関の腐敗を大々的に摘発して名を挙げた。とくに警察・司法の分野では胡錦涛政権時代、中央政治局常務委員という最上位指導グループ(現在は習近平以下7人だが、胡錦涛時代は9人)の1人だった周永康を摘発した。これには確かに中國国内のみならず世界が驚いた。なにしろ中国には昔から「刑不上大夫」(刑は大夫に上がらず=刑罰は高官には及ばない)という言葉があるくらいで、高官が罪に問われることは稀だからだ。
 周永康という人物は石油業界の大物として知られ、公安部部長(警察庁長官)を経て、中央政治局では警察・司法部門を統括していた。そして2012年11月、習近平が総書記に就いた党大会で退任したのだが、習近平は政権を握るや腐敗撲滅に乗り出し、「ハエ(小物)もトラ(大物)も叩く」を表看板に掲げて大々的に腐敗分子の摘発を進めた。
 そしてトラの代表とされたのがこの周永康であった。14年7月から規律検査委員会に摘発され、翌年6月、裁判で無期懲役の判決を受け、現在、服役中である。罪状は確か主には収賄であった。なんだかとてつもない金額を懐に入れたと糾弾された。
 さらに捕まったトラで有名なのは、中国政府からICPO(国際刑事警察機構)の総裁に推薦されて、就任した公安部で次官を務めていた孟宏偉という人物である。2016年、中国人として初めてのICPOのトップとなったのだが、2018年9月、呼び戻されて任地のパリから仕事と家族をそのままにして帰国、それきり消息が途絶えて1か月、10月になって中央規律検査委員会から「調査中」であることが明らかにされ、2020年1月、裁判で懲役13年6か月の刑を宣告された。
 まだいる。この2人の前に2013年12月にはやはり公安部次官の李東生という人物が規律検査委の調査を受け、2016年1月、裁判で懲役15年の判決。
 同じく公安部次官であった孫力軍という人物は昨2020年初め、コロナが蔓延していた武漢に北京から派遣されて防疫業務の指導にあたっていた最中の4月に失脚。
 このほかにも2014年7月、天津市公安部政治局主任・武長順が失脚、17年5月に執行猶予のついた死刑判決。2017年10月、公安部政治局主任・夏崇禧が副局長クラスに降格。2017年10月、重慶市公安局長・何挺が副処長クラスに降格。2020年6月に失脚した重慶市の鄧恢林元公安局長と20年8月に失脚した上海市の龚道安元公安局長、この2人にはまだ判決なし・・・
 いくら中国のお役人には汚職が多いといっても、官庁の中でも犯罪捜査、司法をつかさどる官庁の幹部が芋蔓のように失脚したり、入獄したりは異常である。都合の悪いことには頑なに口を閉ざす中国政府もさすがに無口で通すことは無理と見て、メディアに一応の説明はした。
 今年4月15日の公安部の記者会見でのスポークスマンの発言。「全面的、徹底的に習永康の余毒と孟宏偉、孫力軍、鄧恢林、鄧恢林らの流毒の影響を取り除き、心を戒め、行いを慎む」
 5月7日の同記者会見での発言。「公安機関は断固として『害群之馬』(周りを毒する元凶)を取り除き、習永康の余毒と孫力軍、孟宏偉らが流した害毒を除去する」
 これでは事情がさっぱり分からないが、はっきりしているのは公安・司法系統でかつて勢威を振るった周永康につながる人たちを、現在、実権を握っている勢力が順に追い落としている構図である。
 日本でも最近、首相官邸がお気に入り検察官の定年を延ばしてまで検事総長に引き上げようとしたのに、当人の賭け麻雀がばれてオジャンになったという事件があったが、中国で演じられているのはそんな漫画とは比べようもない深刻な報復劇、あるいは追い落とし劇である。
 追い落としで失脚、といえば、これも脈絡がさっぱり分からない話なのだが、いずれは合点がいく時も来るであろうから、別の失脚事件も一つ紹介しておく。
 浙江省杭州市といえば、古くから「天に天堂(極楽)、地に蘇杭(蘇州・杭州)」とその風光の美しさが讃えられ、あるいは「魚米之郷」(水清く、土が肥沃)と呼ばれて、その豊かさが知られる土地柄であるが、そこの政治のトップ、共産党杭州市委員会書記の周江勇という人物がさる8月21日、会議の場から連行されるという事件があった。
 浙江省は習近平がかつて在勤した地方の1つ(他は河北、福建、上海)で、その当時の部下で現在、政権の要職についている例は数多い。浙江時代の部下では現在、北京市のトップ(共産党書記)をつとめる蔡奇、重慶市のトップに座る陳敏爾といった人々が「之江新軍(杭州を流れる銭塘江は屈曲が多いので、その形から別名が『之江』)」と呼ばれ、福建省時代の部下の「闽軍(闽は福建省の別称)」と勢力を分かち合っている。
 したがって、杭州市は習近平の地元の1つである。周江勇本人が習近平と近いかどうかは分からないが、浙江省の省都のトップ失脚となれば、習近平との関わりはどうなのか、公安・司法分野の連続逮捕劇さらには来年の党大会への動きとは関連があるのか否かと、疑問は疑問を呼ぶ。
 今のところ、周江勇については、杭州市を本拠とする「アリババ集団」の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏ときわめて親密な関係にあり、関連の「アント金融」の株式上場(昨年11月、上海と香港の株式市場への上場が直前に差し止められた)に絡んで、事前に周の家族に数億元分の株が譲渡されていたといった噂も流れたが、真相はもとより不明である。周1人の問題なのか、それともこれから広がるのか、今後の話である。
 さて、注目の「恒大集団」どうなっているか。元建ての社債の利払い日は切り抜けたが、2回のドル建て債の利払いはできずに、いずれも30日の猶予期間に入り、香港の株式市場では取引停止と伝えられる。一方、子会社の売却などによる資金手当ての動きも伝えられるが、これが本筋だ、という線はさっぱり見えない。
 というわけで、今回紹介した話はどれもどこにどうつながっていくのか見えないものばかりである。こうした地下にのびて行く炎が来年の共産党大会までにそれぞれ消し止められるのか、それとも炎の先端がつながって火線は大きな広がりとなるのか、当面は目を凝らし、耳を澄まして・・・・。(続)

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