2019.1.15 この国は、壊れている。いや、壊されつつある、というのが、2019年に入って数週間の印象です。私たちの生活は、政府の作成する公的統計資料と、それにもとづく施策を国民に示す公文書のうえに成り立っています。そのうち国勢調査等とならぶ「基幹統計」の一部である厚生労働省の「毎月勤労統計調査」が、なんと、データが改竄されていました。「毎月勤労統計」は、500人以上の規模の事業所は全数調査を行うことになっていますが、1996年から4半世紀にわたって、東京都だけ全数ではなく、3分の1程度の抽出調査を行っていました。昨2018年は全1464事業所のうち、491事業所だけの調査でした。11日の国民民主党のヒアリングで、厚労省の屋敷次郎参事官は「東京で500人以上の会社は賃金が高い。そこの3分の2が抜けると、全体の賃金は押し下げられるのです」と説明しました。金額ベースで、平均0.6%引き下げられたと認めています。これは、賃金が実態より低く出て、雇用保険や労災保険の算定基礎になり、本来支払われるべき額が低くなることを意味します。①失業給付など雇用保険で約280億円(延べ1900万人)、②年金給付と休業補償の労災保険で約241億5000万円(同72万人)、③船員保険で約16億円(同1万人)、④事業主向けの雇用調整助成金で約30億円(延べ30万事業所)が過少に見積もられ、延べ1973万人・30万事業所で総額は約567億5000万円といいます。経済分析や景気動向指数も、歪められます。そのうえ、アベノミクスの失敗を覆い隠し、「働き方改革」を進めるためか、意図的操作も行われてきました。安倍首相は2014年春闘から企業に賃上げを求めてきましたが、思ったように上がりませんでした。シビレを切らした安倍首相は、2018年春闘に向けて、初めて「3%」という具体的な数値目標まで口にしました。これを「忖度」してか、厚労省は、「基幹統計」を操作して、抽出した調査結果を全数検査に近づけるための統計処理をしました。3分の1の抽出調査結果を3倍にし、計算上、賃金額はアップするようにしたのです。GDPや国際賃金比較など国際統計の基礎にも使われていますから、日本の統計全体の信頼性を、著しく損ねるものになります。
賃金についてのみではありません。労働時間についても、「毎月勤労統計調査」は、最もよく使われる「基幹統計」でした。例えば先の国会で大きな争点となり、今また医療従事者の労働時間規制の焦点になっている「過労死」を考える前提が、「毎月勤労統計調査」でした。もともと「毎月勤労統計調査」自体、労働現場の実態把握としては、問題の多い統計でした。昨年なくなった森岡孝二さんの表現を借りれば、賃金および労働時間の基幹統計である「毎月勤労統計調査」には「二つの不備」があります。第一に,同調査は事業者側の申告によるもので,事業所の賃金台帳に記載された賃金の支払われた労働時間を集計し ていて,男性の正社員に多い長時間の賃金不払残業(サービス残業)を把握していない。第二に, 同調査の月次データは,調査の目的である賃金,労働時間および雇用の変動の把握に関して不可欠 な、数字の性別による集計を欠いている。 そのため森岡さんは、早出や居残りを含め労働者が゛実際に就業した時間を世帯毎で集計した総務省「労働力調査」の就業時間統計 を用い、女性労働者やパートタイム労働者、何よりも「サービス残業」を含む実態を把握しようとしました。私自身、かつて「過労死とサービス残業の政治経済学」という英語・フランス語・ドイツ語・中国語・韓国語に訳された1994年の論文で、「サービス残業の統計学」という一章を設け、(当時は労働省)「毎月勤労統計調査」と総務庁「労働力調査」を比較し、その差の年間約350時間が、サービス残業にあたると論じました。しかし当時も現在も、日本政府の公式労働時間統計は、サービス残業は反映されない「基幹統計」である「毎月勤労統計調査」で、それがそのまま国際比較でも用いられていました。
それでもまさか、統計の基礎数字と集計には改竄はないだろうと思っていたのですが、21世紀の「毎月勤労統計」は、そもそも本来の調査対象を都内大企業の3分の1に減らし、いっそう実態との乖離を拡大していたというのですから、話になりません。一民間企業内の有価証券報告書虚偽記載や特別背任より、はるかに重大な、公的犯罪です。安倍首相に媚びて「賃上げ」を演出したとすれば、ジョージ・オーウェル『1984』の真理省さながらです。しかも問題は、「毎月勤労統計」に留まらないことです。古くは旧社会保険庁の「消えた年金」がありました。安倍内閣のもとで、モリカケ問題など公文書の隠蔽ばかりでなく改竄まで行われたこと、しかもその責任者である財務大臣はじめ官僚たちはだれも責任をとらず、首相官邸の差配でか「栄転」や「天下り」を繰り返しています。現代日本の「真理省」は、全官僚の人事権を握った首相官邸です。新年の更新でかかげたGDP国際統計も、一人あたり名目GDP各国ランキングも、どうも統計の信憑性から疑ってかかる必要が出てきました。それらに比べれば、橋本健二さん作成の「日本の階級社会」の構成図は、その所得額や厳密な構成比は別として、現実の縮図としての意味を持っているでしょう。安倍官邸=「真理省」にとっては、森岡孝二さんや橋本健二さんのような、政府統計を組みかえて女性差別や格差社会の実態に迫る研究が、目の上のたんこぶだったのです。安倍官邸=「真理省」の情報操作と改竄は、内政ばかりでなく、外交にも及びます。オーウェル『1984』には、 調査局や記録局を持ちプロパガンダを担当する真理省のほかに、War is Peace を公言する「平和省」があります。集団的自衛権を認め海外派兵を可能にした「安保法制」は、すでに動き始めました。韓国との間の従軍慰安婦・徴用工問題・自衛隊機レーダー照射問題でも、虚実とりまぜた「平和省」風情報操作が目立ちます。安倍首相は特に必要性もないのに膨大な税金を使って「外遊」していますが、ロシアでも、アメリカでも、最近のイギリスでも、フェイクな「成果」が「真理省」経由でプロパガンダされます。自国に都合の悪い国際機関(IWC)は脱退。このままでは、新元号に「安」の字が入れられたり、カネまみれのオリンピックにヒトラーばりの演出がとられても、おかしくはありません。
年初に風邪をこじらせ、幸先の良くないスタートですが、本サイトは引き続き、「改元」以前の西暦の20世紀にこだわり、戦争と平和、科学技術「進歩」と人権の問題を追究していきます。その一端である、2018年春に上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を、探求していきます。昨年11月八王子、12月東大での講演は、どちらもyou tubeに収録されています。昨年末にウェブ公開が解禁になった、中部大学年報『アリーナ』誌第20号(2017年11月)に発表された長大論文「米国共産党日本人部研究序説」(藤井一行教授追悼寄稿)を、そのきっかけとなった、インタビュー1970年代「エピローグとなった『序説』への研究序説ーー『スターリン問題研究序説』と70年代後期の思潮」(中部大学年報『アリーナ』第16号、2013)とともに、歴史の記憶と記録として残しておきます。新年には、さらに遡った戦時思想検察資料「太田耐造関係文書」(昨年クリスマスの『朝日新聞』記事参照)及び懸案の戦時在独日本大使館員・崎村茂樹の問題にも取り組んでいきます。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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