暴論珍説メモ(142)
年末に突如持ち上がった日韓外相会談による慰安婦問題の解決という構想が、昨28日に実現した。両国政府の「外交的成果を手にしたい」という政治的思惑が一致したことでこの急転解決となったのであろう。とはいえ、岸田・尹両外相が発表した合意内容はわれわれから見ても十分に合理的なものであり、今はこれが着実に実行され、まさにのどに刺さったとげが抜かれたように両国関係が正常化されることを望みたい。
それにしてもこの合意内容を見て、まず感じたのは両国政府の世論操作が実に巧妙だったことだ。外相会談が発表されるや、両国のメディアはともに自国の原則的立場がいかに譲れないものであるかを強調し、相手がどこまで降りるかが交渉の成否を決めるという観測を直前まで流し続けた。
日本側では1965年の日韓国交正常化の際に結ばれた請求権協定で、慰安婦問題もすでに「完全かつ永久に解決ずみ」であるとの立場は譲れないことが強調され、一方、韓国側では日本政府に「法的責任」を認めさせること、ソウルの日本大使館前の「少女像」は民間団体のものであり、政府の一存では動かせないことなどが力説された。
結果はどうであったか。日本側は慰安婦について「軍の関与」を認め、日本政府は「責任を痛感」するとともに、安倍首相の「お詫びと反省の気持」を明らかにした。また元慰安婦のために韓国政府が行う「事業」に日本は「予算」から10億円を「出資」することになった(「出資」は賠償や補償ではないから請求権協定とは関係ないと会見後のブリーフィングで岸田外相は説明した)。
「法的責任」という表現こそないが、韓国側が国内的に十分説明可能なところにまで日本側は歩み寄っている。とくに慰安婦に「軍の関与」を認めた1993年の河野談話に対して、これまで安倍政権がとってきた否定的態度を考えると、談話の表現を引き継いだことは意外でさえある。
韓国側はどうか。今回の合意内容が着実に実施されることを前提に、慰安婦問題が「最終的、不可逆的に解決されたことを確認」し、国連などの場でこの問題で批判、非難を加えないことを約束した。また「少女像」についても関連団体に働きかけて、「適切に解決」するよう努力すると表明した。
日本側にとってはなによりも「最終的、不可逆的解決」が大きな成果であろう。これからもう国際舞台で慰安婦という言葉を持ち出されなくなるのであるから。そのためには「軍の関与」を認めることも、「予算」から10億円をだすことも、いわば「いっときの恥」との計算であろう。
結局、「こちらも譲ったが相手も譲った」点に互に自国民の注目を集めようという巧妙な世論戦術が行き届いた合意である。
ともかくこうして懸案の慰安婦問題は一応決着した。一応、というのは、現政府間ではこれで慰安婦問題は消去されたが、両国内は「これでめでたし」とはいきそうにないからである。両国外相が会談後の記者発表で一切の質問を受け付けなかったのは、質問に対する受け答えによっては、折角の合意が元の木阿弥になってしまう可能性さえあったからであろう。
実際、こうした政府間の約束というものは確かなようでいて、決してそうではない。ほかでもない日韓関係でも、1998年の金大中大統領(当時)の訪日に際して、金大中大統領側から「共同声明に小渕首相(当時)の謝罪の言葉を書き込んでくれるなら、今後は過去の問題は持ち出さない」と提案され、日本側はそれを呑んで共同声明に謝罪が書き込まれた(この後、来日した中国の江沢民国家主席(当時)が「今後の保障」なしに同様に文書での謝罪を要求し、小渕首相がそれを拒否したために、江沢民主席はひどく怒ったものだ)。
金大中大統領に小渕首相をだますつもりはなかったであろうが、結果として小渕首相は謝罪の書面をだまし取られてしまった。日韓間の歴史問題は決しておわりにならなかったからだ。もっとも金大中大統領側にも言い分はあるはずだ。「謝罪した以上、それを無効にするような言動を日本はつつしむべきだ」と。
日本国内には対韓国にしろ、対中国にしろ、「いったい何度総理が謝れば気がすむのだ!」という声がある。今年夏の安倍首相の「戦後70年談話」の際もそうだった。その気持ちも分からないではないが、相手側にすれば、「総理が謝っているのに、日本ではなんでそれと反対の議論が、特に政治の世界で大手を振ってまかり通っているのだ」という事態がしばしば起る。そこから「日本はすこしも反省していないではないか」となる。歴史問題というのはじつはこの繰り返しだった。
今度の合意がその轍を踏まないか、といえば、相当危ないものがあると言わざるを得ない。合意で日本側は前述のように慰安婦について「軍の関与」を認めたが、おひざ元の自民党に安倍総裁直属組織として生まれた「歴史を学び未来を考える会」の面々はそれに納得して、今後いっさい「慰安婦は民間の業者がやったことで軍は関係ない」などと言わないだろうか。
韓国側にしても、早くも元慰安婦の人たちは「政府の合意は私たちと関係ない」と言っているという報道があった。合意の中には「着実な実施を前提として」という言葉がある。一方が相手を「着実な実施をしていない」と判断すれば、合意はガラス細工のように砕ける。韓国は来春、日本は来夏、ともに国政選挙を控えている。この合意が両国の選挙を切り抜けて生き延びるかどうか、試練はすぐにやって来る。 (151228)
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