――八ヶ岳山麓から(359)――
さる1月21日、中国・元北京大教授で社会学者の鄭也夫氏(71)は、会員制交流サイト(SNS)を通じ、「匹夫、台湾海峡を論ず」と題して、武力による台湾統一に反対する声明を公表した(共同・信毎2022・01・26)。
鄭氏は、いま発言しなければ権利放棄であり、武力解放を黙認したことになるとして、こういう。
「わたしは『人民の代表』を公称して武力解放を唱える人々の主張を粉砕するために、反対の声を上げる。言論統制のゆえに公然たる武力解放反対の声は消えたけれども、戦争開始を防ぐための第一の防衛線は武力解放反対の世論である」
頻繁に行われている中国軍用機による台湾の領空識別圏への侵入について̪、鄭氏は「中国の指導者層は、かつては平和的統一を提唱した。だが、(今日の)軍事力による威嚇は必ず(台湾人の)恨みを激化させ、平和的統一への一縷の望みも失ってしまう」
また「威嚇は台湾独立を威圧するためだというが、それは台湾が70年余り続けてきた独立の事実には何の影響も与えない」として、東西ドイツが45年間それぞれ独立国でありながら順調に統一した事実を引いて、再度「威嚇は仇敵視を生む。決して続けてはならない」と強調した。
そしてさらに、「武力による威嚇はさらに大きなマイナスを生み戦争を誘発する」「威嚇が激しくなれば、中国大陸・台湾・アメリカは、それぞれ譲歩の余地がなくなる」と主張し、ここまでの70年余り、核大国同士の戦争は抑制されてきたが、いまタガが外れる恐れが生じていると核戦争への危険を指摘している。
「共同通信」によれば、声明はその後SNS上で転送できなくなっている。鄭氏は「今のところ当局の圧力は受けていない」と話したという。だが鄭氏は2019年に中国最高指導層の財産公開を求めたことがあるなど、中国共産党中央にとっては「危険人物」である。逮捕される危険は十分にある。
日本人が台湾問題をどうとらえるべきかについて、本ブログで何回か主張したことがあるのでくりかえしになるが、ここでは、去年の夏わが村の「九条の会」でのやりとりをもう一度書いておきたい。
そのときわたしは、台湾有事といえば、日本の革新勢力は一様に日米同盟の強化や軍備増強に反対するが、それよりも重要なのはまず中国による台湾の武力解放に反対することだと主張した。
これに対して、参加者の一人から「『ひとつの中国』という原則からすれば、台湾は中国の内政問題だ。……台湾の統一によって、民主主義が圧殺されることになってもやむをえない。中国もやがて民主化されるだろうから、それを待つべきだ」という趣旨の発言があった。
こうした正しそうに見えて台湾人の存在を勘定に入れない傾向は、村の革新勢力にとどまらない。昨年末、日本共産党の志位委員長は次のように発言している。
「自公政権が、米国の対中国軍事戦略に追随して、空前の大軍拡を進め、『敵基地攻撃能力』の保有に踏み込み、台湾海峡をめぐる問題に関わって安保法制を発動する可能性にまで言及していることは大問題です」「『台湾有事は日本有事』などと叫び、自衛隊を派兵して軍事的介入を図ろうという動きもあるが、(これは)地域の平和を危うくし、日本に戦火を呼び込みかねない最も危険な道であり、断固拒否するとしました」(赤旗ネット 2021・12・20)」
志位氏は意識していないようだが、このような「武力解放」批判を回避する傾向は、末端ではもっと極端になる。わが村の「九条の会」でのやりとりは、それがあらわになっただけのことである。
中国軍の台湾侵攻によって生じる人命と財産の損害が、大陸と台湾、海峡の両岸にとどまらないことは明らかである。たとえ自衛隊の派兵がなくても、被害は確実に日本に及ぶのだし、世界経済にとっても大きなマイナスになることはすでに常識である。
しかし、わたしは中国軍の台湾侵攻が間近だと煽るつもりはない。アメリカ軍上層でも意見は割れている。アメリカの議論が割れているのに、日本がやみくもな軍拡に走るのには、わたしも反対である。だが「本当に中国の台湾侵攻があるのか」と問われれば、いつとはいえないが、その可能性は高いと答える。
習近平氏が「2期10年」という党総書記、国家主席の在任期間を超えて、最高指導者の座に居座ろうとすれば、それを担保する強力な正統性がどうしても必要である。それは台湾統一である。
台湾統一の平和的な道は二つある。ひとつは中共による「武力解放路線」の撤回、もうひとつは台湾人による「一国二制度」の受け入れである。
ところが台湾人は、香港の中共支配を見ているから、「一国二制度」は受け入れない。国民党の親中共路線も支持できない。いまやその90%近くが大陸との統一を拒否している。
台湾人の本音が「独立」であることは習近平氏ら中共指導部もわかっている。だから習氏は台湾世論を「一国二制度」に向けるために、防空識別圏に軍用機を飛ばして威嚇している。威嚇すればするほど「一国二制度」の道は遠のくが、それでしびれを切らせば、つぎは台湾領空の侵犯へと進む。さらに我慢できなくなれば「武力解放」にふみきる危険がある、とこういうことである。
尊大な態度をとり続ける中国に「武力解放」をやめさせることはむずかしい。だから国際世論は、中国に反対しつづける必要がある。なぜなら今日の海峡両岸の軍事力バランスからすれば、たとえ日米が軍備を増強したとしても、それだけでは「抑止力」にはなりにくいからである。
わたしの友人の示唆するところでは、昨年の春、中国の軍用機が台湾の防空識別圏へ大挙進入したとき、両岸の住民から期せずして「中国人不打中国人(中国人は中国人とは戦わない)」という声が上がったという。鄭也夫氏の「人身の自由」を賭けた訴えはまさにこれである。氏の訴えを革新勢力は鋭敏に受けとめるべきである。
たとえ蟷螂之斧であったとしても、われわれは習近平政権に対して台湾侵攻反対の声をあげ、中国人民には「中国人不打中国人」を説得しなければならない。日米両国の軍備増強を批判するばかりでは、日本国民の多くの信頼を得ることはできない。革新勢力は主要打撃の方向を間違ってはならない。(2022・01・27)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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