思いがけず、日中関係は氷河期に入った

――八ヶ岳山麓から(545)――

緊張が生まれた経過
高市早苗新首相は、10月31日からのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)慶州会議のおり、中国習近平主席に対して新疆や台湾の人権問題など「率直に」述べた。一方台湾の林信義総統府顧問と会談し、その写真をXに投稿した。これについて11月1日中国外交部は「極めて悪質」と抗議してきた。
11月7日、高市首相は衆議院予算委員会で、中国による台湾有事、バシー海峡の封鎖を巡り、「(中国が)戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、(日本の)存立危機事態になりうるケースだと考える」と答弁した。存立危機事態とは、他国への攻撃であっても、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を意味する。
11月8日、中国駐大阪総領事薛剣(せつけん)氏は、高市発言を中国内政に干渉するものとして、「勝手に突っ込んできた汚れた首はためらうことなく切落すほかない。覚悟はできているか?(原文:擅自伸過来的骯臓脳袋、只能毫不猶豫地砍掉。你準備好了嗎?)とXに投稿した。薛剣氏は「戦狼」外交官として知られた人物である。
11月10日中国外交部報道官は先の「台湾有事は日本有事」という高市首相の国会答弁に「強烈な不満と断固反対」を表明した。このとき薛剣投稿の評価をあえて避けたところからすれば、氏の言い分を肯定したと思われる。この日、木原稔官房長官は記者会見で、薛剣氏の投稿について中国側に抗議し、投稿を削除するよう求めたと述べた。

中国の高市非難
11日、中国共産党準機関紙環球時報は、「日本の指導者は極右の危険な発言を煽り、火遊びをしている」という論評を掲載した。筆者は肩書無しの「北平鋒」である。「北平」は北京の旧名で「鋒」は「切っ先・前衛」といった意味だから、筆者は外交部高官あるいは環球時報の首脳級であろう。
論評は、高市首相の国会での発言を非難し、「台湾問題は中国の内政であり、いかなる外部勢力も干渉する権利はない。これは国際社会が公認する事実であり、挑戦を許さない一線である」と断言した。
さらに非難を加え、『女性版安倍』と呼ばれる高市早苗は、……これまで靖国神社への頻繁な参拝、南京大虐殺の否定、『中国脅威論』の煽動などを行ってきたが、就任早々、国際ルールと日中間の政治的約束を無視し、APEC会議期間中に台湾当局関係者と会談を強行し、反中国姿勢を露わにした」と述べた。
また、「(かつて)日本の軍国主義は『存亡の危機』を口実に繰り返し対外侵略を仕掛けた。その中には『自衛権の行使』を口実に『九一八事変(柳条湖事件・満洲事変)』の強行がある」と主張した。
同じ日の環球時報はもうひとつ、日本問題専門家項昊宇氏の論評「極めて挑発的で危険性の高い高市発言」を掲載した。中身は北平鋒とほぼ同じで、「高市早苗氏の台湾関連発言は孤立した事件ではなく、日本政治の極端な右傾化によるものである。その背後には、自民党保守派が『外部危機』を煽って国内矛盾を転嫁し、『改憲・軍備増強』を推進しようとする政治的思惑がある」という。

緊張関係の新段階
13日夜間に、中国外交部孫衛東次官は日本の金杉憲治駐中国大使を呼び出して、高市首相の国会答弁の撤回を改めて求めた。孫氏は「14億の中国人民は決して承諾しない」「台湾問題は中国の核心的利益中の核心であり、触れてはならないレッドラインである」と「厳正な申し入れと強い抗議」をした。
また、中国国防部の報道官も談話を発表して、「日本が台湾海峡の情勢に武力介入すれば、中国人民解放軍の堅固な防備の前に頭を割られて血を流し、無残な代価を払うことになる」としている。一方、金杉大使は孫氏に反論し、薛剣駐大阪総領事の投稿した問題について強く抗議し、中国側の適切な対応を求めた。当然のことである。
大使を夜間に呼び出すのは極めて異例で、2010年尖閣海域における中国漁船衝突事件のとき、丹羽宇一郎大使が夜明け間近に呼び出されたことがある。また国防部の発言は、ことの次第では外交問題では終わらせない意志を示している。
さらに、14日夜中国外交部はSNSで中国国民に対し、日本への渡航を当面控えるよう呼びかけ、「最近、日本の指導者が公然と台湾問題で挑発的発言を行い、日本に滞在する中国人に重大な危険をもたらしている」と注意を喚起した。
今年1月から9月までの訪日中国人は748万人だったから、中国政府の訪日自粛要求は、ただちに観光分野に深刻な打撃となる。長期的には貿易・投資はもちろん、学術文化分野の人事交流が滞る。さらに事態がこじれたとき、サプライチェーンの締めつけが行われ、製造業を中心に経営不振に陥る企業が生まれるだろう。

怒りの相互エスカレート
日本ではあまり意識されていないが、習近平主席はアメリカにおけるトランプ氏以上に権力を一身に集中し、中国では誰も逆らえない至上の存在である。さきの日中首脳会談では、高市氏の「率直な」言動によって習近平氏は面目をつぶされ、APECでは台湾要人と高市面談問題で煮え湯を飲まされた。そのうえ日本国会での高市答弁によって台湾問題で内政に干渉されていると受け止めている。
これが中国の強烈な対日反応をもたらしているのである。外務省の中国担当者にこれがわからぬはずはない。それとも外務省の振り付けに高市首相が従わないのか。
中国のSNS上では高市発言に激昂し、薛剣発言を支持するものしかない。なかには1894年の黄海海戦の仇を打てというものもある。これに押されたか、薛剣総領事は再びSNS上に「(台湾)統一を妨害するなら実力で日本にその末路を見せてやる」と投稿した。
日本のSNS上には薛剣氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外退去を求める声が数多く登場している。14日現在、日本維新の会は薛剣氏の国外追放を政府に求め、自民党は国会の非難決議を提案しているが、いまのところ、木原官房長官は明言を避けている。
だが、そもそも問題は、高市氏の首相としては分別に欠け、無能としか言いようのない危険答弁に発している。こうした状況下で、日本が薛剣氏を国外退去させたとき、中国も対応した措置をとる。当然、双方の狭隘な民族感情が高まり、情勢はさらに緊張し、ことは両国にいる日本人・中国人の安全にかかわってくる。先の見通しもなく、一時の感情で「ペルソナ・ノン・グラータ」を発動してはならない。

革新リベラル派はどうする?
10数年の中国生活から帰国したとき、わたしは革新系の人々の集まりで「中国軍による台湾侵攻にどう対処するか」と問うたことがある。多くは「危機の前に、有事を起こさないよう外交で中国に対処する」という答えだった。重ねて中国軍が台湾侵攻したときはどうするか問うと、ひとり「自衛隊は参戦してはならない」と答えた人がいた。「では、民主主義の台湾を見殺しにすることになるが」と問うと、その人は「やむを得ない」と答えた。わたしにはこの人の意見に反対できない。
当面台湾の危機はないとしても、わたしは問いたい。革新リベラル派はいざというときどうすればよいかと。読者のみなさんのご意見をお願いする。(2025・11・15)

「リベラル21」2025.11.20より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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