思想・言論の自由と知のエクソダス

2025.5.1  ● 5月1日はメーデー、労働者の祭典です。アメリカ大統領トランプの強固な支持層は、グローバル化による資本の低賃金国・地帯への流出で職と技能を失ったラストベルト(赤錆)工業地帯の白人労働者層だとか。富裕層の党になった民主党に対して、旧ソ連の「プロレタリア独裁」に学んだのでしょうか、共和党を「労働者階級の前衛党」風に塗り替え、大統領令140本以上を次々に連発して、前民主党政権と正反対の急進的改革、三権分立を否定し権力を独占する施策を、100日間執行してきました。ただし、旧ソ連を引き継いだロシアのプーチンと同様に、テスラのイーロン・マスクやGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)のビッグテック・トップら親しい仲間で利益を独占する「オルガルヒ支配」ともいわれ、中身は支離滅裂・混沌です。合理的未来予測はできません。

● トランプ旋風は、世界中で吹き荒れてハリケーンとなり、20世紀の世界秩序を根底から破壊しようとしています。就任100日で世界の政治経済秩序を転覆し、国内では政府の「公共性」をくつがえし、アメリカのウリだった「多様性・公平性・包摂生(DEI)」と「自由」さえ反故にして、

スミソニアン博物館の展示を大統領直々に「反アメリカ」と問題にする事例に顕著に示された「反DEI(多様性、公平性、包摂性)」政策の全面展開です。案の定、歴代大統領中最低の支持率へと、急降下です。それでも強固な支持者が、ワシントンポスト調査で39%ニューヨークタイムズ調査で42%もいるのが、おそるべき現実で、アメリカ社会の分断の深刻さを物語ります。

これでは富裕層の党になった民主党では対抗できないとして、「社会主義」を公然と語るバニー・サンダース上院議員の「トランプ=マスク独裁を許さない」運動が、第三極で台頭しつつあるのも、むべなるかなです。左は The Wall Street Journalの、5月1日付メーデー写真。曰く、「トランプ氏とサンダース氏と米国民の反乱」

●  トランプは当初、ウクライナ戦争を就任24時間で停戦させると豪語していました。それは、トランプがほとんどロシアのプーチンの代理人になった「ディール=取引」で、ウクライナのゼレンスキーばかりでなく、ヨーロッパ諸国や国際法を重んじる人々を失望させたまま、公約の90日がすぎました。トランプの気まぐれで、ウクライナの鉱物資源をこれまでの戦費の代償として取引しただけで、仲介から手をひくポーズさえみせています。やはり国連の役割の再建、中国やインドの介入も必要となるでしょう。さらに、イスラエルのガザ民衆虐殺について、トランプはネタニヤフ首相の後見人の姿勢を崩さず、ジェノサイドを憂う世界の人々に敵対し、緊急の人道支援さえ妨害して、USAID解体で世界の飢餓・貧困・難民問題から手を引いたままです。

●  世界を揺るがす自由貿易への挑戦、トランプ風「関税による取引」は、隣国カナダやメキシコ、欧州の同盟国ばかりでなく、中南米・アジア・アフリカの経済にも、ワクチンの効かないトランプ風邪をひかせています。株価も、為替も、ドル基軸の根幹のアメリカ国債も落ち込む「トリプル安」で、あわてて相対的に市場経済のわかるベッセント財務長官らが微調整に入りましたが、就任前にスティグリッツらノーベル経済学賞受賞者16人が示していた懸念が、その通りになりました。連邦中央銀行(FRB)の独立性さえ脅かし中国元にはまだ基軸通貨の力はありませんから、半生記ぶりの金本位制への復帰さえ、ささやかれています。相変わらず、為替の「マール・ア・ラーゴ合意」をめざすスティーブン・ミラン論文ピーター・ナバロ上級顧問若手のオレン・キャスらのいかがわしいイエスマンたちが、トランプの「黒幕」「ブレーン」と見なされていますが、なにしろ国際統計もマクロ経済学も無視した個人独裁による朝令暮改の毎日で、アメリカ経済も世界経済も、ぐちゃぐちゃです。

●  アメリカ国内で、トランプが唯一過半の支持を得ているのは、移民排除政策だといいます。主として中南米からのヒスパニック不法移民を強制的に本国に送り返すという、「移民大国」「多様性の国」からのエクソダス・離脱です。それにあわせて、イデオロギー的にも、強固な支持層である福音派プロテスタントの教えに従い、妊娠中絶や同性婚、LGBTQに反対し、「生物学的男性と女性」だけの国にしようとしています。かつて「人種のるつぼ」とか「サラダボール」と呼ばれたアメリカを、るつぼの中を白くすりつぶした国として再生しようとしています。何よりも、イギリスからの独立以来国是であった信仰・思想・良心の自由、言論・表現の自由を、単色の「トランピズム」で塗り替えようとしています。スミソニアン博物館の展示差し替えばかりでなく、イスラエルのパレスチナ人虐殺に対する学生たちの抗議活動を口実に、ハーバード大学・コロンビア大学などに政府からの補助金停止の圧力を加え、ハーバード大学などリベラル派が強く世界の優秀な留学生が集まる大学が「大学の自治」の伝統に基づき拒否すると、外国人の就学ビザ・就労ビザを取り消して、「DEI」を排除しようとしています。

●  すでにアメリカで研究する科学技術関係者の75パーセントが、研究の自由を求めて、「51番目の州」を拒否したカナダやヨーロッパなど、他国への移住を考えているといいます。「子どもを民主主義の国で育てたい」という、「知のエクソダス」の始まりです。将来のアメリカは、世界の知の最先端からフェード・アウトする兆候です。それは、対岸の火事ではありません。農産物輸入増を手がかりに自動車関税を低減させ、なんとかトランプに褒められる「同盟国」にとどまろうとすり寄る日本は、いまや世界の鼻つまみ・笑いものにされ、実利も得られぬ期待外れの「ディール」になる可能性大です。そして、学の独立性を奪う学術会議法案、日本人学生と留学生との授業料・奨学金差別などで、科学技術・学術文化の「日本化」が諮られつつあります。80年前に「科学技術立国」で高度経済成長を遂げてきた国が、「失われた30年」でその地位を失い、最優秀の頭脳ははじめから海外に出向き、内向きの知に特化した国になろうとしています。知の頽廃の一例は、主食である米の価格が二倍に上がって、当初は供給は十分で流通の目詰まりと言ってきた農水省が、備蓄米一時放出が一月たっても店頭に届いたのは1.4%のみという現実に直面し、あわててさらなる備蓄米放出と輸入米に頼る醜態。主食の食料安全保障として減反を続け、補助金で米価を維持してきた帰結が、この有様です。明らかに農業経済学農政学の非科学性の暴露です。思想・学問の自由と言論・表現の自由の衰退は、21世紀後半の日本を、暗くぬりかえるでしょう。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

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