情報独占と経済成長と政治的安定のアンバランスな関係性

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授・早稲田大学客員教授
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かと 2016.11.1  エドワード・スノーデンの日本への警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」が、ウェブ上で広がっています。自分自身が米軍横田基地内で日本の情報収集をしていた経験をもとに、「日本で近年成立した(特定)秘密保護法は、実はアメリカがデザインしたもの」「米国国家安全保障局(NSA)は日本の法律が政府による市民へのスパイ活動を認めていないことを理由に情報提供を拒み、逆に、米国と秘密を共有できるよう日本の法律の変更を促した」と。「米政府が日本政府を盗聴していたというのは、ショックな話でした。日本は米国の言うことはほとんどなんでも聞いてくれる、信じられないほど協力的な国。今では平和主義の憲法を書き換えてまで、戦闘に加わろうとしているでしょう? そこまでしてくれる相手を、どうして入念にスパイするのか? まったくバカげています」ともいいます。これは、ウィキリークスが暴露した「第一次安倍内閣時から内閣府、経済産業省、財務省、日銀、同職員の自宅、三菱商事の天然ガス部門、三井物産の石油部門などの計35回線の電話を盗聴していたことを記す内部文書」についての感想で、日本は、情報世界で米国に「信じられないほど協力的な国」なそうです。

かと ウェブ上には、経済評論家・河野龍太郎さんの「経済のさえないマクロパフォーマンスと高い政治的な安定性のアンバランスは、海外の人にとって大きな謎 」という最新のコラムも出ています。これについても、スノーデンは、部分的回答を与えています。日本では、「多くの場合、最大手の通信会社が最も密接に政府に協力しています。それがその企業が最大手に成長した理由であり、法的な規制を回避して許認可を得る手段でもあるわけです。つまり通信領域や事業を拡大したい企業側に経済的インセンティブがはたらく。企業がNSAの目的を知らないはずはありません」。マス・メディアも、情報企業です。スノーデンは「強権発動を要せずして、日本の報道関係者はネット上の流動的、断片的な情報から内向きに聞こえのよいもの、効率よくニュースにできるものを選択する「不自由」に慣れ、日本人の世界を理解する力を深刻に低下させている」 といいます。これに過労死企業「電通」広告・イベント支配を加えれば、河野さんのいう<日本政治「安定」の謎>への、一つの回答になりそうです。このスノーデンの警告を紹介した小笠原みどりさんのようなジャーナリストがいるのが、わずかな救いですが。

かと NSAが、世界の「すべての個人を潜在的容疑者として見張っている」ばかりでなく、米国の国益からして、「ファイブ・アイズ」である英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと一部の情報を共有していることは、よく知られています。日本は、メルケル首相の携帯電話が盗聴された ドイツと同じく、Third Partyで監視の対象です。だから「安定」した安倍政権下で、「ファイブアイズ+1」という形で日本も参加しようという話が、水面下で進んでいるともいわれます。特定秘密保護法は、まさにその第一歩でした。これに新戦争法の「かけつけ警護」実行 や、沖縄高江の米軍ヘリパット基地建設強行 を見れば、少なくとも日本の米国への片想いは 「ファイブアイズ+1」に向かっているようにみえます。もっともまもなく結果の出るアメリカ大統領選挙もwikileaksFBIにふりまわされ、どちらが勝っても「情報独占・統制、経済安定にもかかわらず不安定な政治」になりそうです。アメリカの次の大統領が決断しなければ、日本の片想いは片想いに終わり、せいぜい中国・朝鮮半島など東アジア情報収集の 「番犬」(Watchdog) として、相変わらず監視の対象でしょう。

かと  このこと自体、日本の民主主義と言論の自由の重大な危機ですが、情報を共有することと、そこからそれぞれの国がどのように行動するかは、別の問題です。そこに、国家の自立性、民意を汲む民主主義の成熟度が現れます。10月28日、国連総会で初めての核兵器禁止条約案が、123か国の賛成で採択されました。来年から条約交渉が動き出します。アメリカはNATOなど同盟国に反対投票をよびかけ、米英ソ仏の核保有国のほかNATO諸国、オーストラリア、韓国など38か国が反対しました。中国・インド・パキスタンなど16か国は棄権しました。「唯一の戦争被爆国」を自認する日本は、かつてはアメリカに配慮し「棄権」にまわることもありましたが、国際法で核使用を禁止できる条約成立の決定的な時に、「反対」にまわり、世界を驚かせました。被爆者が怒るのは当然です。ここで注目すべきは、NSAの「ファイブアイズ」の一角、ニュージーランド政府の選択です。30年の非核政策をバックに、情報共有大国アメリカの圧力をもはねのけて、「賛成」の先頭に立ちました。情報と政治と経済の関係は、それぞれの国の歴史的戦争体験(貫戦史 transwar history)や 制度の経路依存性(path-dependency)で異なります。けれども<日本政治「安定」の謎>だけは、いま、日本の若い研究者が解き明かさないと、「番犬」が「忠犬」になって、出口無しになりそうです。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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