今回の参院選で自民(119)、公明(27)、維新(21)、国民(10)のいわゆる改憲4党の参議院での議席数が合わせて177、改憲発議に必要な議席数の3分の2(167)以上を維持した。衆議院でもその条件は満たされているので、改憲勢力はいつでもその気になれば改憲を発議できる。
護憲、とりわけ憲法9条を守る立場の人間にとっては危機である。
時あたかもロシア軍の侵攻によって、ウクライナの住宅市街地で砲弾がさく裂し、侵入したロシア軍が去った後には虐殺された市民の遺体がそのまま放置されているなど、戦争というものの過酷な実像が、時を移さずに視界に飛び込んで来る日常が続いている。
こうした画面を見せられれば、誰しも自分がそこにいたらと想像する。そしてそんなことが身の回りで起きないようにと念ずる。ウクライナの大統領は毎日のようにもっと多く、もっとはやく武器が欲しいと国際社会に訴えている。もし自分が住むこの町であんなことが起きたらどうしようと、気が気でなくなる。
そこへ国会議員たちの言葉が負いかぶさってくる。「自衛隊をはっきり軍隊としよう」、「防衛費をGDPの1%などとケチなことを言わずに2倍にしよう」、「日本独自のものでなくて他国との共有でもいい、核兵器を持とう」。残念ながら説得力は十分である。憲法9条は存亡の危機にある。
しかし、ここは踏ん張って考え直すことが必要だ。結論を言えば、ウクライナのおかげで、我々は当分(あくまで当分だが)戦争の心配はしなくていいのだ。ただでさえ気の遠くなるような借金を抱えているのに、ここで軍備にこれまで以上に国費をつぎ込むのは愚の骨頂である。
以下にその理由を述べる。
なぜ世間では軍備増強論が幅を利かせるか。ウクライナから台湾海峡に連想が飛ぶからだろう。プーチンの暴挙を中国が非難も批判もしないのは、プーチンが成功すれば自分たちも台湾海峡で事を起こせる、と考えてのこと、危険極まりない。ここはしっかり守りを固めて自分を守るだけでなく、出来れば中国の手も縛りたい、というのが、軍備増強論の論理だ。
しかし、実際はプーチンは成功しない。だから話はすべて逆になる。プーチンはウクライナの抵抗力をロシアの軍事力とのみ比較して考えた。だから首都のキーウを直撃すれば、ゼレンスキー大統領には降伏以外に選択肢はないと考えた。
ところがゼレンスキーは国際社会に助けを求めた。そして国際社会もそれに応じた。勿論、それが当事者それぞれの目算とどの程度合致し、どの程度合致しなかったかはまだ判断できないが、少なくともロシアの当初の計画を挫折させ、一方でロシアという国家に対する国際社会の評価を極度に下げたことだけははっきりしている。
そして、世界にウクライナ支援の対ロシア包囲網とでもいうべきものが出来つつある。プーチンは勝てない相手を引きずり出してしまったのだ。この後、事態がどう変転しようと、プーチンの目論見が外れたことだけは確かである。
とすれば、そんな中でプーチンに便乗して、中国が台湾海峡で行動を起こすなどということは絶対にないと断言できる。というより、中国はウクライナでプーチンの肩を持った路線の修正にすでに踏み切った。悪化を続けてきた米との関係の修復である。おそらくそれなしでは秋の中国共産党大会に臨む方針も定まらないのであろう。
米との手打ちはほかでもない先週土曜日、9日にインドネシアのバリ島で行われたブリンケン、王毅の米中外相会談が舞台だった。同地でのG20外相会議の後に設定されたこの会談はなんと5時間あまりに及んだという。この両者は昨年春、米アラスカ・アンカレッジのホテルで怒鳴り合いを演じた双方4人の中の2人であるが、今回は相当に中身の濃い実務的な会談であったことが以下の新華社の報道ぶりからもうかがえる。
冒頭のリードの部分―
「双方は中米関係および共に関心のある国際的、地域的問題について、全面的に深く、誠意をもって長時間、意見を交換した。双方は共に今回の対話が実質的、建設的であり、相互理解を深め、誤解を減らし、合わせて将来の両国の「高層往来」(首脳の相互訪問)の条件を整えた(「積累了」直訳は「積み上げた」)ものと考える」
注目すべきは最後の「高層往来」である。こういう場合の「高層」はただの高官ではなく、大統領とか国家主席であり、それが実現するには両国間にややこしい問題のないことが条件である。外相会談でそのために突っ込んだ話をして、それがかなり進展したことをこの文章は意味する。
勿論、だからと言って、懸案がすべて解決したというわけではなく、中国は米に台湾問題、その他の問題でさまざまな要求を突き付けている。
台湾問題では「台湾独立」を支持しないこと、「一つの中国」政策を歪曲しないこと、少しづつ政策を変える「サラミの薄切り」をやめること、などを挙げているが、いずれもこれまでの主張を繰り返しているに過ぎない。言い換えれば、ウクライナ以前の状態を継続すればよいということになる。
そして対米関係全体としては、中国側は米に「4枚の明細書」を手渡したという。それは1・米側に誤った対華政策や言行を糾すよう求める明細書、2・中国が重要と考える個別問題の明細書、3・中国が重要と考える対中国関連法案についての明細書、4・8つの領域における中米協力についての明細書、である。
つまりこの会談における中国側の態度は、トランプ政権の末期からウクライナ戦争へと、悪化の坂を転げ落ちてきた両国関係を、懸案を含めてそれ以前の状態に戻そうという仲直り提案である。「仲直り対象事項一覧表」とでもいうべきか。こういうものは見込みがなければ出さないだろう。
勿論、両国関係がこの線に沿って修復されるとは限らない。中国は秋に正念場の共産党大会を控え、米もまたバイデン大統領にきびしいとされる中間選挙が待っている。したがって、軽々しい予測は禁物であるが、すくなくともウクライナの火薬臭に気を取られて、「日本の安保政策を見直そう」などと、騒ぎまわるべきではない。まして「参院選の余勢を駆って一気に改憲を」などという功名心を政治家に起こさせないように気をつけなければならない。
でも、わが日本国総理は相当に軽薄で、かつ野心家のようだから用心を。
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