改憲挫折への希望を強めた憲法記念日(下)  ―TBSの歴史家ジョン・ダワー氏インタビュー

著者: 坂井定雄 さかいさだお : 龍谷大学名誉教授
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 憲法記念日前後のテレビの報道の中では、断然5月2日のTBSの報道特集「戦後70年・歴史家からの警告」が素晴らしかった。ダワー氏は、いうまでもなく米国の歴史学者(マサチューセッツ工科大学名誉教授)で、近現代の日本・日米関係史研究の第1人者。戦後の日本復興を分析した「敗北を抱きしめて」(ピューリッツアー賞受賞)の和訳はロング・セラーになっている。インタビュアーは報道特集の金平茂紀キャスター。テーマと質問、ダワー氏の発言は、まさに2015年の憲法記念日企画にズバリ対応している。長時間のインタビューの核心をあえていえば、“戦後70年 戦争ができる国を目指す日本への、歴史家からの強い警告”だ。その立場は、自国アメリカのベトナム戦争と政府への厳しい批判によって、重みを増している。
 この番組を視て思い出したのは、TBS午後6時台の報道特集の前身である「JNNニューススコープ」の初代キャスター故田英夫さんの「ハノイの微笑」のことだ。60年代、アメリカ軍空爆下の北べトナムに西側のテレビ局として初めて入り、「ハノイの微笑」と題したルポルタージュ番組を制作・報道。日本だけでなく世界の視聴者に初めて、ベトナム戦争で北ベトナムが負けていない実状を知らせ、アメリカの敗北を予感させた。政府と自民党は反米報道として非難、福田幹事長が今道TBS社長を呼びつけて田英夫さんを降板させるよう圧力をかけた。別件でもTBSを批判、田さんは68年に降板。その後、国会議員に転身した。
 今回の金平キャスターのダワー氏のインタビューには、「ハノイの微笑」の伝統が生きている。TBSと金平氏には、安倍政権や自民党から圧力、嫌がらせがあるかもしれないが、自信をもって跳ね返してほしい。

 わたしは、番組をしっかり視聴したつもりだが、録画しなかった。しかし、ネット上に公開された「素晴らしい番組だったので紹介します」という「文字起こし」を、番組の記憶で確かめた。TBSから日本語の記録を入手できればいいし、できなければ、ネットの「文字起こし」にアクセスして(難しくなっている)ぜひ全文を多くの人に読んでほしい。
 ここでは、ジョン・ダワー氏の発言の一部を抜粋して紹介します。

第1章 戦後70年 戦争の美化
 「今年は、第2次世界大戦70周年と、ベトナムにアメリカが本格介入してから50周年の節目の年です。アメリカ政府、特に国防総省がベトナム戦争を追悼する数々のイベントを準備しています。私は危機感を抱いているのですが、彼らは戦争を美化しようとしています。『崇高なアメリカ人が大義を抱いて戦い、命を落とした』というのが彼らの解釈です。しかし悲惨な戦争でした」
 「日本でも保守派は戦争を美化しようとしていますが、それはアメリカの保守派がベトナム戦争を美化しているのと同じです」
 「わたしにはベトナム戦争の記念碑と靖国神社が重なって見えます」
 「戦争で亡くなったアメリカ兵の名前が刻んである記念碑を見ると心が打たれます。とても美しい記念碑です。しかしそこには、亡くなったベトナム人、カンボジア人、ラオス人の名前は一切書かれていません。彼らはアメリカの空爆で亡くなっているのに」

第2章 戦争責任 日本とドイツ
 「ドイツは、戦時中に行った残虐な行為は決して忘れてはいけない、そうした残虐行為は二度と繰り返さないと言っています。また、国民がその態度を尊重しています」
 「天皇陛下は戦争と平和について本当に真剣に考えておられると思います」
 「日本でも真摯な発言はありました」
 「戦後50年の節目の年に村山首相は、印象を残す発言を発表しました。戦争だけでなく植民地支配に関する謝罪も行いました」
 「戦後60年の時には、小泉首相が談話を発表しました。その談話は村山談話を踏襲したものでした。1990年代には慰安婦に関する河野談話が発表されました」
 「しかし、著名な政治家や、今は安倍首相がそうした発言を後退させてしまうのです。世界はそれを見て『日本には誠意がない』とおもってしまう。今では、ドイツと全く異なるイメージを持たれてしまっています」

第3章 沖縄の声を聴け
 「1952年から72年まで、沖縄はアメリカの植民地あるいは新種の植民地でした。1972年に沖縄が日本の領土に復帰した時も、グロテスクな米軍基地はそのままでした」
 「終戦以来、日本政府とアメリカ政府が沖縄に対して行ってきたことは、終戦の記憶の一部として、決して忘れてはならないことです」
 「沖縄の人々が戦争の恐ろしさについて語るとき、そして戦争の悲惨な歴史について語るとき、いまも非常に鮮明に話します。わたしたちは、彼らの話に真摯に耳を傾けるべきです」

第4章「普通の国」の正体
 「日本の保守派がいう『普通の国』とは、憲法を改正し、自らの軍隊を持ち、自らの武器を保有し、戦闘に参加できる国を意味しています」
 「彼らの目標は、海外で軍事行動を展開する際に『アメリカとより緊密に協力できるように』することなのです」
 「1945年から今日に至る70年間の、アメリカの軍事政策は、ひどい大失敗でした。その一つ、ベトナム戦争は本当にひどい戦争で、必要のない戦争でした。(2001年)9月11日の同時多発テロ事件への対応として、テロとの戦いの名のもとに、イラクへの軍事介入を行い、それがさらなるテロを起こしました。『イスラム国』なる国家を名乗る集団も、アメリカの行動から生まれたものです」
 「『普通の国』とは今日『精度が高い戦争』を意味するのです。ドローンやハイテクを駆使した戦争です。わたしには日本の保守派のこんな姿が目に浮かびます。『この流れに加わるんだ』と。安倍首相がそれについて言及すると、『どんな武器なら製造や輸出ができるか』といった議論が起きています。この狂った状況はアメリカが発信源なのです。
 わたしは日本がそうした意味での『普通の国』になることを望んでいません。なぜならば日本はさまざまな意味で素晴らしい国だからです。
 日本はさまざまな戦争を経験して学んだことを、戦争の教訓を、スポークスマンとして広く発信してほしいのです」
 「日本の方々が憲法を変えたいのならば、それもできるでしょう。憲法9条だけじゃなく、前文も変えることができるでしょう。
 けれども、そこに書かれている理念は、大変に素晴らしい理想です。
 わたしは多くの日本人がその理想を共有していると思いますし、アメリカがとっくの昔に忘れ去ってしまった尊いものです」
 「憲法こそが先の最2次世界大戦から得た財産です。日本の財産であり、財産になったのです」

終章 日本の若者たちへのメッセージ
 「戦争は本当に悲惨な出来事でした」
「わたしたちは、それぞれが他の国に対して、ひどい行いをしました。あのような戦争は二度とくりかえしてはなりません」
 「日本には行き過ぎた愛国主義者たちが存在しているので、戦争が日本にもたらした結果や、日本人がアジアで行ってきたことに真摯に向き合えなかったのです。そして未だに真摯に向き合えていないのです。自虐的だ、あるいは東京裁判しかりだ、などと言って」
 「戦後70年というこの機会に、わたしたちは『あれはひどい戦争だった』という声にもう一度耳を傾けるべきです。わたしは『かつての日本にあった理想や希望が今ではなくなってきたのでは』と感じるときがあります。そのことを、とても悲しく、虚しく感じます。(終わり)

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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