- 2024.11.1 ● 世界の「選挙の年」のハイライト、アメリカ大統領選選挙は11月5日が一般投票日です。日本の総選挙の方は、一足先に、10月27日に結果が出ました。石破首相は、自民党総裁選では国会予算委員会後の解散、日米地位協定見直し、裏金・統一教会問題等の政治改革も匂わせていたのに、いざ僅差で自民党総裁に選ばれると、豹変して早期解散、裏金議員非公認も曖昧なまま総選挙に突入、終盤には、せっかく公認をやめた裏金議員への「政党活動」援助2000万円までばれて、史上まれに見る自民党大敗、衆院与党過半数議席喪失です。後ろ盾の創価学会が池田大作名誉会長の死で、活力を失った公明党は、自民党と心中して、選んだばかりの石井啓一代表・佐藤茂樹副代表が落選する醜態です。野党で高齢化・セクト化して失速し供託金4億2900万円を無駄にした末期症状の共産党と併せて、20世紀型組織政党の没落です。私のネオ・グラムシ風政治モデルでいえば、19世紀の機動戦・街頭戦、20世紀の陣地戦・組織戦から、21世紀の情報戦・言説線への、日本における本格的転換です。
● もっとも機動戦→陣地戦→情報戦の理論モデルは、あくまで政治の形態・政治舞台についてのものです。街頭演説から紙媒体を経てインターネット・SNSへ、音声・文字媒体から映像・イメージへといった一般的傾向についてはわかりやすく、比例区での年代別投票先から自民・公明・共産党支持層の高齢化、若年層の維新・国民・れいわ支持はいえますが、例えば投票率の低下はSNSや米国ワールド・シリーズによっては説明できません。政治の内容=論点・政策・イデオロギー等は、それぞれの国を政治舞台とした経路依存性(パス・ディペンデンシー)や近代化・民主化の軌跡、地政学的国際環境なども影響します。保守と革新、右翼と左翼、中央と地方、中央集権と分権自治、階級・民族・性差・世代・資産・所得格差と言った社会的分断線、戦争と平和、自由と平等の民主主義観、新自由主義か新ケインズ主義かといった政治の内容・政策的方向性は、国によって異なり、選挙制度・選挙のタイミングにもよります。今回の日本の総選挙で言えば、右と左の両極にポリュリズム的勢力があらわれ、中道勢力の中での「右寄りシフト」が進みました。
● 情報戦の時代は、左右両極にポピュリズムを生み出しました。第50回総選挙の論題設定(アジェンダ・セッティング)では、当初共産党が自民党派閥の政治資金問題から裏金問題をクローズアップし、終盤には非公認候補支部への2000万円送付を暴き出しました。選挙中の政治資金の動きですから、本来論題設定が得意なマスメディアが調べ書くべきことを、党機関紙「しんぶん赤旗」が代行したかたちで、メディアの怠慢です。しかし、情報戦の論題設定と政策提言の受容・非受容、投票行動は別です。「裏金」という大きな論題で自民党・公明党を追いつめ、政策活動費10年後領収書公開と言ったピント外れと万博・兵庫県知事辞職問題等で大阪以外では大きく後退した維新の会を除けば、論題設定者であった共産党は、稚拙な情報戦で敗北です。そもそも論題を設定しても、それが他党やメディアによって争点にされなければ、選挙の焦点にはなりません。党幹部が小選挙区で立候補し有権者に訴える背水の陣をとらず、「自由時間」とか「共産主義」というピント外れの政策しかうちだせませんでした。せっかくスクープした機関紙の読者数・党員数の激減の流れをとめられず、党首公選をめぐる除名・除籍問題での党内矛盾激化と連動する高齢化した党員の活動量低下、相次ぐ地方議員離反・サボタージュなどで、かつて日本社会党・社民党の辿った泡沫政党化へ向かっています。逆に、「裏金」争点に「手取りを増やす」とSNSを駆使して若者をつかんだ国民民主党、「消費税ゼロ」一本で対抗した山本太郎のれいわ新撰組が、大きく得票と議席を伸ばしました。立党4年の国民民主党は、連立政権のキャスティングボードを握って、自民・立憲双方からアプローチです。立党5年のれいわは、賞味期限が過ぎた老舗共産党以上の比例票・議席増で、左派ポピュリズムの最先端になりました。公明・維新は党首交代がありそうですが、共産党中央常任幹部会は、一党員らしい「かぴぱら堂」さんのような具体的敗因分析もできません。幹部批判を許さない共産党の閉鎖性・指導者独裁体質は、ロシア革命・コミンテルンの伝統の残骸となって、消滅途上にあります。
● 立憲民主党は、小選挙区での自民党の自滅で議席数では大きくのびましたが、比例区の得票数・得票率でいえば、前回から微増にとどまります。注目すべきは、れいわのような左のポピュリズムだけではありません。中道右派のポピュリズムは、かつては自民党寄りの維新の党が一時独占していましたが、今回は300万票を失う惨敗で、大阪中心のローカル政党に戻りました。夏の東京都知事選の石丸旋風を受け継いだのは国民民主党で、今回は若者の支持を得て議席を4倍増、台風の眼となりました。「日本をなめるな」の参政党や、レイシズムの保守党の動きも注目です。今回は参政党のみならず、新参の保守党も得票率2%を越えて、政党交付金を得る要件を満たしました。両党を合わせると、政党法のあるドイツの政党の議席獲得要件である5%を越え、日本共産党と拮抗する勢いです。その民族主義的・排外主義的政策内容からすれば、移民反対・ナチス容認のドイツ極右民族派AfD(ドイツのための選択肢)と似てきます。共産党以上の左派ポピュリズム政党となったれいわ新撰組は、ウクライナ戦争勃発後に反EU・反移民を掲げて左翼党(リンケ)から離脱し、旧東独州議会選挙で左翼党以上の指示をえたドイツのBSW(ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟)と似てくる可能性を持ちます。しかし、忘れてならないのは、ドイツの左右のポピュリズムは、EUという大き政治舞台の中で開かれた情報・組織戦にさらされるのに対して、「失われた30年」で国際的存在感をなくした日本の民族主義的ポピュリズムは内向きで、むしろ「戦前への回帰」を想起させます。右であれ左であれ、国連や東アジアの中国・台湾・朝鮮半島情勢以上に、日米同盟という非対称の安全保障枠組みに大きく規定され、政治も経済も依存せざるをえなくなっています。日本の総選挙結果は、実際は11月5日のアメリカ大統領選挙の結果によって包み込まれており、その結果次第では、与野党の合従連衡や政党再編にもつながる可能性も否定できません。ウクライナ、ガザ、イスラエル、イラン、ミャンマー等の紛争をはらみ、民主主義から権威主義への趨勢を孕んだ世界の「選挙の年」はまだ未決で、未完成です。
● アメリカ大統領選投票直後の11月7日は、リヒアルト・ゾルゲと尾崎秀実が1944年に国防保安法違反ほかで死刑に処されて80周年です。私たちの尾崎=ゾルゲ研究会は、11月6−9日に、中国やロシアからゲストを招き、 愛知大学人文科学研究所と共同で、国際ワークショップ「ユーラシア大陸の秩序再編とインテリジェンスをめぐって」を開きます。その研究会は、東京・茗荷谷(地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅3分)の拓殖大学文京キャンパス茗荷谷校舎E館901教室で、7日午後3時から6時(会場の癒合で2時間早まりました)に、加藤哲郎「ゾルゲ事件研究の現段階」(「要旨」と配付資料はここに、当日報告パワポはここから)、上海師範大学・蘇智良教授「上海から東京へ:陳翰笙のインテリジェンス生涯」、モスクワ大学A・フェシュン教授の「尾崎とゾルゲとの個人的・事務的関係 」の3本が基調報されます。 翌8日は、同じ会場で10時から、中国の陳麗菲 、洪小夏、徐静波、馬軍、徐青、臧志軍氏、日本の長堀祐造、田嶋信雄、 鈴木規夫、名越健郎、清水亮太郎氏らの報告と討論が行われます。詳しくは、新設された尾崎=ゾルゲ研究会ホームページに、公開研究会出席とオンライン参加用の窓口が開かれましたので、ご覧になって、申し込んでください。または、愛知大学の尾崎=ゾルゲ研究会事務局(20221107os@gmail.com)にお問い合わせください。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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