政治の構造改革が必要、改憲は不要

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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● 2023.6.1   ウクライナ戦争と核廃絶をめぐって、日本のリベラル・左派グループの中で、亀裂が生まれているようです。直接にはG7首脳の広島原爆資料館訪問、核軍縮の行方とウクライナ・ゼレンスキー首相来日の評価ですが、ウクライナ戦争のさなかに反プーチンの首脳が集い、そこにゼレンスキーが参入しました。しかも、「グローバルサウス」と称して、オーストラリア、インド、ブラジル、インドネシア、ベトナム、韓国等の首脳も来日しましたから、国際的なデモンストレーション効果は大きかったでしょう。「ヒロシマ」は、もともと原爆被災の平和都市であると共に、宇品・江田島・呉を控える軍港都市でしたから、少なくとも岸田首相の頭の中では、ヒバクシャの話と軍拡の話が矛盾せずに招致したのでしょう。核保有国首脳を原爆資料館に招きながら、核兵器禁止条約には触れずに核抑止力維持をうたう広島ビジョン」をウクライナへの軍事支援強化と共に世界に発し、ヒロシマ現地の中国新聞ICAN/サーロー節子さん等から、「ヒロシマでこれだけしか書けないのか」と失望の声が寄せられました。ヒバクシャの立場からは、当然です。

● ただし、プーチンの侵略に対するウクライナ国民の抵抗に共感して、核保有国の首脳に原爆資料館を見せたことゼレンスキーの反転攻勢への決意を述べさせたことを評価する声もあるのは事実。メディア報道や世論調査では、そちらの方が多数派です。戦争も長期化して、「どっちもどっち論」「即時停戦・和平論」も強まっていますが、私はベトナム戦争ベトナム民衆支援の経験から、ウクライナ民衆の抵抗が続く限りそれを支援し、ロシア国内の反プーチン勢力に注目します。歴史の判断は、まだまだ先になりますが、下斗米伸夫さん塩川伸明さんのようなソ連崩壊後の歴史的考察から、学ぶところ大です。同時に、20世紀冷戦の東側に属していたロシア・中国・北朝鮮の共産党独裁・軍産複合体を「平和勢力」と錯覚してきた日本の左派の世界認識を、根本的に問い直す必要を痛感します。ドイツ在住のT・K生さんが紹介するように、ウクライナ戦争とメルケルへの大十字勲章授与を契機に、第二次世界大戦後のドイツの東方外交全体が問題になり、議論されているように。

● ゼレンスキーヒロシマ演説で印象的だったのは、1945年のヒロシマの惨状を現在のウクライナにたとえて復興を誓い、ロシアの核攻撃以上に、1986年のチェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故体験から、「ロシアはわが国最大かつ欧州最大のザポリージャ原発を1年以上にわたって占拠しています。ロシアは世界で唯一、戦車で原発に発砲したテロ国家です。原発を武器や砲弾の貯蔵所として利用した国は他にはありません。ロシアは原発の陰に隠れて、私たちの都市にロケット砲を撃ち込んでいるのです」と述べたこと。おそらく日本の「ヒロシマからフクシマへ」を念頭に置いたものでしょうが、ホストである岸田内閣の原発再稼働・推進、70年超運転政策への強烈な皮肉・批判に聞こえました。英語なら反核 Anti-nuclear は、核兵器も原発も含みます。「原子力の平和利用」こそ、核兵器保有勢力の情報戦の産物でした。忘れてはいけません。旧ソ連のゴルバチョフ時代にチェルノブイリ原発事故が起こり、そこから独裁国家の「グラスノスチ」(情報公開)が始まり、「ペレストロイカ」と「新思考外交」が必要になり、東欧革命から冷戦終焉・ソ連崩壊へと進んだことを。そこから米ソの本格的核軍縮が進み、ウクライナの核兵器も廃絶されたことを。

● 岸田内閣は、G7外交の「成果」で支持率を回復し、国会解散・総選挙に打って出ると言われました。しかし息子を首相秘書官にした世襲情実人事が裏目に出て、文春砲の前にあえなく更迭です。東京都では自民党と公明党との選挙協力が行き詰まり、長年の連立にも綻びが出てきました。これは、日本政治の構造的危機を予告するかのようです。というのは、もともと「恒久平和の仏法民主主義」を党是としていた公明党が、自民党との連立に踏み切ったのは1999年、冷戦崩壊・グルーバル市場化から新自由主義の21世紀に入ると見通してのことでした。アメリカとの同盟には世俗的利益を見出し、小選挙区での自民党の下駄になってきましたが、アジアの急速な工業化から中国の台頭と日本の停滞、ロシアの大国主義復活、中東・アフリカの不安定等の多極化は、想定外でした。もともとイデオロギー色の薄い中道政党とは言え、自民党内閣の安保防衛・軍拡政策、敵基地先制攻撃や非核3原則放棄にひきづられるのには、戸惑っている支持者が多いでしょう。共産党と同じく支持層の高齢化・世代継承困難が、新時代への対応・政策転換を困難にしている面もあります。

● 首相の限界が見え、子ども・子育て支援の財源問題や拙速なマイナカード普及の初歩的失策が続き、野党の出番なはずですが、4月の統一地方選挙結果は、日本維新の会の躍進、立憲民主党の衰退、日本共産党の惨敗で、野党共闘の行方は見えません。世論調査では、維新の会支持が立憲民主党を上回る、野党第一党の逆転が続いています。与党も野党も流動的で、基本政策の近さで行けば、自民・維新連合ができれば圧勝で、憲法改正でしょう。しかし、6月から食品3500品目・電気料金の物価値上げ、貧困と格差拡大の国民生活救には、打つ手なし。国政一揆が起こっても、おかしくありません。本当に必要なのは、世界の大きな変化を見据え、選挙制度改革やジェンダー平等をも推進する政治の構造変革です。日本国憲法改悪ではありません。

● 5月15日に、明治大学登戸研究所で「ゾルゲ事件についての最新の研究状況」を報告してきました。向ヶ丘遊園近くの丘の上が会場で、まだリハビリ中ですから、急坂と階段をさけてクルマで送迎して貰いましたが、何とか話の方は無事終えることができました。このテーマは2年前に「ヒロシマ連続講座」でも話してyou tube になっていますが、今回は、ちょうど鈴木規夫愛知大学教授との共訳でマシューズ『ゾルゲ伝』(みすず書房)を刊行した直後でしたので、オンラインを合わせ300人近い聴衆の皆様に話した最新の内容のエッセンスを、「岸惠子主演『真珠湾前夜』が可能にした学術的ゾルゲ事件研究」というエッセイにまとめました。みすず書房のホームページに公開されています。ご笑覧ください。

 

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

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