高橋洋一とは何者?
矢野康治財務事務次官の『文芸春秋』(2021年11月号)への投稿を口汚く罵る御仁がいる。舌禍で内閣官房参与を辞めた件の高橋洋一である。矢野氏を「会計学や金融工学を知らない素人」と罵っている。彼を良く知っている人にとっては「またか」という程度のものだが、知らない人はこのどぎつい表現に驚くだろう。
もっとも、この御仁、「専門性のない官僚はただのバカ」、「ロジカルな思考ができないマスコミ記者は本当のバカ」、「さざ波を大津波扱いする専門家は節穴バカ」という標語を掲げているから、品のない表現は自分を売り込む常套文句なのだ。本当にそう思っているかどうかは別にして、自分が一番賢いと言いたいのだ。講談社の「現代ビジネス」を舞台に展開している一知半解の議論が、意外と経済学に無知なネトウヨに受けている。品のない議論がどこから生まれているのかは興味あるところだ。
安倍内閣をヨイショし、菅内閣で内閣官房参与になったが、例の「さざ波」発言で辞任した。なぜこれほどまでに時の権力に取り入るのか興味があった。ネットで調べてみると、彼には窃盗容疑で書類送検され、東洋大学を懲戒解雇された過去がある。かのレイプ事件の山口敬之と良く似た事情があった。権力に取り入る必要性を感じたのではないか。解雇された高橋を雇った嘉悦学園だが、創業者一族と石原宏高衆議院議員との関係が問題になった学校法人である。自民党がらみで、嘉悦と石原に救われたのだろう。だから、自民党には足を向けて寝られないのだ。
高橋は研究者と呼ばれるに値する業績を何一つ残していないが、有象無象の単行本を次から次へと出している。如何せん一つ一つの中身はたいへんお粗末な物だ。ただ、駄文とは言え、これだけの量の本を出すのは並大抵のことではない。ところが、これには秘密があった。
2016年に講談社から出版された高橋洋一著『中国GDPの大嘘』が、金森俊樹氏が2016年2月2日から3月2日、幻冬舎ゴールドオンラインに連載した「緊急レポート『減速』中国経済の実態を探る」の剽窃だと抗議を受けたのだ。
これにたいして、講談社は「指摘された箇所は筆者が中国経済にあまり明るくないので、データマンが引用元を明記しないで引用したもので、著者には責任がない」と弁明したようだ。こうなると、はたして数々の駄文の実際の著者が本当に高橋本人なのかという疑問が湧いて当然だ。
この件について、高橋は無言を貫いている。研究者としての矜持や誠実さに欠ける。専門家、研究者、学者を名乗るのがおこがましい御仁である。週刊誌「週刊現代」の記事も無署名で書くことがあるから、「週刊現代」編集部には使い勝手の良い「書き手」なのだろう。ネトウヨは「高橋先生」と慕っているが、学者や専門家というより、「ロジカルな思考ができないマスコミ記者」程度の存在なのだ。
「財政危機はない」と主張する根拠
「現代ビジネス」で高橋と共同戦線を張るのは長谷川幸洋だ。同じく矢野事務次官の主張にたいして、「財務次官が『隠蔽』しようとした『不都合な真実』…実は日本財政は超健全だ!」と、自民党右派ですらしらけるような議論を展開している。この2人の議論は次のような三つの論点から構成されている。
(1) 会計常識として、政府の債務を問題にするなら、政府の資産も勘定に入れなければならず、債務総額から政府資産総額を差し引くと、債務は半減する。だから、1000兆円を超える累積債務を喧伝するのは、税収アップを狙う財務省の陰謀だという。
(2) 政府を一つの会計主体として考えると、日銀は政府の子会社のようなものだから、連結すれば日銀所有の国債資産は、政府の国債債務と相殺できるので、この分の国債債務はないものとして勘定できるという。高橋がこの論拠としてあげているのが、スティグリッツが2017年に経済財政諮問委員会で行った講演の一文である。
(3) 話を分かりやすくするために、概算数字を使って説明すれば、「累積債務1000兆円から政府資産500兆円を差し引いた残額500兆円の債務は、日銀が保有しているから、これを相殺すると、債務はゼロになる」というのである。だから、「国民が1000兆円もの借金をしているというのは真っ赤な嘘で、実際にはすこぶる健全な均衡財政にある」という。ネトウヨはこれに歓喜し、「高橋先生に、是非、テレビで矢野次官と徹底討論して、財務省の嘘を暴いて欲しい」と叫んでいる。
もしかして、山本太郎も同じように考えているのかもしれない。だから、「れいわ新選組」が「毎月20万円3ヶ月」というばらまき政策を提唱しているのだろう。いっそうのこと、3ヶ月とは言わず、期限なしで毎月支給を提唱したらどうか。これなら税金を払う必要もなく、働く必要もなくなるだろう。高橋大先生が宣うように、政府が国債を発行して、日銀に保有してもらえば、政府の債務が消えてなくなるのだから。
何のことはない、ネトウヨもネトサヨも、中身はたいして変わらないのだ。自らの論理の現実的矛盾を突き詰めて考えることがないのだ。
政府の粗債務と純債務
一般の会社が倒産する場合、債権を処分して債務に充当する。会社であれば、流動資産も固定資産もすべて処分の対象になる。ところが、一般政府の財政が破綻すると、会社のように資産を処分できない。そこが決定的に異なる。
政府財政が破綻した場合、為替の下落が生じて消費者物価が高騰し、インフレが加速する。それに伴って株式債券の金融市場が崩れる。政府が保有する有価証券類は資産の半分程度の300兆円ほどあるが、この資産価値が暴落する。外貨証券を売りさばこうとしても、自国の危機が国際的な金融危機に波及するリスクが高いので、簡単に売ることができない。流動資産は危機が来る前に計画的に処分することも可能だが、有価証券を現金化するにも大きな制約がある。資産の裏付けがなくなると、国家財政の脆弱性が高まると評価されるからである。
他方、固定資産はどうか。国が保有する固定資産で、簡単に売却できる物はきわめて僅かだ。官庁・大学・研究所・高速道路・港湾の施設や不動産のどれをとっても、債務を補填するに足るものを売ることができる資産はきわめて少ない。
これらの理由から、IMFでもOECDでも、政府のバランスシートの純債務ではなく、粗債務(債務総額)を決定的に重要な指標と捉え、粗債務の対GDP比を政府財政の健全性を図る重要な指標と考えている。その評価に変化はない。
もっとも、最近になって、政府のバランスシートを明瞭化して、公共資産の効率的運用を推進する比較研究が出ている。ただし、それらの研究は公共資産のガヴァナンスを高めて、公共資産の有効利用に注意を喚起するもので、資産を考慮すれば政府債務を軽減できると議論する研究ではない。長谷川が依拠しているのは、IMFが2018年10月に出したFiscal Monitor-Managing Public Wealthで、そこでは公的な資産・負債を比較する図式が掲示され、日本の政府資産が負債とほぼ同額であるように示されている。ただし、ここではアメリカ、ガンビア、カザフスタンのストレステストが中心議題で、その他の国のデータ源泉の説明はない。日本の政府資産がGDPの311%になっている根拠が示されていない。もし日銀保有の国債が政府資産として計上されているとすれば、データの扱いとしてきわめて杜撰である。間違ったデータ処理から、「日本の財政はすこぶる健全」という結論は出てこない。
もともと、年2回公表されるIMFのFiscal Policyは、IMFエコノミストの研究発表の場で、IMFの公式見解を示すものではない。当該号の巻頭にある分析は試論というべきもので、この分析の中でも、「BS(バランス・シート)上の資産を認識することは、高い債務に伴う脆弱性を否定するものではない。資産の多くは売却不能なもので、短期的に借り換えや不足補填に利用できるものではない。資産評価のヴァラティリティは負債のそれに比べて高い。したがって、財政政策においては、累積債務、財政赤字とそのファイナンスの重要性に変わりはない」と記している。これが世界の常識である。(続)
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