新疆は民族対民族の対立へ

――八ヶ岳山麓から(104)――

中国の新疆ウイグル自治区すなわち東トルキスタンは、チュルク系ムスリムと漢人の民族対民族の対立抗争の様相を帯びてきた。

5月22日朝7時50分ころ、4輪駆動車2両が、ウルムチ市サイベク区公園北街朝市の人だかりに突っ込み、2両とも爆発した。実行犯4人は現場で自爆して死亡、関与した1人が拘束された。中国中央テレビは事件直後、死者31人、負傷者90人余と伝えたが、その後死者は43人に増えた。
実行犯はみな新疆南部タリム盆地のムスリム過激派だったとされる。ウルムチの朝夕の市場は4月30日の駅前爆発事件を受けてほとんど閉鎖されていたが、今回の爆発事件は、同市内で唯一閉鎖されなかった漢人の多い朝市が狙われた。犯行に使われた車は、障害物を越えるために車高を高くする改造が施されていて、1メートルほどの鉄柵を跳ね飛ばして侵入したという(産経新聞、2014.5.24)。

一方、香港の人権団体はタリム盆地西部キジルス・キルギス自治州のアルトゥシ市内で23日未明、巨大な爆発音があり、多数の装甲車や警察車両が現場に殺到したというが、確認できない。
またウルムチ事件の2日前、新疆南部アクス地区クチャで、地元政府に抗議するウイグル人のデモ隊に警察当局が発砲し、少なくとも2人が死亡、100人以上が拘束されたという。

習近平主席は朝市爆発事件直後、テロを徹底的に抑え込めと指示している。現場指揮のためウルムチ入りした郭声琨・公安部長は、4月30日のウルムチ駅前事件のときと同じ発言を繰返し、テロに対する人民戦争を戦う、治安の回復に向けて徹底措置を取るといった。新疆当局も5月23日テロ対策の専門部署を組織し、来年6月まで新疆を主戦場とする暴力テロ活動に対する特別行動を始めるとした(新疆日報、2014・5・23)。

これによってウイグルなどチュルク系住民はすべて、ホテルや空港はもちろん各駅でも厳重な検査を受けることになる。彼らは都市でも集落でも一斉捜査の対象になり、それに伴う死傷事件があちこちで起こるだろう。
北京でも全国人民代表大会時並みの警戒態勢に入った。26日付の北京晩報は、当局はテロ事件を受け、エリート部隊の「特警」に対し警告射撃と身分証明の提示なしで相手に発砲する許可を与えたと報じた(共同2014・5・26)

公安当局は、4月30日ウルムチ駅前爆発事件についてウイグル独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」が国外から指揮したとの判断を示し、テロ分子は外国で養成され、今年3月に雲南省昆明駅で市民を殺傷した犯人もパキスタンとアフガニスタン国境付近の施設で訓練されたと発表している。

これを裏付ける報道がある。ETIMと同一組織とされている東トルキスタン・イスラム党の指導者アブドラ・マンスールは、2013年の北京天安門にウイグル人の車両が突っ込んだ事件直後、事件を「聖戦(ジハード)」だと称してインターネット上に動画を公表した。彼は今年3月、ロイター通信の電話インタビューに「中国は我々(ウイグル族)だけの敵ではなく、すべてのイスラム教徒の敵だ。中国に対する多くの攻撃を計画している」といい、さらに、「東トルキスタンの市民やイスラム教徒たちは目覚めたのだ。(中国政府は)これ以上抑圧できない」と語った(毎日2014・5・23など)。
チュルク系ムスリムの国外組織は、世界ウイグル会議(ラビア・カーディル議長)のほかはセクトが多くて、どれがテロ集団かよくわからない。カザフスタンやキルギスなどにはウイグルの民族組織があるが現在は地下にもぐっている。

この30数年の報道をたどれば、中国当局のいう「宗教の外衣をまとった分裂主義者、祖国の裏切り者」は毎年のように現れる。当局は地下組織を摘発してきたが、どうしても根絶できない。根絶できない原因として内外の「消息通」は、まっさきに少数民族の貧困をあげる。
5月26日の中国共産党政治局会議も従来の対テロ戦術を確認したほか、就業支援や無料教育の充実など、ウイグル人の比率が高く経済発展が遅れている自治区南部での生活改善を図るように指示した。貧困ゆえにムスリム大衆がテロリストに共鳴し、あるいはテロリストに変身すると発想するのは、いわゆる「消息通」と同じである。

確かに新疆では貧困線以下の多くはウイグル農民である。都市下層住民もウイグル・カザフなどの少数民族だ。就職難や失業は目に見えている。だがほとんどのチュルク系ムスリム大衆は生活に追われて政治に目を向けるほどのゆとりはない。ましてや民族独立だの高度自治だのを要求するわけがない。民族運動を主導するのは生活にややゆとりのある知識人層だ。
私が考えるのに、民衆がひそかにテロ分子に共鳴するとすれば、主な誘因はイスラム信仰に対する、漢人権力者からの干渉、蔑視、抑圧の常態化である。さらには身近のものに対する理由なき殴打・逮捕・投獄・射殺である。

一般に漢人は信仰に対して無神経である。ウルムチの礼拝所がある建物にサンタクロースを飾ったり、モスクがテロの温床だからモスクを全部ぶち壊せといったりする。
冒頭に記したクチャのデモの原因は、ウイグル人女子中学生ら25人が顔の一部を覆うスカーフを外すことを拒否して地元政府に拘束されたためである。女性の頭髪を隠すスカーフはフランスの学校でも禁止されているが、これはムスリムにとってはセクシュアル・ハラスメントにほかならない。成人男性のひげの禁止、学生のモスクへの出入り禁止、さらにイスラム寺院運営への介入や異教徒との結婚の奨励などは、ムスリムの戒律と伝統に背くことである。抵抗への大衆の同情は当然だ。

1980年代、90年代に起きたパリン郷事件、ホータン事件、なかでも1997年のイリ(クルジャ)大暴動は新疆各地を揺るがすものであったが、テロの攻撃対象は警察や役所などの権力機関や民族の裏切者とされた人物であって、漢人一般に対するものではなかった。やったのは主に地下コーラン学校の「タリフ(学生)」である。
ところが、2009年のウルムチ大暴乱(漢・ウイグル両民族の相互襲撃事件)以降のテロ事件は、去年のカシュガル事件(10月と12月、ウイグル人60人前後射殺)を除けば、今年3月12日の昆明無差別殺傷事件(漢人など45人死亡)、4月30日のウルムチ駅前爆発事件(自爆2人を含む3人死亡、79人負傷)、そして今回の市場爆発事件など、いずれも漢人に対する無差別襲撃である。この点でそれ以前とは著しく異なる特徴がある。
つまり、チュルク系ムスリムの「過激派」の行動は、従来の公安・権力機関への襲撃から、漢人全体を敵とするものへと変わったのである。今後は、状況によっては漢人だけでなく一般のムスリムをも巻き込む「アルカイダ」型テロが頻発する恐れがある。

また事件は、著しく政治的効果を狙うものになってきた。
ウルムチ駅前爆発事件は習近平主席が初めて自治区を視察し、「テロリストに先制的に打撃を与えろ」などと指示した直後に起こった。市場爆発事件は、アジア相互協力信頼醸成会議(CICA)首脳会議閉幕の翌日に発生した。CICA はアジアの地域紛争の防止や解決を欧米に頼らずアジア諸国自身が行なうとする国際会議で、日米欧などは加盟していない。
今回の首脳会議にはロシアのプーチン、イランのロウハニ両大統領ら各国の政府首脳が出席した。席上、習近平氏はテロ組織を「一切容赦せず、取り締まりを強化すべきだ」と訴え、会議ではテロ対策で各国が連携する方針を打ち出したばかりだった。
いずれの事件も習近平氏の面子をつぶそうとしたのは明らかだ。

すでに20数年前のことだが、ウルムチに出張した漢人青年が私に「新疆は怖い。いつなんどき何があるかわからない」と語ったことがある。いまテロの手段は車とパイプ爆弾と刀である。だが、もしも武器と組織行動が高度化すれば、東部の大都市とてもウルムチ同様のテロ攻撃を受けることになりかねない。
北京・上海などでも漢人はウイグル人を嫌っている。市場で漢人の大人がウイグル人の子供を「このどろぼう」と追っ払うのをなんどか見たことがある。今後は政府メディアによって、彼らに対する一般漢人の蔑視、警戒、敵視がいっそう強固になり、新疆だけでなく全土で一般大衆レベルの民族対立が激しくなるかもしれない、というのが私が危惧するところである。

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