両書から浮かび上がるのは、マスコミが「リーマンショックなみか」とあおり、日本の参院選で「アベノミクスの成否」が問われている円高・株安・実質賃金・年金・消費税といった問題だけではありません。イギリスのみならず、EU諸国全体に内在する、エスニックなものとシビックなもののせめぎあい、主権平等のタテマエと差別や憎悪の感情、就労機会と格差の拡大、人権・社会権の国別・地域別保障の相違等々、総じて「多様性の統合」の壮大な実験に孕まれていた危うさ・もろさが、表出されました。イギリスは、もともとユーロによる通貨統合にもパスポート無しの移動を認めるシュンゲン協定にも「オプトアウト」と言って加わっていませんでしたから、離脱の影響は、他の加盟国への波及、離脱ドミノが起こるかどうかにかかってきます。この意味では、グローバル化した地球社会のいたるところで抱えている問題の表面化で、アメリカ大統領選挙の共和党トランプ旋風や、民主党サンダース現象にも表現されています。地域統合も東アジア共同体も未成熟で、かつての国連中心主義も捨てて日米同盟に単線化し、ヘイトスピーチや日本会議が跋扈するこの国にとっては、他人事ではありません。
イギリスは、もともと新自由主義政治の発祥の地でした。第二次世界大戦後は「ゆりかごから墓場まで」のケインズ主義的福祉国家の代名詞だった国が、1979年サッチャー首相の誕生によって、「小さな政府」「規制緩和・自助努力」を標榜する市場原理優先の経済政策を採りました。しかも、フォークランド紛争ではアルゼンチン軍を武力で放逐し、「小さな政府の強い国家」となりました。アメリカのレーガン、西ドイツのコール、日本の中曽根首相等が、サッチャーに続きました。そこに、東欧革命・ソ連解体・冷戦崩壊で新自由主義が世界化し、今日のグローバル市場経済、金融為替政策を組み込みアジアを包摂したカジノ資本主義へと、変身していきました。EUは、マーストリヒト条約などで、一面アメリカ型市場経済の暴走、ドルの世界支配に歯止めをかけながら、域内には新自由主義を徹底し、北欧から中東欧へとモノ・カネ・ヒト・サービスの競争的自由移動を促進してきました。それが、イギリスから、ほころび始めました。モノ・カネと同じようには、ヒトは動かない、動けないのです。今回の国民投票には、先にパナマ文書にも出てきたキャメロン保守党政権への信任投票的意味合い、イギリス国内政治の中での「多様性の統合」の失敗への批判が含まれていました。本来の争点が隠され、単一争点にポピュリズムが動員される現象は、日本でも小泉郵政民営化選挙で経験済みです。
21世紀の初頭、とりわけ9.11以降の世界の民衆運動の合い言葉となった「もう一つの世界は可能だ」を掲げてきたATTACヨーロッパ・ネットワークは、声明を出しました。「われわれは、大企業の利益のために行動する非民主的機構に指図されるのにうんざりしてきた。われわれは、ヨーロッパ民衆の生活を金融市場の意思によって決められるのに飽き飽きしている。EU機構がヨーロッパ民衆の民主的要求に応えられなかったことによって、EUの歴史上かつてなかった危機が起きている。もしEUが根本的かつすぐに変わらないのであれば、崩壊してしまうだろう。……われわれはヨーロッパ民衆の怒りを理解する。悲惨な緊縮政策、侵食される民主主義、破壊される公共サービスによって、ヨーロッパは1%の(富裕層の)ための活動領域に変わってしまった。これは移民の責任ではなく、金融・大企業ロビーとそれに付き従う政治家の責任である。……われわれはまた、イギリスでより良い国のために闘っている人々やレイシズムと極右に反対して闘っている人々を支持する。より良いイギリスはより良いヨーロッパを励ますことができる。もうひとつのヨーロッパは可能だ。もしEUがより良いヨーロッパの一部になれないのなら、一掃されるだろう!」と。ハーシュマン経済学の用語では、exit(離脱・退出)の反対語は、voice(発言・告発)です。21世紀の世界史の暦に、9/11、3/11と共に、 6/23という日付が加わりました。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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