――八ヶ岳山麓から(87)――
安倍内閣は、12月13~15日に東南アジア諸国連合(ASEAN)10ヶ国との特別首脳会議を開催した。ASEANと日本との経済、安全保障分野での一層の緊密化を図るためという。東京開催は10年ぶり2回目である。
12月14日の特別首脳会議の共同声明をみると、中国による東シナ海上空への防空識別圏設定をめぐっては、「撤回」を求めるに至らず、「飛行の自由」の重要性を強調するにとどまった。
これを産経新聞「主張」は「中国が防空圏設定を発表してから時機を失せず、日本とASEANが、交流40周年の節目に東京の地から声を一つにして、それに異を唱えた意義は大きい」という(2013・12・15)。いかにも安倍政権の翼賛紙らしい評価である。だが事実は異なる。
日本政府は当初中国という名指しは避けたものの、「公海上の飛行の自由」の重要性を指摘し、「国際民間航空分野にかかわる(力の)乱用」が安全保障全般に対する「脅威」だと強調した文言を準備したという。だが「公海上」という文言を盛り込むと、中国の防空識別圏を名指していると受け止められる、としてASEAN側が認めず、「公海上における飛行の自由」は「上空飛行の自由」に簡素化されるなど修正を余儀なくされた。ASEANには日中間の対立をASEANに持ち込まれては困るという声があったという(信濃毎日新聞2013・12・15)。
日本からみて、中国による防空圏設定上の問題点は、第一に日本が実効支配する尖閣諸島を包含していること、第二に公海上の空域を通過するすべての航空機に対して飛行計画を提出し交信を保つよう要求し、従わない航空機には中国軍が防御的緊急措置をとるとし、あたかも中国の領空のように扱っていることである。
第二次安倍内閣発足直後、安倍首相はASEAN諸国めぐりをやって「中国包囲網」の構築を試みた。このたびのASEAN10ヶ国との会議はこの安倍外交の総括とでもいうべき意味があった。
安倍首相は、中国による東シナ海並みの防空識別圏がまもなく南シナ海にも設定されるとみて、ASEAN諸国が日本に同調することを期待したであろう。だが日本の思惑にASEAN諸国の抵抗が強く、中国包囲網はならなかった。会議の前、声明内容を日本寄りにするために、日本外務省はいくつかの国と水面下の外交交渉をおこなったらしいが、ASEAN首脳の足並みを反中国に揃えることはできなかった。共同声明の文言を「上空飛行の自由」にしたのは、安倍首相の顔を立てたにすぎない。
安倍首相は会議直後の記者会見で、「(中国の防空圏設定に)ASEAN諸国の首脳も同じ懸念を共有している」と強調した。だが、会議の経過を伝えるニュースをたどると、ASEAN10ヶ国は中国との対決を望んでおらず、中国をくりかえし非難する日本とASEANの違いは明らかであった。会議の共同議長をやったブルネイ国王は、会議後のあいさつで防空識別圏問題には触れなかった。
安倍首相がASEANを道連れに中国に対抗しようとする気持もわからないではない。ひとつには日本経済が中国からASEAN諸国への傾斜したのがはっきりしたからだ。
日本の対世界貿易に占める対中貿易シェアは2年連続低下している。今年上期(1~6月)のASEAN向け投資が前年同期比55.4%増の102億ドルで過去最高となり、対中国向けの2倍強に膨らんだ。昨秋以降の日中関係の悪化や中国の人件費の高騰を背景に、日本の対中直接投資は31.1%減の49億ドルまで落ち込み、生産拠点の「脱中国」が鮮明になった(産経新聞2013.8.8)。
ところが人民日報によれば、近年中国のASEAN進出はきわめて速い。ASEANとの2002年の貿易額は547億6700万ドルであったが、2011年の貿易額は5.6倍増の3628億5000万ドルに達し、年間平均成長率が20%を上回った。
今年6月末現在までの中国の対ASEAN投資額はすでに188億ドルに達している。2008年以降の投資額は、中国がこれまで行ってきた対ASEAN投資総額の70%以上を占める。中国の対ASEAN投資は、建築・ホテル・電気設備・鉱業・運輸業等まで拡大している。
同時に、ASEANの対中国投資も増加を続けている。2012年上半期、ASEANの対中国投資額は、前年同期比27.5%増の45億5000万ドルに達した。2012年6月末現在、ASEANの対中国直接投資は738億ドルに達しており、中国の外資誘致総額の6%を占めている。中国とASEAN先行6カ国(タイ、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール)は、90%以上の製品に対してゼロ関税を実施しており、ASEAN後発4カ国とは2015年に同目標を達成する予定だ(人民日報海外版2012・8・12)。
安倍首相の思惑がはずれたのは、中国が軍事大国として台頭したことを、ASEAN諸国がみな強く意識しているからである。同時に、私はASEAN諸国指導者の背後に海外中国人、すなわち華僑(華人)資本が存在しているのを見るべきだと思う。
東南アジアには、大雑把には2千万をこえる華僑がいて、その数は年ごとに増している。しかもASEAN各国指導者、経済界の有力者のかなりの部分が華僑の血をひいている。もちろん、そのすべてが中国への親近感をもつわけではないし、中国に警戒感を持つシンガポールやベトナムなどもある。けれども、それらの国家でも華僑ネットワークを無視できるわけではない。領土問題で中国と鋭く対立するフィリピンでも華僑の力は無視できない。
中国資本はもとより、日本企業も今日まで、ASEAN諸国で華僑ネットワークを利用してきた。私の中国人学生は日本企業に就職してから間もなく、マレーシア出張所の責任者になった。マレー人優遇政策をとるマレーシアでも、中国語ができる人間は現地華僑と交流しやすいのである。
日本では専門家を除けば、東南アジアにおける中国と華僑の関係に関心を持つ人はそう多くはない。だが中国と華僑を除外してASEAN諸国の経済と外交を考えることはできない。米中関係は日本で考えられているほど単純ではないが、ASEANと中国の利害関係はもっとこみいっている。今回のASEAN10ヶ国と日本の会議には姿こそなかったが、ASEAN諸国首脳は中国と華僑資本を意識しないわけにはいかなかったのである。
安倍内閣はアメリカと結び、ASEANと結ぶことで中国に対抗しようとしているが、アメリカは対中対決を避けようとしているし、ASEAN諸国は中国と対立するような国際環境を望んではいない。ASEAN諸国と日本の関係強化を中国に向けるのは不可能であるし、日本の利益にもならない。安倍首相は会議が終わってからも、ラオスとベトナムを説得したが、儀礼以上の色よい返事は得られなかった。安倍内閣がいかに右翼民族主義政権とはいえ、尖閣問題への対処の仕方も、対中関係・対ASEAN関係も見直す時期が来ていることを知るべきである。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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