ーー八ヶ岳山麓から(429)ーー
ウクライナ戦争勃発後、日本と北大西洋条約機構(NATO)の関係は密接さを増した。 それは今年に入って一層たかまった。
「昨年6月、日本の首相として初めてNATO首脳会議に出席した岸田文雄首相は、(今年1月)31日のストルテンベルグ事務総長との会談で、宇宙や偽情報対策など新領域で協力を打ち出した。ロシアのウクライナ侵略を機に、ロシアと軍事連携する中国への警戒感も増し、日本政府とNATOの双方が共同歩調を取る必要性を痛感しているためだ(産経2023・01・31)」
NATOは日本のほか、韓国やオーストラリアをインド太平洋地域のパートナーと位置付けるという。また2024年中には東京にNATOの連絡事務所を開設するとも報じられた。
もちろん、中国外交部(外務省)はこれを黙ってみてはいない。毛寧副報道局長は定例会見で、アジアは「協力と発展のための有望な土地であり、地政学の戦いの場であってはならない」と指摘。「NATOがアジア太平洋で東方拡大を進め、地域の問題に干渉し、地域の平和と安定の破壊を試み、ブロック対立を推進することについて、地域各国は高度の警戒が求められる」と批判した(ロイター 2023・05・04)。-
かさねて、毛寧氏は日本とNATOの接近に警戒感を示し、岸田文雄首相が7月にリトアニアで開くNATO首脳会議への対面出席を調整していることについて「注視している」と語った(日経2023・05・26 )。
つづく5月29日、人民日報国際版の環球時報は、「危機の淵を探る日本」と題する論評を掲載した。筆者の房迪(ぼうてき)氏は北京外国語大学日本学研究センターの研究者である。以下にそれを要約する。
危機の淵を探る日本(要約)
房迪
日本は近年、戦後秩序の束縛から積極的に脱却しようしており、昨年は、価値観を共有する、いわゆる「同志国」との関係強化の重要性を初めて提起した。
東京がアメリカに安全保障を依存するのに満足していないことはもはや明らかであり、日本の国家安全保障戦略や軍事戦略において多国間主義を目指す傾向が強まっている。
日本はさらに、日米同盟を基礎としてNATO方式を模倣するか、あっさりNATOに加盟して、2国間あるいは多国間の対話を通して「同志国」関係を確立し、欧米と結んで対中国大包囲網を構築しようとしている。
このような日本の要求は、地域の緊張を誇張してアジア太平洋諸国との関係を強化し、さらには「アジア太平洋版NATO」を作ろうというNATOの意図と一致する。 G7広島サミットでは、日本がこの機会に米欧に迎合し、積極的に西側陣営の影響範囲を拡大しようとしたことは明らかだった。
NATOは日本に連絡事務所を設置しようとしているが、これは実質的に「アジア太平洋版NATO」の発足準備であり、日本はアジアにおける「NATO本部」となろうとしている。
安倍晋三は、2014年のNATO本部での演説で「中国の脅威」を煽る一方、日本とNATOは自由と民主主義の価値観を共有する、いわゆる「ナチュラルパートナー」であることを強調した。 同年、双方は「日本NATO国別パートナーシップ計画」に署名し、手はじめにアデン湾での合同軍事演習を実施した。
岸田文雄は就任以来、アメリカと欧州の対ロシア制裁を踏襲し、NATOとのさまざまな関係を強化したが、これと引き換えに、中国に対抗するうえでの欧州とNATOからの支持を得ることが目標であった。
従来、日米同盟は、盾(防衛)と矛(攻撃)の関係と言われ、日本は攻撃力をアメリカに頼ってきた。 しかし、アメリカの軍事的優位が失われつつある時代に至って、日本は「攻守兼備」を実現するために独自の軍事力を発展させ、同時にアメリカ以外の西側国家及びNATOとの関係深化を通して、アジアにおける日本の軍事的優位性をさらに維持しようとしている。
日本は中国に干渉する問題を製造・操作し、アジア問題に関するアメリカおよびNATOの長期管轄に協力し、それを「先導」し、中国の内政に重大な干渉を行っている。これは国連憲章における国際平和と安全維持を目的とする原則に対する重大な違反である。
憲法改正がいまだ激しい抵抗に直面している状況下で、日本政府と右翼勢力は「一歩先んじて」平和憲法を空洞化しており、世界最大の軍事集団NATOとの協力深化と代表事務所を相互に設立しようと企んでいる。
軍事集団の存在の重要な前提と根拠は、仮想敵の設定であり、日本とNATOの協力深化も両者がこの目標を共有することを意味し、この目標に向けて日本も軍事作戦に参加する可能性が高いのである。 これは、日本国憲法の三本柱の一つである平和主義の精神に根本的に違反するだけでなく、日本を再び、軍事衝突を引き起こし、アジアの安全と安定を脅かす隠された危険と災難に導くことになる。
今年は日中平和友好条約締結45周年にあたるが、日本政府は建設的で安定した日中関係を築きたいと主張しながら、その一方で中国封じ込めを謀っているのである。日本は、ますます地域の安全保障と安定の攪乱者、破壊者になりつつある。(了)
房迪氏の論評は、従来の対日批判の繰り返しばかりではない。日本は東アジアにおいてアメリカの政治的軍事的影響力が弱まるのを見て、アメリカとの関係を維持しながらも、NATOとの関係を深めることでアジアにおける軍事的優位性を維持しようとしているという。なかなか正確な、鋭い分析だと感じる。
房迪氏は、ウクライナ戦争をめぐる中露の連携がこの事態を生んだことは(パワーバランスの視点から見れば当たり前だと)百も承知だろうが、あえてこれには言及しない。
一方、岸田政権は「抑止力を背景にした外交」を主張して空前の軍拡をすすめようとしている。従来の抑止力とは、いざとなったらアメリカが中国に壊滅的な打撃を与えることを中国に示し、中国がそれを理解し甚大な被害をさけようとすることによって成り立つものであった。このたびは対中国抑止力にNATOが加わることになる。
ところが岸田政権は「抑止力」拡大には熱心だが、それを背景にした「外交」をどう展開するのか、経済的には密接な関係にある中国との外交関係をどうするのか一向にしめさない。国会でもNATOとの軍事的な連携が議論されたとも聞かない。
一方、平和と友好の対中国外交を提唱する政党はあるが、具体的に何をどうするかについての提案にはなっていない。「九条の会」も、まだこの問題について触れてはいない。同時に、大軍拡の口実になっている中露の連携、中国の領土拡大などの振舞いについて、しかるべき批判がない。護憲側は、このままでは中国の大国主義を容認するものと見られて、国民の多数をひきつけることは難しい。
われわれは与えられた課題にしかるべき答えを出す時期だと思うがどうだろうか。
(2023・06・05)
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