日本のASEAN接近に焦る中国

ーー八ヶ岳山麓から(505)ーー

石破茂首相は1月9~12日、2025年初の外遊先として東南アジアのマレーシアとインドネシアを訪問した。石破政権の念頭にあるのは、なんといっても東南アジア諸国連合(ASEAN)における中国の存在だ。中国は、巨額の経済協力と投資をテコにASEAN諸国に分裂をもたらし、同時に南シナ海で武力を伴った強引な海洋進出を強めている。これに対して、東南アジアに政治的、経済的影響力をもっていた日米の存在は揺らいでいる。
東南アジアは、人口6億1500万人、地域全体としての経済成長は年5%に上るとされるが、石破氏の訪問国インドネシア・マレーシアは、ともにASEANの有力国である。インドネシアは大統領制、マレーシアは立憲君主国であるが、両国とも国政選挙が行われる国家である。共産党専制国家のベトナム・ラオス・カンボジア、王制のブルネイ、王制で国政選挙があるが事実上の軍支配のタイ、軍部独裁国家のミャンマーとは区別される。
なかでも、インドネシアは2億7550万人の人口大国のうえ、2022年名目GDP13,191億ドル、東南アジア全体の36.4%を占める経済大国である。マレーシアは人口こそ3、430万人だが、一人当たりGDP は1万1972ドルとインドネシアよりははるかに大きい。

中国環球時報(1月11日)は、石破首相の東南アジア訪問のさなか、「石破茂は何のためにマレーシアとインドネシアを訪問するか」という論評を掲載した。筆者は孫家坤氏、中国社会科学院日本研究所の準研究員という肩書である。
孫氏は、「日本の首相は就任後の初めての外国訪問は、G7諸国が優先されることが多かったが、『石破外交』はまず東南アジアを選択した。それは一部の日本メディアが言うように、本当に『トランプの影響に対処するため』なのだろうか?」と疑問を提起する。そして、孫氏自身の答えは次のようなものである。
まず、マレーシアとインドネシアは、日本の「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の防衛装備品供与の対象国であり、両国は安全保障と経済の分野で日本と緊密な協力関係にある。次いで、マレーシアは今年ASEANの議長国であり、インドネシアはBRICSの正式メンバーになったばかりである。この2カ国は東南アジアの主要経済国であり、地域の政治・安全保障問題で重要な役割を果たしているだけでなく、「グローバル・サウス」においても重要な役割を果たしている。
そして、日本にとっても、戦略的重要性と経済的価値の高い国である。石破茂の今回の訪問は、歴史的背景を考慮したものであるだけでなく、現在の国際情勢に対応する(すなわちトランプ再登場の)ための実際的な必要性に基づくものでもある。

孫氏は、石破氏の外交姿勢を評して、「現実主義と柔軟性、これは石破茂政権の外交政策の新たな特徴である」として、石破氏の「国際社会の不確実性の高まりを背景に、(日本は)東南アジアとの関係にこれまで以上に注意を払い、これらの関係の発展をさらに促進していきたい」という発言を取り上げている。
そして、「石破茂は今回、初の訪問先を東南アジアに設定し、現実的で柔軟な外交的配慮を示した」と評価し、なお「国際情勢が複雑化し変化する中で、日本はより多くの選択肢を求め、外交の余地を広げる努力をする必要がある」という。
さらに孫氏は石破外交が軍事的色彩を帯びることを警戒して、1977年に当時の福田赳夫首相がマニラで行った「わが東南アジア政策」と題する演説で、ASEAN諸国との率直な対話を提案し、ASEAN諸国との関係を強化し、日本が再び軍事大国になろうとすることはない」と述べたことを取り上げる。
だが、「近年、日本は東南アジアで『自由で開かれたインド太平洋戦略』を積極的に推進し、中国との海洋安全保障ゲームを利用して国家戦略の転換を図っている」また、「石破茂のASEAN訪問は、マレーシア、インドネシアとの海上安全保障協力の強化を再確認し、東南アジアにおける日本の戦略的プレゼンスを高めることを目的としている」という。

孫氏の懸念と見通しのとおり、氏の論評が掲載された1月11日、石破総理大臣は訪問先のインドネシアでプラボウォ大統領と首脳会談を行い、安全保障分野での協力の強化に向けて高速警備艇を供与することや外務・防衛の閣僚協議を年内に開催することで合意した。両首脳は、海洋進出を強める中国も念頭に法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を強化することが重要だという認識を共有し、安全保障分野の協力を強化していくことで一致した。
そのうえで、日本が同志国の軍隊に防衛装備品などを提供するOSA=「政府安全保障能力強化支援」を活用し高速警備艇を供与することや、2021年以来となる外務・防衛の閣僚協議、いわゆる2プラス2を年内に開催することで合意した(NHK1月11日)。
朝日新聞は、さらに「会談では、両国の防衛相が今月7日に海洋安保に関する防衛実務者間の協議の立ち上げで合意したことを歓迎。海上自衛隊護衛艦を基にした艦艇の共同開発も念頭に、防衛装備や技術協力、人材交流を進めていくことを確認した」といっている(1月12日)。

まさに孫氏のいう通り、「日本はASEAN諸国との関係を再検討し、中国との戦略的競争に参加するために、ASEANとの新たな協力分野と協力形態を模索している」のである。
孫氏は、日本が安倍晋三元首相が提起した「自由で開かれたインド太平洋戦略」を展開しようとしていると見ているが、ASEAN諸国は、中国との領土抗争のさなかにあるフィリピンにしても、中国の海洋進出を(警察力ではなく)軍事力で阻止するかのような防衛協力の誘いには乗ることはできまい。経済分野での利益を失うわけにはいかないからだ。
2009年、ASEAN最大の域外貿易相手国は、日本から中国に変わった。13年後の2022年には、中国がASEANの域外貿易に占めるシェアは、圧倒的な高さに達した。域外輸出に中国が占める割合は、インドネシア22.6%。マレーシアでも、この数年の貿易相手国は中国が首位、次いでアメリカ、日本である。
ある世論調査では、ASEAN諸国では「いざというとき頼る国」として(アメリカではなく)中国とする人が半数を越えたという。

最後に孫氏は言う。

「トランプ大統領の就任が間近に迫り、韓国の政局が混乱する中、日本は『トランプ焦慮』と国際情勢の不透明さに直面し、外交路線の調整を模索せざるを得なくなり、東南アジア訪問も当然、米国への過度の依存を軽減することを考える必要から生まれた」
「(だから)自由民主党幹事長の森山裕は、石破茂ができるだけ早い時期に中国を訪問できることを願っているとメディアに語ったのである」「今後、もしも中日関係が安定的かつ健全に発展していけば、日本にある程度は外交上の選択肢と活動の余地を与えることができる」
孫氏は日本のASEANと中国への接近を指摘しながら、あからさまに日本批判をしないが、これは習近平政権もまたトランプ・シフトのために対日関係の改善を望んでいることを示している。日中関係もまたトランプの攻勢に対するカードとなりうるからだ。

わたしは、石破内閣には自主独立外交を望みたい。自国首相が愛想笑いをしながらトランプ氏のホラにうなずく姿はもう見たくない。アメリカに忖度しながら中国と付き合う政府高官を見るのも嫌だ。
かつて中国での生活の中、幾度か中国人学生から「日本には外交部(外務省)があるか」とまじめな顔で聞かれたことがある。中国から見ると、まさに「日中関係は米中関係の従属変数」というのが実態だからである。(2025・01・14)

初出:「リベラル21」2025.01.18より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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