日本人は、7月の日本の参議院選挙と 11月の米国の大統領選挙のどちらに大なる影響を与えられるだろうか

著者: 岡本磐男 おかもといわお : 東洋大学名誉教授
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 今日の日本の市民・大衆は今年7月の参議院選挙を前にして、どのような心構えでいるのだろうか。現在は安倍政権が推進してきたアベノミクスの成果が幻想にすぎなかったことが明らかになりつつある。これによれば経済成長を唯一の目標としてきたが、実際にはこの半年余りはマイナス成長を記録してきたし、雇用は拡大したとはいえ、賃金が低い非正規雇用者が増大したにすぎず正規雇用者との間の格差は従来以上に拡大しつつある。さらにまたアベノミクスではデフレ(=物価下落)脱却を重視してきたが。世界的な原油価格の下落という要因がつけ加わることにより、デフレは依然として持続している。
 

 昨年秋に安保法制を強引な手法で国会を通過させた安倍政権は、その後は経済第一の姿勢で臨むと主張し、一億総活躍社会の成立などという理念を掲げ、従来は大企業の利益増大にしか結実しなかったアベノミクスを、中小企業や地方経済にまで浸透させるとして強気の姿勢をとっているのは、いうまでもなく今年7月の参議院選挙での勝利をもくろんでいるためである。これに対抗して民主党をはじめとする野党勢力は再編することによって立ち向かおうとしているが、劣勢であるとの感は否めない。

 今日の日本社会で貧困層が広がりつつあるというとき種々の側面から観察すべきであろうが、とくに次のような点を指摘したい。例えば母子家庭の貧困である。母親が非正規雇用者であるため子供を養育するだけの収入がえられないといったケースが多いと聞く。また今日では小中校の義務教育を受ける子供の6分の1の家庭は極貧状態にあるといわれている。さらに高齢化した年金受給者の中でも一か月に10万円に充たない程の低い年金額のため生活に困窮する人がかなりいると指摘されている。種々の側面から考察されるべきであるとはいえ、私はとくに最近の目立っている傾向として、小中高の教育や大学・大学院の学問、研究に携さわる教育者、学生および研究者における不遇な人達にも着目したい。それらの不遇な人達というのは、教育・研究者の採用における任期制の採用によって任期切れの半失業状態にある人達や、高等教育を奨学金の借入れによって受けることを企図したために、返済に苦しんでいる人達を含んでいる。このような人達が今日の日本社会で多数輩出されたのは、全く20年程前からの日本の普通教育・高等教育に関与する文部科学省の官僚達にも責任があると考えるが、その点はここでは立ち入らない。
 
 さて、昨今の日本のテレビ・新聞等のメディアは、来るべき7月の日本の参議院選よりも11月の米大統領選についての報道にもっぱら日本人の関心を惹きつけようとしている。これはなぜであろうか。これは7月の日本の参議院選より11月の米大統領選の方が日本人に対する影響が強いと考えているためであろうか。もしそうであるとするなら、私もその意見に賛同する。

 それというのは、今日のようなグローバルな政治、経済システムにおいては、最重要国米国の最大権力者たる大統領が誰になるかは、世界の政治経済システムに最大の影響力を与えるからである。日本の経済情況も世界経済の情況によってつねに左右され支配されるようになっているのが現状である。日本の経済情況は、日本の政府の経済政策や金融政策によって左右されることは、副次的・短期的にはありえても、決して基軸的・長期的にはありえないであろう。世界経済の動向こそ日本経済の動向を左右するのであり、世界経済の動向は、米国政府および中央銀行によって強く影響されているのではあるまいか。それ故にこそ米国の大統領選は重大なのである。

 本年3月1日の『朝日新聞』朝刊では、「米大統領選 問われるもの」とのテーマでの論議を掲載しているが、この中で一論者は「『格差』、そして『転落への恐怖』。この二つが、今回の大統領選を読み解くキーワードだと思います。」と指摘している点は興味深い。今日では共和党の候補者で優勢なのはトランプ氏であり他の2人の候補者を抑えているのに対して民主党ではヒラリー・クリントン氏とサンダース上院議員との対決になっているようである。ここにおいてクリントン氏が既成政治勢力としてのエスタブリッシュメントを代表しているのに対して、民主社会主義者を名乗るサンダース氏が格差是正の一環として公立大学の学費無償化等を唱えて登上したことは、きわめて意義深いと思う。彼は米国では1%の人達が巨額な富をえているのに対し大部分の人達が貧困でいるのはおかしいと述べ政治革命を求めている。この言説に対し多くの若者達が賛同し。熱狂的な指示を与えている。テレビでこの様相をみて私は米国も変化しつつあることを実感した。これは驚くべき現象なのである。それというのは従来の米国市民一般の価値観とは180度逆転したものだからである。その一般の価値観の代表は「富裕者が富裕なのは、それなりに努力してその地位を得たからに外ならない。貧困者が貧困なのはそうした努力を怠っているためだ」というのである。だが今日の世界では、貧困者が富裕になろうとして努力しても簡単にはなれない、というケースも多いのではなかろうか。

 さて今日の日本人、とりわけ高校生、大学生、大学院生等の若い人達はどうみているだろうか。過日のテレビ番組では米国で歴史学を専攻する大学院生が500万円の奨学金ローンをかかえていて、今後の返済が大変だというぐちをこぼしている画面がでてきたが、これは日本でもある程度共通する問題とみられた。日本でも20~30年程前から米国留学から帰国した学者や官僚が増えたせいもあろうが、教育・学問をめぐる環境が米国のそれに類似するようになり、奨学金のローンを借りつつ学問研究に従事する学生が増えているのである。もとより学問研究、科学技術の研究等は一国の経済・社会の発展にとってきわめて重要であることはいうまでもない、それ故に日本政府は、EU諸国等を参考にして、教育・学問の発展により多くの多額の資金援助を行うべきであった。その点では、これまでの日本政府は全く理解がなかったという外はない。それ故日本では高度な人材が容易に育成されず、これに伴って日本の一人当りGDPの発展はのぞめなくなり、世界で20位以下に落ちてしまった。さらにつけ加えたいことは、日本では国会議員や内閣の閣僚で博士学位を取得している人などは限りなく少ないのではないか。こんな状況では学問・研究分野に理解がえられるはずはないであろう。

 少し話が横道にそれてしまったが、本来の道筋に戻りたい。日本の若者達はこの度の米大統領選をみてどう感じたか。私は米国の民主主義はすごいと思ったと考える。サンダースは民主社会主義という言葉を使ったが、これはソ連型の社会主義が国家を絶対視した国家社会主義であったがそれとは違うんだという意味で使用した言葉であろうと思う。日本の新聞、テレビ等のメディアでは、ソ連崩壊後は、市場経済あるいは資本主義のみが唯一の普遍的な経済システムであって、社会主義が復活するなど考えもしないためにこの言葉を使用しなくなった。だがそれでは米国や日本あるいはEU諸国の資本主義のシステムが現在ゆき詰まりつつあるとみていないのか。永遠にこのようなシステムが持続しうるとみているのか、あるいは、そうでなければこれに代りうるような経済システムをいかに構想しているのか。私はメディアに携わっている人達は、-例外はあるかもしれぬが- 不勉強で無責任であると思う。

 私は11月の米大統領選が日本人とくに若者達に与える影響は小さくないと思う。7月参議院選では18歳、19歳の若者が選挙権をえられるようになったが、彼等がどのような投票行動を示すのか、それを見守るのが楽しみでさえある。さらにつけ加えるなら、3年前には市民、大衆が、財界が喜こぶように自民・公明の与党を圧勝させたのであるが、それ程に旧来からの保守的システムにしがみつこうとするのは何故であるのか。既成の勢力に政治を任せた方が経済的に成功し自らの生活が豊かになるとでも思っているのだろうか。憲法を改正した方が本当に日本は安全だと思っているのだろうか。そのようなことは単なる幻想にしかすぎないことに大衆は早く気づくべきだ。
 最後にいいたいことは、3月初旬の段階で既に米大統領選は、共和党候補はトランプ氏が、民主党候補はクリントン氏が優勢で、サンダース氏は劣勢に立たされているようだが、このことは私の文章に些かも修正を迫るものではないことである。私としては米国の現状打破のため、政治改革を迫るような候補者が出現したことに十分な意義があるとみている。現在のような情報社会においては、将来にわたって現在映像化されたものが、人々の脳裏から消え去ることはないからである。別言すれば変革を求めるような大統領候補者が将来必ずや出現するだろうということである。そうとすれば、世界は米国の変革から変わってゆくであろう。

 目下のところ、米大統領の有力候補者はトランプ氏とクリントン氏の2人に絞られてきているようである。この2人の何れかが大統領に選出されるとした場合、日本の国民はかなりの逆風を受けるかもしれない。なぜならこの2人の候補者は日本に対してはかなり高圧的姿勢で臨もうとしているからである。トランプ氏は日本の防衛費が低いと不満をもらしその増額を要求するとしているし、クリントン氏は日銀の超金融緩和の政策や円安誘導を非難しているからである。また2人ともTPPに対しては反対である。こうした米国大統領が現われたら、日本政府はいかに対応していくだろうか。日本の国民も政治経済上のいっそう厳しい環境におかれるようになることが予想されるのである。

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