わたしたちは、ときに、言語の沈黙と肉体の沈黙とはどちらが重いのだろうと考えることがある。これは心と言語の距離と心と肉体の距離のどちらが長いかという設問に言い換えることもできる。肉体の沈黙の方が比重や密度が大きいとしている柄谷行人などは、当然、心と肉体の距離の方が大きいと答えるにちがいない。しかし、この距離感の認識をそれ自体としては測定することはできないから、わたしたちは、これを概念の距離感にゆだねて読みとらなければならない。たとえば、柄谷は、「疑い」の場所を「私」でもなく、「私の内省」でもなく、「経験的事実」でもない三者の間隙にみいだし、この「超越論的」な主体の位置を「思考作用の超越論的主観すなわち統覚X」と呼んだ。
≪超越論的批判は、それによって見いだされる諸能力=働きとは別であり、そのどこにも位置していない。それなら、批判はどこから来るのか。それはいわば、カントが立っていた「場所」、すなわち、経験論と合理論の「間」から来るのである。経験論と合理論は、彼にとって二つの学説ではない。彼が出会ったのは、世界内にあることと世界を構成する主体であること、つまり、フッサールが出会ったパラドックスである。しかし、それはカントを「強い視差」を通して直撃した。カントの「批判」はそこに始まる。彼にとって、「批判」は「批判しつつ在る」こと、そのような外部的実存と切り離すことはできない。≫『トランスクリティーク』 柄谷行人著
この経験論と合理論の「間」の瞬間というのが、柄谷のトランスクリティークのキイワードである。この「外部的実存」は、「内省」との「視差」にたちどまる。その一瞬の立ち止まりから覗かれるのは、何ものにもとらわれることのないアプリオリな「物自体」または「他者」である。この視線は「内省」のように、「疑う」私と「疑われる」私の段差を含んでいない点で、いわば空間的な無な場所のありかを指し示している。「疑い」の場所をさがそうとしている柄谷には、「疑い」は、必ず、疑っている「私」を疑うことができないアポリアにおちいることがわかっていた。だから、デカルトは「われ思う、ゆえにわれ在り」と言わざるをえなくなったとされる。デカルトは、すべてを疑おうとしたにもかかわらず、そう考えている「私」は疑いうるもの以外でなければならないことに戸惑った。このデカルトの独白に対して、柄谷が指摘したのは、「疑う」ことと「思う」ことの区別がないから、「私」と「疑う」ことの自明性が崩れてしまうことだった。なぜなら、デカルトに疑いを強いているのは、彼が住んでいる環境であり、共同体における「他者性」にほかならないことを認めているからだ。
ここでデカルトは、「疑う」ことが真であるかぎり、「私」は「疑う」ことと直接的に対面しなければならなかった。それに対して、柄谷は、「疑い」の初源まで遡れば、「私」は「私」から剥離するはずだと考えていることになる。デカルトの曖昧さに対して、柄谷は、いうなれば、デカルトが退けられないモノとして想定した「主観」に「上書き」されるような「主観」、つまり、統覚Xを対置したのである。この主観は表象されえないものであり、カントには形而上学的核心を携えた武器とされたのである。そこで、わたしたちは、「私」からの「私」の剥離ということについて、概念の水準や形態として二つの側面から取り上げようとすれば、どのようになるかが試される。
まず、概念の幅や距離感について考える場合には、対象物は概念によって取り込まれ、いかようにも拡がりをみせることを肯定しなければならない。マルクスは『聖家族』の中で、リンゴやナシから「くだもの」という一般的表象が作られた時点で、実際の目の前の感覚の特殊な対象であるリンゴやナシは現象の影に隠れ、「くだもの一般」こそ、さまざまなくだものの本質とみられるようになると述べた。だが、「くだもの一般」という表象で一般性を印象づけているマルクスは、表象や概念にとって一般性の階段の上限はどこにも見当たらないことを付け加えるべきであった。もともと、「リンゴ」という概念にしても、私の目の前のあるリンゴに対する認識とは異なっており、概念としてみられた場合、その分量だけこのリンゴの特殊性は無視されている。もちろん、認識にとって感覚的な属性を保有していながら、それとはちがう共通性としての「リンゴ」が並んで認識の対象になっているにはちがいない。「リンゴ」の概念の個別性は、このリンゴの存在のあり方によって、なお規定されている。
しかし、いったん、リンゴが「くだもの一般」にすり替わるやいなや、それ自体、一層、包括的な「作物」や「食物」というようなより普遍的な概念を付与される。その結果、「くだもの一般」さえ、特殊な概念として遠景に退けられるようになる。このようにして概念は、たえず、認識の中で遠方に向けて飛躍しながら、より広い視界に位置づけられるようになる。それに応じて、それらの概念は、次第に、人間の五感ではとらえられないようになっていく。もし、この認識の過程を「このもの(リンゴ)」→「もの」→「モノ」や「コノひと」→「ひと」→「他者」とそのまま上昇していけば、やがて認識は具体物からもっともへだたった「モノ自体」、「他者一般」にたどり着くのは容易に予想できる。しかし、このような認識や概念の抽象化の過程自体は、思弁的でも観念的でもない。いわば、人間にとって不可避な道のりにすぎない。マルクスが思弁哲学とみなしたのは、今度は、「モノ自体」や「他者」などの概念が、実際に現実のものとして動き回らなければならないとして、意匠をこらし息吹を吹き込み、具体物の誕生であるかのような作為がなされたときである。
ひとは具体物からさまざまな概念を産みだすうちに、「モノ自体」や「他者一般」があたかも実在しているかのように勘違いして、その像をさがしもとめる。対象物から認識への往路のうちには、概念の確かさが保障されていたのだが、復路をまたぐとき、対象物は「もの」のすべてであったり、「ひと」のすべてであったりして、どこをみわたしても存在しない「モノ」や「ヒト」に対面することになる。このため、「モノ自体」や「ヒト一般」は一人歩きをはじめる。そこから、現実には存在しないにもかかわらず、概念としては「モノ自体」は別のものであるから、必ず、存在するにちがいないと思い込むようになる。そうして、目を凝らし耳を澄まし、感覚の隅々をそばだてて、それらの事物との奇跡的な邂逅を期待するような気持ちにおちいる。これらの認識は人間の被造物でしかないものに魅惑されて手足をあたえるかわりに、自らの方がよろめき、そのうち呪縛され、進んで困難をひきうけて、神学の世界や形而上学に道を開いた。認識や概念の空間の拡延化は、その危険水域をこえて、わたしたちの世界を逆さまに映すことになった。
サルトルなどもハイデッガーの死の概念に触発されて、マルクスと同じように哲学者の概念の普遍性が陥る詭弁を批判している。それはわたしたちには、「死」の恐怖をもって人を恫喝する方法への批判に映る。
≪要するに、私の死にのみ特有であるような人格構成的能力は、そもそも存在しない。むしろ、まったく反対に、死は、私がすでに私を主観性のペルスペクチヴのなかに置いている場合にしか、私の死とならない。私の死をして、代理のできない主観的なものたらしめるのは、反省以前的なコギトによって規定される私の主観性であって、決して死が、私の対自に、代理のできない自己性を与えるわけではない。この場合、死は、まさにそれが死であるがゆえに、私の死として特徴づけられることはできないであろう。したがって、死の本質的構造は、死をして、われわれが期待しうるような、人格化され資格づけられたかかる出来事たらしめるに、十分でない。≫『存在と無Ⅲ』J=P・サルトル著 松浪信三郎訳
これはハイデッガーの現存在が、日常的な非本来的なものから本来的なものに移行する際のプロセスにおける死の個別化に関わっている。サルトルは、ハイデッガーのやっている手品の種明かしをしながら、死の個別性と一般性の矛盾を突いた。サルトルによると、ハイデッガーは死の一般性から出発して、だれも身代わりのできない一人の人格の死について語る。そのあとで、現存在の個別性をもちだす。つまり、死の個別性の後で、自己の死の可能性に向かう現存在の投企がされているというのである。
サルトルからすれば、このような死の個別化から現存在の個別化が引き出されるのは、逆転した物謂いになる。なぜなら、サルトルは死の攪拌によって、恐怖やら漠然たる不安のような気分に支配されるのを嫌っており、死の一般性概念や死の個別性が、現存在よりも前に設定されることを認めないからだ。つまり、死の概念が個別性であったり一般性であったりするのは、まず先に、現存在の投企があったはずだから、この場合、死は当然、わたしの死以外は根拠をもたないとしているのである。死は自己の主観の中の映像にしか存在しない。ありていにいえば、死が恐怖であったり不安につながったりするのは、それが死だからではなく、自己がそう考えているにすぎないからであって、あたかも死が実在するかのように強迫するのは自己欺瞞であると論難した。
このように、先に「私の主観性」が生じるということに関しては、わたしには、サルトルの言っていることに分があるようにおもえる。むろん、ハイデッガーのように日常性と本来性を類別化し、日常的な存在から本来的な実存への通路そのものに立ちふさがった困難を、死が媒介にすえられることで、心の段差をのりこえると称する併存がなされることに、当然のように疑義が生じるからだ。しかし、サルトルの「実存」という概念の提出のされ方においても、人類が原始から築き上げられてきた意識の発生史や個体史の意義が置き去りにされているようにおもえる。いうなれば、あまりに死は乾いていて慣れ親しんだ概念への触覚のようなものが欠如しているのだ。これを証明するためには、死の意識についての切実さを秤にかけながら、他者の死を前にひとがどう考えるのかを具体的に想定すればよいようにおもえる。たとえば、ある人には自分の死期が予期できても、他人のそれにはそれほど切実でない場合、もうひとつは、ひとりの人間においても、ある時は切実であっても普段は切実でないことがある。このアンバランスをどう理解すればいいのかということに答える必要がある。つまり、どうしようもなく、死は親族、隣人、友人の死によって触発されることをどう考えればいいのか。そのとき、他者の死はサルトルのように全くの匿名性とみなすこともできるし、ハイデッガーのように心が激震に遭遇する体験に比することもできる。これには心の二重性ということが深く関わっていることが想像できる。
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