朝鮮半島から東アジアの緊張緩和・非核化へ

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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2018.6.15 かと  世界史は、動き始めました。6月12日シンガポールでの米国トランプ大統領と北朝鮮金正恩労働党委員長の米朝トップ会談は、「新たな米朝関係の確立と、朝鮮半島における持続的で強固な平和体制の構築に関連する諸問題について、包括的で詳細、かつ誠実な意見交換をした。トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した」という共同声明を、世界に発しました。「新たな米朝関係の確立が、朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を促進できることを認識し、トランプ大統領と金委員長は次のことを言明する。1 米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を確立すると約束する。2 米国と北朝鮮は、朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築くため共に努力する。 3 2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する。 4 米国と北朝鮮は(朝鮮戦争の米国人)捕虜や行方不明兵士の遺骨の収集を約束する。これには身元特定済みの遺骨の即時返還も含まれる」と続きます。

かと  この米朝共同声明の内容を、北朝鮮の非核化の内容が具体的でない、朝鮮戦争終結の明確な宣言が入っていない、アメリカは譲歩しすぎた、日本にとって死活の拉致問題が入っていない、等々と不十分性をあげつらうことは容易です。事実、日本のメディア報道の主流は、懐疑的です。なにしろトランプ大統領の中間選挙対策ときまぐれ、金王朝の独裁者の半年あまりでの変身と取引dealの産物ですから、アメリカの主流メディアも辛口です。シンガポール会談の直前、カナダでのG7サミット会合で、トランプは「アメリカン・ファースト」を貫き、米国の保護貿易・高関税を強弁し、EU首脳ばかりでなくホスト国カナダとも対立しました。パリ協定やプラスチックごみによる海洋汚染協議に反対し、途中で退席して、共同声明への署名も拒否しました。かつての「西側同盟」が機能せず、覇権没落期アメリカの特異な大統領の思惑と、中国・韓国との関係を修復した北朝鮮独裁者の決断が、世界史的に見ると、大きな転換の端緒を切り開いたかたちです。思えば20世紀の冷戦においても、ベトナム戦争中の「反共の闘士」ニクソンが米中関係を転換し、ハリウッド上がりと嘲笑されたレーガン大統領が東西冷戦終結を演出しました。この声明でも引かれた南北朝鮮「板門店宣言」と、翌日の韓国文大統領の統一地方選挙圧勝を受けて、朝鮮半島の「軍事的緊張緩和」「平和」から「非核化」への流れは、確実に進むでしょう。

かと 「北朝鮮の非核化」ではなく、「朝鮮半島の非核化」です。トランプ大統領は「米韓軍事演習中止」にまで踏み込んで、軍事・安全保障の担当者たちを、あわてさせました。しかし、緊張緩和から朝鮮戦争終結に米中露の後ろ盾ができれば、朝鮮半島からの国連軍=米軍撤退は、論理的帰結です。その後方司令部が横田基地にある日本の選択が、次の問題になります。朝鮮戦争中に作られた日本の安全保障の枠組、日米安保条約、沖縄など米軍基地、自衛隊の存在意義が、すべて問われることになります。もっともトランプ流「取引」の産物ですから、その前に、北朝鮮の段階的「完全非核化」の費用、韓日両国の自国の安全保障費用・米国製武器購入に、膨大な請求書がまわってくることも不可避ですが。G7で、日本の安倍首相は、トランプと他国首脳の対立を仲介したと、NHKなどで宣伝されましたが、上の写真を見れば、どうみてもアメリカ側で、ネオコン好戦派・ボルトン補佐官に寄り添っている姿を、世界に晒しています。事実、G7の 海洋プラスチック汚染削減文書には、米国と日本だけが署名しませんでした。米朝シンガポール会談実現には全く出番がなく、ただ「拉致問題」をトランプの口から語らせることの念押しに、全精力を傾けました。核兵器禁止条約に反対し、年頭から転換が始まっても各国に北朝鮮への「圧力」と「国交断絶」を説いて回ったツケが、ようやく見えてきた拉致問題での日朝会談の入り口での困難にも、刻印されたかたちです。日本外交の大きな道筋、21世紀世界への参入の仕方が、問われています。

かと  もっとも、懲りないファシスト安倍晋三ですから、去年はミサイル危機を煽ったその口で、今度はトランプから引き継いだ拉致問題解決は自分しかできないと強弁し、私物化した政権の存続をはかるでしょう。21世紀の「非核化」とは、本来米軍基地も原発もない世界への第一歩なはずですが、東電の福島第2原発廃炉の代わりに新潟柏崎原発を再稼働させ、東芝を破綻させた原発輸出に懲りずに日立のイギリス原発税金を投入する魂胆でしょう。国会ではカジノと過労死推進法案を強行し、「骨太の方針」では、財政再建を5年も先送りし、相変わらず消費者を忘れた「成長」の皮算用。忘れてはなりません。トランプ張りに日朝会談を実現し、拉致問題に取り組むためには、かつての日韓交渉と同様に、日本側の歴史認識の表明が、必要になります。安倍首相にはほとんで期待できませんが、私たちの20世紀の歴史認識、朝鮮半島の植民地化と侵略戦争の反省が、不可欠です。私の「飽食した悪魔」の戦後』『731部隊と戦後世界』(共に花伝社)、それに最新論文「大学のグローバル化と日本の社会科学」も、その一助になれば幸いです。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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