歴史を作る大谷翔平 

落ち着きを取り戻した大坂なおみ

 100年以上の歴史を誇るアメリカ大リーグで、大谷翔平がベーブ・ルースを超える歴史を作っている。徹底した分業が確立している現代の大リーグで、大谷は二刀流を貫き、ここまで8勝40本という驚異的な記録を達成しているだけでなく、100奪三振、100安打、87打点、18盗塁の信じられない記録を達成している。走攻守3拍子揃った、獅子奮迅の活躍を見せている。
 日本ではスラッガーだった筒香が苦しんでいるのを見れば、大谷が達成していることの凄さが分かる。大谷の強い打球を警戒して、野手が深く守っているとは言え、ふつうの1塁ゴロや2塁ゴロが内野安打になるほど、大谷は足が速い。大リーグでは1本のホームランを打つのも、1勝を挙げることも、1個の盗塁を達成することも難しい。40本の本塁打を打っているスラッガーが、少なくとも日本人投手のなかで最高の成績(勝ち星も防御率も)を上げている。信じられないことが進行している。8月19日の大リーグのHP(mlb.com)は、8月18日の大谷の活躍をThe greatest Sho on earthと伝えている。Shoはもちろん、Shoheiとshowの掛詞である。
 このまま怪我で今シーズンを終えても、リーグMVPが獲得できるほどの素晴らしい成績である。もしも今シーズン、10勝(あと2勝)、50本(あと10本)、100奪三振(すでに達成)、100打点(あと13点)、100安打(すでに達成)、20盗塁(あと2個)を達成すれば、以後100年はこの記録が破られることはないだろう。大谷はそれほど凄いことをやっている。ベース・ルースを超えて、大谷翔平が21世紀大リーグのレジェンドになる日は近い。
 嬉しいのは、大リーグの多くの選手が大谷の活躍に羨望と驚異の目を向け、大谷選手をリスペクトしていることである。アウェイの球場でも、大谷の人気は凄い。大リーグファンが皆、大リーグの新しいヒーローとして、大谷の活躍を楽しみにしている。きわめて希有な光景である。アメリカの軍事外交政策には賛同できなくても、敵味方を問わず、能力のある者を素直にリスペクトする点は、アメリカ社会の良いところだ。もちろん、嫉妬する者もいるだろうが、大リーグもファンも新しいヒーローとして大谷選手の活躍を見守っている。
 
 野球のような集団スポーツと違い、個人競技のテニスは格闘技に近い感覚がある。時には激しい感情の戦いがある。昨年9月の全仏オープンの女子シングルス2回戦で、ベルテンス(オランダ)とエラニ(イタリア)が激闘を繰り広げ、ベルテンスが辛うじて勝利したが、複数箇所の痙攣に苦しみ、車椅子で退場した。対戦相手のエラニは、ベルテンスが仮病を使って、神経戦を行っていると激しく抗議し、ベルテンスが車椅子で運ばれても、「演技している」と怒りを隠さなかった。しかし、ベルテンスは以後の試合を棄権し、今年に入ってから、今シーズンで引退することを表明した。何とも後味の悪い試合だった。
 同じようなことが、今年のウィンブルドン女子シングルス(3回戦)でも起きた。オスタペンコ(ラトヴィア)とトムヤノヴィッチ(オーストラリア)の試合はもつれたが、その最終セット、トムヤノヴィッチが4-0とリードしたところでオスタペンコがMTO(medical time-out・治療時間)を取った。時には、ゲームの流れを変えるために、選手がMTOを利用することがある。もちろん、それはルール違反だが、本当に怪我しているかどうかは本人にしか分からない。トムヤノヴィッチは、「(相手は)これまで怪我のそぶりを見せていなかったのに、この段階でMTOを要求するのは、ゲームの流れを変えようとする仮病だ」と激しく主審に詰め寄った。トムヤノヴィッチがこの試合を押し切ったが、ゲーム終了後の両選手の握手もなく、これも後味の悪い試合になった。
 
 8月18日、全米オープンの前哨戦、WTA1000Cincinati大会に大坂なおみが登場した。8月16日のリモート記者会見で、「(自分が主張するときには)メディアを利用しているのに、メディアとのコミュニケーションを拒否している」という意地悪な質問に涙し、いったん会見が中断した。その影響が心配されたが、2回戦から出場した大坂は落ち着いた試合運びで、難敵ガウフを退けた。
 この試合前半の流れは悪い予感を抱かせるものだった。大坂のサーヴィスは良かったが、ストロークの調子が悪く、もどかしいゲームが続いた。ここに来て調子を取り戻しているガウフはファーストサーヴが入らなくても、コントロールが効いた良いセカンドサーヴィスを打ち、大坂のブレイクを許さなかった。こういう流れだと、先にサーヴィスゲームを落とした方が負ける。案の定、第1セットは大坂が先にブレイクされ、そのままセットを失った。
 天才少女ガウフとの対戦はこれが3度目。最初の対戦は2019年の全米オープン。この時は大坂が6-3、6-0と完膚なきまでにガウフを打ち負かし、試合後にガウフが涙を流した。大坂はガウフに駆けより、一緒にコートインタヴューを受けようと誘い、両選手に拍手が送られた。2度目は2020年全豪オープン。ここでは逆に6-3、6-4でガウフが雪辱した。この試合、ガウフのサーヴィスが絶好調で、190km/hのスピードあるサーヴィスを次々と決め、大坂を押し切った。大坂の状態が悪かったわけではないが、ガウフは最高の状態にあった。これだけサーヴィスが決まると、大坂も100%近い状態でなければ勝てない。ゲームオーヴァーの後、大坂は憮然としてコートを去って行った。まだ相手を褒めるだけの精神的な余裕がなかった。
 さて、昨日の試合に戻るが、第2セットも早々とガウフが先に大阪のサーヴィスゲームをブレイクして、優位にたった。ここでずるずると負けてしまうと、今年の悪い流れが断ち切れない。ところが、ブレイクされてから大坂のストロークが決まりだし、他方でガウフのサーヴィスが不安定になった。この隙を突いて、第3セットは大坂が取り切った。こういうゲーム展開は、良い時の大坂の流れである。負けそうになってから、相手を圧倒して勝ちきるというパターンである。
 ガウフは大坂とほぼ同じスピードのファーストサーヴィスを打つ。しかし、サーヴィスの確率が低く、ダブルフォールトに悩まされてきた。この試合でも9本のダブルフォールトを記録している。大坂のそれは3本である。強いサーヴを持つ選手の宿命だが、最近のガウフはファーストサーヴィスの速度を落としてコントロールを重視する術を体得しつつある。また、セカンドサーヴィスを簡単に叩けないような工夫もしている。にもかかわらず、ゲームが競ってくると、ついつい力んでしまう。最終第3セットで3本のダブルフォールトを犯し、肝心なところでサーヴィスブレイクを許してしまった。大坂のサーヴィスが良くなったので、負けじと力を入れた結果である。最終セットは6-4と競ったように見えるが、ポイントは大坂31ポイントにたいし、ガウフは22ポイントで、大坂が圧倒した。とくに、第3セットのサーヴィスエースは大坂5本(ダブルフォールトゼロ)にたいし、ガウフは3本のサーヴィスエースにたいし、ダブルフォールトも3本だった。
 試合後、互いにハグし、ガウフが最初に語りかけ、続いて大坂が笑顔で応えていた。大坂は何か吹っ切れたような表情だった。相手と互いにリスペクトし合える状態に戻っただけでも、収穫のある試合だった。
 この試合で大坂は1試合の勝利以上のものを手にした。因縁のある対決で難敵を下すことができただけでなく、リードされた劣勢から体勢を建て直し、逆に相手を押し切るという、大坂らしい試合運びができた。大坂に今一番必要なのは、こういう試合をこなすことだ。大会で優勝を目指す必要はないが、試合不足が続く中で、より多くの試合をこなして全米への準備を整えたい。もちろん、優勝できて、大会賞金をハイチ支援に贈ることができれば言うことはないが。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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