渥美文夫著『大ロシアへの開発独裁に変質』(武久出版)を読んだ (下)

 (上)(中)は (1)トロツキーは…党内闘争で早々に敗退
      (2)一国社会主義と闘争したのはジノヴィエフ派…
      (3)ブハーリン派が官僚制国家資本主義に抵抗…
      ・「亀の歩み」と「馬車馬の疾走」ではなく問題は…    まで その続き

・社会主義的な原始蓄積と工業化 どうしたら実現できたか ブハーリンを批判的に総括
 ロシア革命は、中国革命とベトナム革命を含めて20世紀の革命は総じて、これに直面した。しかし、全て失敗し、官僚制国家資本主義で工業化した。どうしたら実現できたのか。一国社会主義否定のトロツキーやジュノヴィエフは論外。ブハーリンの批判的総括になる。渥美さんもブハーリンの理論を多々紹介している。例えば…
 「ブハーリンによると、レーニンは、工業の発展、工業化資金の蓄積は協同組合に組織さ  れた農民とのネップによる市場的な協調的な関係を通して推進されねばならない。レーニンは晩年、ネップを長期的な政策としてとらえなおしていた、という。…ネップ堅持をレーニンの政策の延長と位置付けてスターリンに対抗しようとしたのであった。」(p270)
「…農業を基礎に産業全体の均衡的な発展を求める経済成長理論であった。(p273)
 ブハーリンは、富農の台頭を軽視or無視したが、決定的には、主動力である国有化された工業を支配する官僚制国家資本主義、それに対する批判と闘争がない。結局は社会主義革命がない。しかし、それは、トロツキーもジュノヴィエフも、ソ連全体にない。
 官僚制国家資本主義に対する社会主義革命は、1966年発動の中国の文化大革命が世界史上初であった。しかし、破綻した。①官僚の管理を労働者の自主管理に変え、官僚制国家をコンミューン・ソヴィエト型国家に変える。それは官僚に対する統制から始まる労働者階級の持久的な階級闘争になる。これができなかった。現在はそう総括できる。①から、②農業集団化と③原始蓄積が決まる。そこでブハーリンの理論が参考になる。
 ブハーリンは「最晩年のレーニンは協同組合を通しての社会主義への成長転化を遺言した」(p145)と理解した。①の持久戦から、②も、協同組合を経て集団化する持久戦になる。③も、農民が工業労働者に移行するテンポに合わせる。移行は、ソ連では「毎年150~200万人…26年から39年にかけて2400万人」(p324)と言われる。それは強制だが、説得と納得でも相当数になる。そこから農業の蓄積を工業へ回す原始蓄積も相当になる。
 ロシア革命や中国革命における民主主義から社会主義への革命の段階的移行は、①②③のような持久戦であるべきだった、と総括できる。21世紀の現在は多くの国々が直接的な社会主義革命であり、持久的な「陣地戦」に直面する。この総括はその「陣地戦」に役立つ。
・一党独裁は官僚ブルジョア階級の独裁 これはレーニン主義に責任がある
 「ネップ開始にあたってレーニンが推進した、他政党禁圧、ボルシェヴィキ単一の政治支配は、単一支配党ボルシェヴィキ内の党内闘争を経て…スターリン書記局の単一支配に到着した。(p267)
 レーニンは、スターリンを官僚主義や大ロシア民族主義で批判したが、スターリン支配のテコとなった一党独裁と党内分派禁止は撤回していない。ここは責任がある。
 官僚制国家資本主義は、党内闘争でスターリン派が最終的に勝利した後の1934年第17回党大会(「勝利者の大会」と言われた)で、共産党の路線として確立した。
 社会体制として確立したのは、1936~38年の大粛清の後である。大粛清は、「ボルシェヴィキ的残滓を…断ち切りあらたな幹部候補層をもって党=国家機構を充填」(pp545)した。39年第18回党大会まで、凄まじい逮捕と処刑で共産党の党員や大会代議員や中央委員などを交替した(p568)。こうして国家が官僚ブルジョア階級の独裁へ転化した。

(4)「ソ連論」の重要問題はその他にも 第二次世界大戦や民族問題など
 「ソ連邦に組み入れられた諸民族は大国ロシア建設のために収奪される。ソ連国家は支配民族ロシアを統治するロシア中心党の権力であって、民族対等の連邦国家などではない。ソ連周辺の東欧諸民族にとって、ヒトラーと組んで侵略するソ連は、帝国主義国家ではあっても、断じて無条件擁護すべき労働者の国家ではない。…ヒトラーの侵略に抗するソ連邦労働者人民に呼応するとは、たたかうソ連人民と協働して一切の侵略と抑圧に反対すること、これであって、「労働者国家」を「無条件擁護」するためではない。」(p616)
 ソ連は、官僚制国家資本主義化した結果、第二次大戦前にすでに帝国主義であった(旧ロシアの封建的帝国主義に対して資本主義的帝国主義)。ナチス・ドイツと組んで、ポーランドを分割しバルト三国を併合しフィンランドを侵略した。
 大戦後も、米英帝国主義と組んでヨーロッパを分割し、東ヨーロッパを従属させ支配した。冷戦ではアメリカと世界覇権を争奪した。1991年の崩壊まで、帝国主義であった。
・ではソ連の対独戦争も帝国主義戦争? ソ連人民は「自国政府の打倒」「戦争を内乱へ」?
 そうではない。渥美さんはこれがあいまい。対独戦争は、「大祖国戦争」と言われる。フランスの「レジスタンス」と同じく、反侵略・祖国防衛である。連合国側で、ソ連やフランスなどは、帝国主義戦争でドイツに敗北し占領され、一時的に祖国防衛が成立した。
 ただし、フランス共産党は、ブルジョア階級(ドゴール)と連合しても、植民地支配(ベトナムやアルジェリアなど)に反対し、「レジスタンス」(国家独立・民族解放)の勝利後は社会主義革命へ進むべきであった。しかし、できなかった。プロレタリア階級の革命党はソ連には存在しなかったが、自国による侵略や併合に反対する原則は同じであった。
 ソ連の対独戦争は、官僚制国家資本主義の急進的工業化を基礎に、正規戦となった。もし社会主義的工業化を進めている途中であれば、ゲリラ戦と人民戦争になったであろう。
・ソ連崩壊とウクライナ戦争 ロシア帝国主義も民族解放・国家独立の闘争も継続
 ソ連崩壊は「社会主義の崩壊」ではなく、帝国主義の崩壊である。ヨーロッパからアジアに至る広大な国内の人民と被抑圧民族、および東ヨーロッパ諸国が民主主義と民族解放・国家独立で闘争し、それによって崩壊した(アメリカ帝国主義との覇権闘争でも敗北)。
 「大ロシアの建国者として、雷帝イワン、大帝ピョートルが復権し、スターリンはその偉大な系譜に列位する絶対者となる。」(p575)
 プーチンがスターリンを後継し、ロシア帝国主義が復活した。帝国主義は、他民族と他国家を抑圧し侵略し併合する政治的上部構造である。経済的土台を変えて継続もし復活もする。ウクライナの反侵略・祖国防衛は、ツアーリズムとスターリン主義を打倒した、東ヨーロッパから中央アジアに至る諸民族・諸国家の解放と独立の闘争の継続である。
 渥美さんが本書で展開している「ソ連論」「スターリン主義論」は、日本の新左翼に存在する「ウクライナ=米国・NATOの代理戦争論」を克服する大きな力になるだろう。(おわり)

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