クチェ演説が話題に

Fidesz のクチェ集会(Fidesz picnic)
7月末のルーマニア・エルデーィ地方での Fidesz 夏の大学(通称 Tusványos)に次いで、9月初旬は Fidesz 秋の陣の出発点となるバラトン湖畔近くの村(Köcse、クチェ)で、オルバン・ヴィクトルが大演説するのが恒例行事になっている。夏の大学では「大政治家」並みに世界の歴史的大変化を予想し、秋の陣では党首として Fidesz の戦いの指針を指示するのを慣例としてきた。夏の大学は一般公開されているが、 クチェの集会は Fidesz 内部の集会という理由で、これまで非公開だった。
ところが、今年は様相が一変した。反 Fidesz の Tisza 党が同じ村で集会を開き、公然と Fidesz を挑発することになったからである。クチェの「市民ピクニック」と称する Fidesz の集会日程は直前まで公にされてこなかった。しかし、マジャル・ピー テルは政権内部から今年の集会が9月7日に行われる情報を入手し、これに合わせて Tisza 党の集会をこの村で行うことを決めた。そのため、Fidesz の集会を守るために バリケードが作られ、警官や警備員が招待者以外の入場を排除した。

場外では、今年に入って Fidesz のスポークスマンとして登場した強面のメンツェ ル・タマーシュ(Menczer Tamás)が、集会に入ることが許されない反政府系の記者団と路上会見した。この様子は多くのメディアで撮影された。最近になって頭角を現したメンツェルは、マジャル・ピーテルや記者との対応で感情を露にする攻撃的な人物として知られるようになった。感情的な対応は精神的余裕がないことの裏返しである。記者からオルバン首相の最近の言動について、どう考えているのかをしつこく質問され、苛つきを隠すことなく、感情的に逃げの回答を繰り返していた。 その様子は反政府系メディアのビデオ((20+) Facebook)で見ることができる。
反政府メディアや野党政治家に上から目線で対応するメンツェルをオルバンは重用しているが、その能力を高く評価しているわけではないようだ。だから、クロアチアの作戦会議旅行へメンツェルを同行していない。そのことにメンツェル自身が不満を吐露していたことが知られている。
それはさておき、記者の入場は拒否されたが、どういう経緯か分からないが、オルバン演説は各メディアでライブ放映されることになった( Orbán Viktor miniszterelnök beszéde élőben, Kötcséről: – YouTube)。マジャル・ピーテルの挑発に対応した結果だと考えられている。
疲れて焦るオルバン・ヴィクトル
オルバンはプライヴェットジェットを使ったダブリンのサッカー試合観戦から戻 ったその足で、空港から車でクチェに向かった。クロアチアのヴァカンス作戦会議、 サッカー観戦と精力的に動くオルバンだが、さすがに疲れているのか、声がかすれ、表情に余裕がなかった。
オルバン演説は Fidesz の結束を促し、来年の総選挙に勝利しようと鼓舞する単純なものだったが、演説の最後に、原稿を何度も見返しながら語った内容が話題になっている。その最後の文言は次の通りである。
„Ismernek engem, nem vagyok az az ember, aki fenyegetőzik és durváskodik, de semmi nem lesz elfelejtve, minden fel lesz jegyezve és minden el lesz rendezve.”
「私を知っている人は、私が誰かを脅したり、乱暴に振舞ったりする人間でないことを知っている。しかし、私が(私に向けられた非難や裏切りを-筆者注釈)けっして忘れる(許す-筆者注釈)ことはなく、すべてを頭に仕舞い込んで、すべての問題を処理(復讐-筆者注釈)することも知っている」
この言葉がいったい誰に向けられたものかが話題になっている。Fidesz 指導部内部の裏切り行為やそれを画策する人物に向けられたものではないかと推測されている。 一部のメディアは Fidesz 幹部の一部はすでに来年の選挙での敗北を想定しており、 権力維持に執着するオルバンとの間で確執があるのではないかと伝えている。実際、オルバンが春に制定を企てた「ハンガリー版プーチン令」(外国から資金の提供を 受けている団体を「外国の代理人」として締付ける)が、国会上程されてから撤回 され、秋の国会提出へと順延されたように、オルバンの意思が貫徹されていない。 その後の Pride 行進が、政府の禁止令にもかかわらず、ブダペスト市内の中心部を埋め尽くす反Fidesz 行進になった。これには Fidesz 幹部は驚いた。政府が違法と宣言した行進が、予想外の大規模反政府デモになってしまったのである。これに圧倒されて、未だに法にもとづく罰則適用ができないままになっている。オルバンのイライラが募るばかりである。
今後の政府の対応方針をめぐって、強行方針の突破を主張するオルバンと、それを躊躇する幹部との間で、確執があると推測される。対外コミュニケーションが、 従来のようにロガーン・アンタルを経由することなく、イエスマンの顧問オルバン・バラージュやメンツェル・タマーシュの直々の起用に移っている。しかし、これでは耳に痛い話が届かない。軽いイエスマンを側近に据える人材抜擢はとても適 切とは思われない。これまで公共メディアへの露出を控えていたオルバン自身が積極的にメディアに登場してきたのも、旧来のコミュニケーション戦術を変えるものだと見られている。それが Fidesz 陣営の引き締め効果をもつとしても、Fidesz の外に支持を広げることになるとは思われない。オルバンの度が過ぎた露出は、権力への執着の現れだと見られているからだ。
ウクライナの EU加盟反対アンケートも、投票数が 200 万(二重投票を含めて)に達したにもかかわらず、国内政治の動向にほとんど影響を与えていない。そのことにオルバンは焦っている。その失敗を顧みることなく、クチェ集会では「Tisza 党の租税引上げ政策にたいする『国民コンサルテーション』を実施する」と宣言した。 Tisza 党の非公表資料で、累進課税(現在は単一所得税率)の導入が議論されていることが明らかになったからだという。しかし、これはなんでも、あまりに無理筋すぎる。いまだ政策大綱などが発表されていない段階である。それでも、オルバンは機先を制して Tisza 党の伸長を止めたいのだ。しかし、与党 Fidesz の反 Tisza 党キャンペーンに、公費を使って全有権者を対象とした大規模有権者アンケート調査を実施するのは党と国家を混同するものだ。まして、オルバン一人が決めてよいものではない。しかし、無理筋政策を宣言せざるを得ないほどに、オルバンは追い詰められて焦っていると考えた方が、事情が理解できる。
早速、野党や反政府メディアは、与党の反 Tisza 党キャンペーンのために政府が公金を使用するのは憲法違反だと声を上げている。オルバンが批判してきた社会主義権力と同じことをしている。Fidesz 独裁が Fidesz 党(オルバン独裁)国家を作ってしまった。党と政府の一体化、いや党としての Fidesz(その党首オルバン)が国家の施策をすべて決めてしまうという社会主義体制と同じ誤りが繰り返されている。
はたして、オルバンの主張通りに国民コンサルテーションという効果のない政策に公金を使用するのか、それとも「国民コンサルテーション」は与党支持の拡大に つながらないと Fidesz 幹部が説得するのかが注目される。そして、オルバンはそのような諫言を幹部の裏切りだと考えるのだろうか。今後の確執が注目される。 (「ブタペスト通信」2025年9月14日から)
初出:「リベラル21」2025.09.25より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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