物象化・理論的実践・市場とスターリン批判の超克(廣松渉vs花崎 皋平としての日本思想の完追について)

(では、ちきゅう座復活を祝して新たな気持ちで第一寄稿を)

社会主義理論学会第71回研究会
https://chikyuza.net/archives/64052
行ってまいりました。
質問の時間にて、
2018年マルクス生誕200年資本主義の総合的評価のための結集を野党共闘、アソシエーション連携としてまとめていく事、何がまだ不足しているのか?
その大議論の場を是非、と告げさせて頂きました。

日進月歩で、参議院選挙キャス盛んです。

東京選挙区、無所属候補は、断トツに、ツイキャスにては視聴者を集めています。
(得票にそのまま反映できるのか定かではないのは、舛添都知事選の様に、組織票の壁があるからです。)
学生運動、労働運動を訴える候補のマルクス主義理論として何故、支持を集められていないのかを考察させられています。
野党の主張は、大企業の優遇、内部留保、法人税減税に集中しています。
しかし、その資本主義の核心について切り込めていない経済学のもどかしさを感じている様にも思います。

識字率だけが教育の目的ではないだろうとつくづくツイッターなどの書き込み、殴り書きでも感じるものが多くあります。

差別やヘイト、大企業批判、アベ政治を批判すると朝鮮人と書き込む、人間の尊厳としての問いにもたどり着けない日本人の野性がこの現代の改憲勢力の危機を作っている事を問い出していかねばなりません。

民主主義、投票と議論にもたどり着けなくされている人々が日本にもまだまだ沢山いる貧困率問題から、医学独占による認知症問題、それは、防げる要素があるにも関わらず放置されていると感じている。
自白だけで裁判を30年戦っていた人物の認知症の姿が映し出されていた。

以下、6月18日に書いたものです。

物象化・理論的実践・市場とスターリン批判の超克(廣松渉vs花崎 皋平としての日本思想の完追について)
http://akiratakeda2001.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-144f.html

重ね重ねの乱筆、いつものことながら失礼致しました。