過激なスンニ派聖戦主義の反政府武装組織「イスラム国」(IS)が、第2の都市モスルをはじめ北・中部の都市を次々と政府軍から奪い、同名の「イスラム国」樹立を宣言したイラク。同国北東部のクルド人自治区を着実に発展させ、ISに対する強力な対抗勢力となっている少数民族クルド人の存在と役割が大きくなっている。民族の宿願だった独立国家樹立も、決して急いではいないが、現実性が着々と増している。
6月、ISがモスルに続いて、北部油田地帯の中心都市キルクークを攻撃。政府軍はあっけなく敗走し、ISはいったん市内を制圧。数日後、地元当局やスンニ派指導者に委ねて姿を消したが、その直後に同市に入り、治安を掌握したのがクルド人の準軍隊ペシュメルガだった。それ以来、キルクークの市民生活はほぼ以前と同様に回復しているという。強力なペシュメルガとは敵対できず、ISは戻ることができない。ペシュメルガは長年にわたりフセイン独裁政権の弾圧に抵抗し、鍛えられてきた準軍隊で、その推定規模は37万8千人だとする米CBSニュースの報道が最大。戦闘員数はイラク、シリア両方で1万人程度のISが対抗できるはずがない。
キルクークは人口75万人、北部油田地帯の中心都市。クルド人自治区の外にあるが、クルド人は少数民族のトルクメン人などとともに古くからの住民だった。
2005年制定のイラク憲法で設立が定められたイラク北東部のクルド人自治区は、面積78,736平方キロ、北海道より少し狭い地域でイラク全土の2割弱。イラク全体でクルド人は600-650万人で全人口の17%程度。その大部分が自治区とキルクークなど周辺に住んでいる。正式発足以来9年、自治区は実質的にも自治を確立し、他のイラク各地と異なってテロと宗派抗争がほとんどなく、順調に経済発展してきた。外国投資も拡大、人口150万人の区都アルビルでは高層ビルやホテルの建設ラッシュになっている。
経済発展を支えるのが、トルコ経由の原油の輸出。原油の生産・輸出を政府の統制下に置こうとするマリキ政権の政策を事実上無視して、クルド自治区はトルコ経由の原油輸出を着々と伸ばし、現在は日量16.5万バレルに達している。さらに今年末までに自治区からトルコのジェイハン港に至る新パイプラインが開通し、輸出能力が日量25-40万バレルに増加する計画。ペシュメルガのキルクーク支配が続けば、キルクークから自治区へ新たなパイプラインを新設、自治区からジェイハンへのパイプラインにつなぐプランも検討中だという。キルクークをクルド勢力が支配した意味は大きい。そのため、イラク政府軍による「イスラム国」への総反撃が進展すれば、キルクークの支配もクルド勢力から取り戻そうと衝突する可能性が十分ある。
その前兆ともいえる動きが起こった。7月10日、クルド人の最高指導者バルザーニ自治区大統領は、マリキ首相の政権に加わっているシャウェズ副首相以下のクルド人閣僚全員を引き挙げると発表、首相の退陣を最終的に迫った。同副首相は、議会からクルド人の政治代表が引き上げることはないと語ったが、クルド人当局者は自治区の独立の可否を問うクルド住民投票の準備を進めると述べている。前稿で書いた「イスラム国」の支配地域拡大とクルド人の独立への動きで、イラクの国家分裂の危機はさらに深まりつつある。
1千年以上前にイラン・インドから、この中東核心部の山地に移住してきたクルド人は、現在、トルコの2千万人超のほか、イラク、シリア、イランさらにはコーカサス諸国などに住み、総数3千万~3千5百万人と推計され、国家を持たない最大の民族といわれている。歴史上何回も、各地でクルド国家樹立の試みが繰り返され、短期間成立したこともあったが、そのつど大国や周辺国によって潰されてきた。それだけにいま、イラクでのクルド国家独立にかけるクルド人たちの熱意は、これまで以上に高まっているのではないだろうか。
しかし、クルド独立国家樹立には、イラクとかかわりの深い米国も、周辺のトルコ、イラン、シリアも反対している。6月、イラク危機の深まりで急行してきたケリー米国務長官が、バグダッドだけでなくアルビルまで乗り込んでバルザーニ自治区大統領と会談したのはそのためだった。トルコはじめ周辺国はクルド人国民の民族運動の高まりに強い警戒心を持ち続けてきた。バルザーニ大統領はじめイラクのクルド人指導者たちは、そのことを十分理解して、慎重に、着実に既成事実を積み重ねてきた。その行方を予測するのは難しい。
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