ハンガリーのフィデス(Fidesz・ハンガリー市民同盟)政権には「人権侵害」という観念が完全に抜け落ちている。国際的な事件を「国際ヒステリー」(グヤシュ官房長官)と断罪し、一切の言い訳はしない方針のようである。オルバン首相はこの事件に関しては、一言も発言しない。無視することで、重要性はないという態度を貫くつもりのようだ。立場が反対だったらどうだろう。フィデスは人々を街頭行動に駆り立てて、政府への抗議行動を行ったことだろう。しかし、権力の座にある今、盗聴は国家の権限のういちだとして、一切の妥協を示さない。権力は人も党も変える。権力維持だけが自己目的化した社会は、悲劇だ。ペガサス・スキャンダルの続報をお届する。(2021年7月24日)
フランスのマクロン大統領もスパイされる対象になっていたイスラエル製のスパイウェア「ペガサス」について、その売買の仕組みが明らかになってきた。
イスラエル企業NSOグループは、ペガサスの販売にあたって、一律50万ドルの販売価格を設定し、さらに携帯電話の種類ごとに使用ライセンス額を設定している。たとえば、iPhoneの場合は10件の携帯電話への使用料は65万ドル、Androidの場合には10件の使用料は50万ドルである。追加100件の携帯電話への使用料は80万ドル、追加50件の携帯電話への使用料は50万ドルとなっている。さらに、NSOは年間システム維持費として、全購入額の17%を請求している。
ハンガリー政府は300件の携帯電話を対象としているから、初期費用だけでも5億円近い金額を払っている。NSOグループはイスラエルの国策企業であり、ネタニヤフ首相自身が首脳会談の度に購入を打診していたと思われる。
NSO企業グループに登録されている携帯電話5万件の情報が漏洩したのは、NSOグループで働いていた人物のリークからである。このうち、ハンガリーの携帯電話情報300件について、逐次、解明情報が明らかにされているが、7月23日の反政府メディアの報道に依れば、2014年からオルバン政府のパクシ原発拡張事業の責任者に任命されたアソディは、2017年の当時の上司であるシュリ・ヤーノシュ大臣(原発担当)と作業工程をめぐって対立し、その後、次官を解任されたが、2018年から所有する携帯電話が盗聴対象となった。2019年に政府を離れる際に、その携帯電話の返却を迫られた。
フィデス政権関係の人物でも、主要な政策方針に反対意見をもっている人物は盗聴の対象となったようである。昔の社会主義時代への逆行である。各野党は所属する政治家が盗聴対象になっているか否かの調査を行うことを決めた。現在、国会の国家安全保障委員会は野党ジョビク(JOBBIC・よりよいハンガリーのための運動)の議員が委員長になっており、26日に会議の開催を決めた。内務大臣のピンテルは出席の意向を示している。委員長は前出のシュリ・ヤーノシュ大臣の出席も求めている。他方、与党フィデスの副委員長は会議開催の必要はないという態度をとっており、与党議員は欠席戦術で委員会の成立を阻止するようである。官房長官グヤシュも、「国際的なヒステリー」と表現してペガサス問題を議論しない意向を示している。
「ラディカリズム、リベラリズム、オールタナティヴ」を掲げて政界に進出したフィデスは、長期の権力維持を通して、「保守主義、権威主義、独裁」へと党の性格を変えた。ロシアや中国と連携し、「国内問題に外部の国は介入すべきではない」と、それぞれの国の専制的政治を容認しているフィデスが姿勢を180度転換したことは、明らかである。盗聴対象を決定するのは政府の権限と居直るフィデス政権は、「すべての権力は腐敗する」という名言を地で行っている。自らの変身を自覚することなく。ますますロシアや中国の権威主義的な政治体制への親近性を高めている。
ちなみに、EUの首脳会議で、オルバン首相は「dictator」(独裁者)と別称されている。首脳が並ぶ写真撮影時に、前ユンケル委員長から「Hellow! Dictator」と頭を撫でられている光景がビデオ撮影されている。「権力維持が目的化すれば、右も左も同じ」ということを教えてくれる。
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