王毅外相の弁明と中国の学者たちのウクライナ侵攻反対声明

 ――八ヶ岳山麓から(363)――

 ロシアのウクライナ侵攻は、中国政府首脳部にとって寝耳に水であったことは間違いないものと思われる。
 プーチンのウクライナ侵攻命令直前まで、中国外交部はこれをあり得ぬこととし、バイデンの度重なる指摘をでたらめで、戦争をあおっていると主張してきた、ということを私は、前回、本ブログに書いた(2.26記、3.1掲載)。
 中国は、ロシアの侵略を非難する国連安保理の決議案に同意せず、NATOの東方拡大を批判してあからさまにロシアを支持する一方で、ロシア軍のミサイル攻撃や砲撃にさらされて逃げ惑うウクライナ民衆を前にして、ウクライナと名指しはせぬものの、国家の主権と領土保全の一体性という「正論」を主張する。だれもが「おかしい」と思う振舞である。
 日本人の多くは中国に対して軍事上の強い警戒心を抱いているが、その不安は当たってしまった。

 ロシアによるウクライナ侵攻直後の2月25日、中国王毅外交部長は、英外相やEU外交高級代表、仏大統領顧問との電話会談において、ウクライナ問題に関する中国政府の立場を5項目に分けて提示した。以下はその5項目であるが、そこにみられる論理矛盾は中国の混乱した立場をよく表している。
 第一、中国は、各国の主権及び領土保全を尊重、保障し、国連憲章の精神と原則を忠実に遵守することを主張する。この立場は一貫しており、明確であって、ウクライナ問題にも同様に適用される。
 第二、冷戦思考は徹底的に放棄するべきである。各国の合理的な安全上の関心は尊重するべきである。NATOの連続5回に及ぶ東方拡大のもと、ロシアの安全に関する正当な訴えを重視し、適切に解決するべきである。
 第三、当面の急務は、各国が必要な自制を保ち、ウクライナの現地の事態が引き続き悪化して、抑えが利かない事態になることを回避することである。一般民の生命財産は効果的に保障されるべきであり、とりわけ大規模な人道上の危機が出現することを防止するべきである。
 第四、中国は、ウクライナ危機の平和的解決に有利なすべての外交努力を支持し、激励する。中国は、ロシアとウクライナが速やかに直接の対話交渉を行うことを歓迎する。ウクライナ問題の変遷には複雑な歴史的経緯がある。ウクライナは東西の意思疎通の架け橋になるべきであり、大国の対決の前線になるべきではない。
 第五、中国は、国連安全保障理事会がウクライナ問題の解決のために建設的な役割を発揮し、地域の平和と安定を重視し、各国の普遍的安全を重視するべきだと考える。中国は安保理決議が何かにつけて武力行使と制裁を授権する第7章を引用することにはかねてから反対である。(各ウェブサイト 2月26日2時11分中国外交部WS掲載)
 注)国連憲章第7章は「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」を定めている。

 では中国人民の反応はどのようなものか。中国では、ロシアの反戦デモからは考えられないくらい締め付けがつよいから人々は街頭に出られないが、2月26日ネット上に、奇しくも中国の学者5人のロシアのウクライナ侵攻に強く反対し、ウクライナ人民の自衛行動を断固支持するという声明が現れた(江門直言「五高校教授連署、俄羅斯対烏克蘭的入侵与我們態度」(Weixin ID:jiangmenzhiyan 02/26/2022)。
 中国知識人の良心の表れである。
 彼らはロシア政府とプーチン大統領に戦争を即時停止し、交渉をもって問題の解決をするよう呼び掛けた。中国の言論統制の状況からすれば、中国政府のロシア支持の現在、大変勇気のいる行動である。5人はみな中国の有名大学(重点大学)の教授であるところを見ると、その権威をもって呼びかけをしたものと思われる。
 この反ロシアの呼びかけが「微信(中国版WE CHAT)」に載るや、すぐ賛同の声があった。だが、いつものように「五毛党」の包囲攻撃にあった。彼らは名指しでこの5人の学者を罵倒し、「国家の立場に反している」とか「教育界の恥辱」「中華にネズミ5匹が出てきた」などといった。ネット上ではすでに関係当局に告発するものも多くいる。
 原文は孫江教授が公開したものだが、1日を待たずして夜7時半には削除された。
 注)五毛党とは、ネット上に中国政府に都合の悪い記事が登場すると、直ちにこれを削除したり、記事を批判する意見を書きこむ人々で、もともとは記事1件につき人民元で5毛(0.5元)の手当が出たことからこの名でよばれる。
 以下に、五教授の声明文を拙訳で掲げる。
 
 「ロシアのウクライナ侵攻と我々の態度」2022年2月26日

                              孫 江 南京大学教授
                              王立新 北京大学教授
                              徐国埼 香港大学教授
                              仲偉民 清華大学教授:
                              陳 雁 復旦大学教授

 戦争は暗闇の中で始まった。
 2月22日夜明け前(モスクワ時間21日夜)、ロシア大統領プーチンはウクライナ東部の民間武装組織、自称ドニエツク人民共和国とルガンスク人民共和国を独立国として承認することを宣言し、これに続き24日には陸海空三軍によるウクライナへの大規模侵攻を開始した。
 国連常任理事国であり核兵器を保有する大国が、意外にも弱小兄弟国に対して大打撃を与え、国際社会を驚愕させた。ロシアは戦争をしてどうするつもりなのか?大規模な世界大戦をやるのか?過去の大災害はしばしば局部的な衝突から始まっている。国際世論はこの事態に心を痛めることこの上ない。
 この数日、ネット上ではリアルな戦況を伝えているが、廃墟・砲声・難民……ウクライナの傷口はことごとく我々を痛めつけている。かつて戦争によって踏みにじられたわが国では、家族が離散し、肉親を失い、多くが餓死し、領土を奪われ、賠償を取られた……。この苦しみと屈辱が我々の歴史意識を鍛えた。我々はウクライナ人民の苦痛をわが身のものとして受け止める。
 連日、到るところで戦争反対の声がわき上がっている。
 ウクライナ人民は立ち上がった。ウクライナの母親は激しくロシア兵をとがめ、ウクライナの父親は戦争の罪悪を激しく非難している。ウクライナの9歳の女の子がなきながら平和を叫んでいるではないか。
 ロシア人民は立ち上がった。モスクワでもサンクトペテルスブルクでも、ほかの町々でも市民は街頭に出た。科学者たちは反戦を声明した。平和、平和、反戦の声は国境を超え、人の心を揺り動かしている。
 我々が注目してきたことの推移が、過去を思わせ、未来を心配させる。人々の叫びの中、我々もこの思いを声にしなければならない。
 我々は、ロシアがウクライナに仕掛けた戦争に強く反対する。ロシアにはそれなりの訳があろうが、すべては言い訳に過ぎない。武力による主権国家への侵入は、すべて国連憲章を基礎とする国際関係の準則を踏みにじるものである。現有の国家間の安全の仕組みを破壊するものである。
 我々は断固としてウクライナ人民の自衛行動を支持する。我々はロシアの武力行使がヨーロッパと世界全体の情勢を動揺させ、さらに大きな人道上の災難を引き起こすことを憂えている。
 我々はロシア政府とプーチン大統領に対し、即時停戦と対話による紛争解決を強く強く呼び掛ける。強権行動は文化と進歩の成果と国際正義の原則を破壊し、ロシア民族にさらに大きな恥辱と災禍をもたらすであろう。
 平和は人心の渇望するところである。我々は不正義の戦争に反対する。
                                           以上

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion11826:220308〕