ノマド・ワーキング。ここ2年くらい話題になっている。決まったオフィスを持たず、移動しながら、自分の好きな場所で働く。
ノマドは、「遊牧民」の意味。典型的には、デザイナー、エンジニア、記者、フリーランスといった人たちが、ノートパソコンを主力のアイテムとして、カフェで仕事をする、というスタイル。
1)ノマド・ワーキングでは、とくに電源と無線LANの使える環境が好まれる。そういうカフェやファーストフード店を、ノマド・ワーカーは拠点にする。
2)持ち物としては、ノートパソコンとスマートフォンは必携。それに、iPadなどのタブレット端末や、ネットブック、充電器、外付けハードディスク、たこ足配線や、USBハブが付け加えられる。持ち物は、軽量級から重量級まで、ノマドもさまざまらしい。
3)もう一点、重要なのは、クラウドサービスだ。クラウドとは、サーバーにデータを預けて、どこからでもアクセス、ダウンロードできるサービスのこと。Sugarsync, Dropbox, Evernoteなどは、ノマド・ワーカーご愛用の定番クラウドサービスだ。これによって、外付けハードディスクを持ち運んだり、メールやフラッシュメモリでデータをやりとりする手間が省ける。
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さて、ノマドのワークスタイルを紹介すれば、ざっとこんな感じだと思うけれど、そもそもノマド・ワーキングというのは、そんなに魅力的なワークスタイルなのだろうか?
・アイデアが湧きやすい。・隙間の時間を有効に使える。・満員電車の通勤がない。・私服で働ける。・気分転換できる。・在宅ワークのように籠もらないで済む。
といったメリットが挙げられる。そのほかに、「カフェで仕事をするのは、カッコイイ」といったトレンド的な理由もあるようで、これも大きいのではないだろうか。
ところが、僕はどうも少し自由な感じがしない、このノマド。たしかに、憧れる部分もあるし、オフィスでスーツよりは、快適だと思うけれど。
最近、スターバックスは、電源や無線LANの提供に力を入れているようで、ノマドたちが、ノートパソコンを並べて、画面とにらめっこしている店内風景も見られる。だが、ちょっと異様だ。以前のくつろいだ雰囲気の方が良かった、という気持ちにもなる。
もっとも、ノマドが良くない風潮だと言う気はないし、むしろ、ノマドのためのカフェ兼オフィスみたいなものが生まれるのは、面白い風潮だと思う。また、「ノマドは、24時間、自己管理というケースもあり、タフでないと続かない」といったデメリットも、ここでは置いておこう。
なるほど。ノマドは、おそらく時代の最先端を行っている。だけど、哲学者のヴィトゲンシュタインは、ワーグナーを評して言った。「時代の一歩先を行く者は、いずれ時代に追い越される」と。
あとは、美学の問題になる。ノマド・ワーキングという、ライフスタイル。それを追い求めることは、素敵なことだろうか?
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ここで、僕は、「スナフキン・ライフ」という、新しいワークスタイルを提案したい。それは、ノマドのスタイルからもっと逸脱する、別世界のライフスタイルになる、かもしれない……。
1)スナフキン・ライフは、ノートとペンを主たる道具として、仕事の成果を出すワーキング・スタイルである。アイデアの必要な仕事ほど、スナフキン・ライフに向いている。だって、ノートとペンは、アイデア・スケッチには、最適ではないだろうか。パソコン作業は、あとでまとめてすればいい。本物のスナフキンもまた、アイデアとなる「4つの音符」を書き留めておいて、いざ、時が来たときに、一気に旋律を作り出すではないか。
ノートとペンの利点は、沢山ある。まず、電源が必要ないことだ。無線LANも要らない。昔ながらのドトールでも、仕事ができる。旅するスナフキンのように、どこにいても大丈夫。イーモバイルがつながる都会でなくてもよい。
2)スナフキン・ライフは、装備も少し変わっている。ノートを何冊か、ペンを数本、スケジュール手帳、メモ帳……そして、レターセット。
本物のスナフキンは、ときおり、ムーミン谷に手紙を出すけれど、新しいスナフキンも、手紙を出す。メールの処理は、ストレスのかかる仕事である。いろいろ気を遣うわりに、業務的で、人間味がない。その点、手紙は、詩心や真心をそれとなく添えることができる。「人脈」や「ソーシャルネットワーキング」もいいけれど、もう少し深いつながりを築ける。
ちなみに、とあるノマド・ワーカーは、電源のあるカフェを800件リストアップしたそうだが、郵便局は、全国に24500件ある。ポストは20万くらいだから、スナフキンがどこからでも手紙を出せることがわかる。
だけど、ここまで聞いて、「それは、アナログへの逆行にすぎない」と思われたかもしれない。いや、そうでもない。スナフキン・ライフの基本装備には、スマートフォンが含まれる。フィーチャーフォンとの2台持ち、3台持ちでもよい。
なぜなら、スナフキンにとっては、通話が仕事のベースになるのだから。Skypeや、各種の無料通話アプリを使いこなし、料金プランを選び抜いて、スナフキンは、電話をする。直接、声でやりとりをする方が、手っ取り早いし、こまわりが利く。いくぶんか、人柄も伝わる。
そもそも、ノマドの弱点の一つは、電話である。静かなカフェでは、電話を掛けることができない。一旦、外に出なければならない。パソコンを席に置いておくのもリスキーだ。これは、ノマド・ワーカーに共通の悩みである。
それに対して、スナフキンは、「電話」「手紙」「直に会う(打ち合わせ)」の3つを仕事の基本的なスタイルにしている。かんたんな連絡や意思疎通は「電話」で、書類のやりとりや、正式な依頼、挨拶などは「手紙」で、重要な話は、直に会って「打ち合わせ」をする。
3)三番目に、クラウドの話をしよう。クラウドは単純に便利なので、スナフキンも利用するが、たいして使わない。なにより、スナフキンは、自分の「データ」をすべて紙媒体で、ノートやメモ帳として持ち歩いているのだから、クラウドする必要がない。紙は、重いしかさばるだろう、と思われるかもしれない。だが、本物のスナフキンは、テントだって、コーヒーを淹れる器具だって背負って旅をしているのだから、それぐらいは当然だ。ノマド・ワーカーは、「クラウド」かもしれないが、スナフキンは、「グラウンド」なのだ。
スナフキン・ライフは、ざっと以上のようなものである。
「だけど、ノートパソコンを使わないなんて、現代的でないし、非効率的だ。」
こんな声も聞こえてくるかもしれない。いえいえ、スナフキンは、実はデスクトップ・パソコンを持っている。スナフキンは、一日を終えて、家に帰ってから、または、一週間ごと、さらには、3ヶ月や半年にいっぺん、まとめてインプット/アウトプットをする習慣がある。それまでは、スマートフォンで、ニュースチェックをしたり、記事をスクラップしておく。そういうわけで、スナフキン・ライフは、べつに文明の利器から離れているわけではない。ただ、ちょうど、本物のスナフキンが、11月になるとムーミン谷を旅立ち、春になると帰ってくるように、「季節労働」的な側面が、一日のうち、一ヶ月のうちにも、あるだけなのである。
これで、「スナフキン・ライフ」という新しいワークスタイルの提示は終わりである。これが、半ば冗談として、半ば真面目に(ノマドを相対化する試みとして)、受け取られることを願っている。
初出:ブログ【珈琲ブレイク】より許可を得て転載(http://idea-writer.blogspot.com/)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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