今日の世界では自由と民主主義の国家というのは、政治的な概念であり、経済的には資本主義であるというのが普通である。
日本もそのような国家であるが、当面日本が最も困難な問題に直面しているとメディアでも注目されている事象は次の二つの緊急問題である。その第1は、日本政府は本年5月25日には緊急事態宣言の全国的規模での解除を宣言し生産活動を緩和させる方向に舵をきったのであるが、7月に入って東京都を中心に新型コロナウィルスへ感染する人々が拡大し、再び対策を講ずることが必要だとみる人たちが増大したことである。まだ決定したわけではないが、いつの時点かで再び対策がとられるであろうとみられている。しかしこの問題は貧困者を生じさせるとはいえ、一応資本主義とは関係はない。第2には、7月の初旬から半ばにかけて日本列島は九州地方を中心に異常気象に見舞われ集中豪雨の情報と共に大雨が降り土砂災害が発生したため死者と行方不明者を合計すると90名近い犠牲者を出したことである。これは明らかにCO2の過剰拙出に伴う地球環境異変によるものであり、40~50年以前から国際組織によって警鐘がうちならされてきた地球温暖化現象によるものであって、資本主義の極大利潤追求に関わっているとみることができよう。この2要因は長期にわたって持続する(後者の要因は毎年くり返される)ように思うが、財政赤字を拡大していく限り、貧困者も増えていくであろう。
他の国々に目を転じてみよう。歴史を30年程さかのぼれば、旧ソ連では、ゴルバチョフの率いる社会主義体制が崩壊しエリツィンによって市場経済が導入され、ロシアが資本主義に転換させられるという大激動の時代を迎える一時期があった。この時期を経て10年程たって元KGB(元諜報機関)の職員であったプーチンが大統領となるというさらなる激動の時代を経たわけであるが、その当時からいわれてきたことは、ロシアが資本主義化されても、経済は少しもよくならないということだった。ロシアでは伝統的に石油産業を除けば、とくに目立って発展するような産業は現われなかったからである。プーチン時代になって行われた世論調査によれば、これまでのロシアの歴史においてよかったのはいつの時代かという質問に対して、スターリン体制だったと答える国民が8割を占めたというから驚く外はない。殺戮されることが多く最も過酷な体制とみなされているスターリン体制を誇りとしているロシア国民の感覚は外国人の目からみれば奇異と断じざるをえないからである。
次に、ソ連邦の崩壊により2年先だって発生したベルリンの壁の崩壊によって資本主義化した東欧諸国の問題について触れておこう。東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々の東欧諸国は、壁崩壊以後は資本主義化によって経済が大発展するものとして外国人によっても大変に期待されたのであるが、これ等諸国(後にEUに加盟する)の経済は、少しも発展しなかった。全ては幻想にすぎなかったのである。資本主義をよしとする資本主義論者はここにおいても幻滅を感じざるをえなかった筈である。
次に資本主義のチャンピオンの国といわれる米国の現況についてみよう。米国では、今年5月において、黒人労働者が白人警察官に頭を地面に押しつけられ圧死させられた。これを契機に米国全体の州において、警官のやり方に対する、あまりにもひどい黒人差別に対する行動に対して反対運動のデモが発生し大統領トランプの対処の仕方に対しても反対する一大キャンペーンが張られるようになり、米国の真の意味での民主化運動が昂揚したのである。米国ではかつてはガンジーを尊敬していたといわれるキング牧師(黒人)の暗殺のさいに黒人差別の反対運動がもり上がったことがあるが今回の運動はこれを引き継ぐものだともいわれる。この運動を担った人々は、単に黒人差別反対ということのみではなく、現在の米国では少数の富裕層と多数の貧困層との差別が極端にまで進み、この点について不満をうっ積させている人たちがその不満を爆発させたものであるとの見方もすてきれない。何れにせよ今後の動向に関心をよせざるをえない。私はこの両極端の人達の分断が進み政治的混迷が続くとみているが今年11月3日の大統領選挙に影響を与え、現在コロナの感染を拡大させたトランプ大統領は不利となり、民主党の候補者バイデンとの戦いでは敗北するであろうとみている。
少数の富裕層の人たちと多数の貧困層の人たちが分断されている社会とは、単に米国だけの話ではない。米国と親密なEU諸国の国々でもそうである。EUの国々では、資本の有機的構成の高度化によって利益率が低下していたり、生産と消費の矛盾によって利益率が低下しているため失業率が高い。失業者が多いため社会保障費が増大し政府財政が赤字となる。また企業活動が不活発なので輸出が伸びず、貿易収支も赤字となる。このように双子の赤字を抱えるため経済活動は不活発となり、失業者、貧困者が多くなる。両者の収支が黒字なのはドイツ位のもので、フランスを初めイタリア、スペイン等南欧の国々も赤字国である。EUは金融面、通貨面では統合を果たしたが、財政面では統一を果すことはできず、EU発足時に目標とされた完全な統合は幻想におわった。さらにフランス革命(1789年)を推進した思想家たちが鼓舞した自由、平等、博愛も幻想となったのである。
今日の世界では、人間は自由を求めているうちに貧困になってしまった、ということがいえると思う。それは資本主義社会における自由というものが、金融の自由化、資本取引の自由化、貿易の自由化等々といっているように、全てお金儲けの自由に結びついているからである。そしてこの場面では必ず一方では現実にお金を儲ける富裕層の人々が生ずる半面、他方で自己の労働を搾取される貧困層の人たちが発生するようになり、この社会は中世から近代へかけての封建社会同様に階級社会となるのである。
人間にとって最も重要なことは、仕事があって雇用が守られているということであるが今日の資本主義経済は確実にその点を保証してくれるわけでもないので、自由に対しても全面的に信用できるわけでもなく、人は疑問をもちながら生き続けることになる。しかしながら最近においては香港における一部の学生・市民による民主化運動が発生した。実はこの運動は、1989年に米国の価値観に影響されて一部の中国人学生によってひき起された天安門事件をひき継いでいると考えられる。あの時も香港の活動家市民たちは民主化運動を支持して立ち上がったのである。だが今回の香港の活動家の民主化運動は、中国の約束した1国2制度を中国側が破っていること、さらに中国は国家安全立法のような法の制定をちらつかせ香港に対する圧力を強め、ついには最近これを制定したことによって香港の民主化運動への抑圧を決定的としたので人々の注目をあびている。実は私はこのような二つの政治的問題については詳しくはないのでこれについては省略にとどめ、以下においては香港市民の民主化運動について感想をのべるだけにしたい。
香港の人達は自らの運動を市民運動と称しているが実際には、彼等は労働者なのではあるまいか(少数の学生が含まれているかもしれぬが)。香港には約1,400社の日本企業が進出しているといわれているので、日本企業の労働者も含まれているかもしれぬ。ところで彼等は労働者にとって重要な古典として存在している、労働価値説が説かれた著書を知っているのだろうか。アダム・スミスによって提起され、ジョン・スチュアート・ミルやリカアドのような古典経済学者によっても取上げられ、マルクスによって完結されたとみられる労働価値説を説かれた古典的著作を読んでいるのだろうか。ここではマルクス学説のみを取上げることにするが、彼は企業において、資本家・経営者が労働者に対して支払う労働賃金は、労働に対する価格であるか、労働力商品の価格であるかという問題を提起し、労働力商品の価格であることを明確にしていく。すなわち賃金とは労働力商品の再生産費であり、労働者は商品を生産することによって、この自らの再生産費のみを受取り、他の剰余労働は資本家のために労働し、この剰余労働は商品の価値(その価値の実体は商品に含まれる労働量)のうちの半ばを占める剰余価値(=利潤)となることを示したのである。これが正しい見方であることは、労賃を単に労働の対価としてみるならば資本家の得る利潤はどこから出てくるかは分らなくなるが、これによって資本家の利潤の源泉も明らかとなる。だがここでは明らかに資本家の他人労働の搾取も明らかとなる。すなわち資本主義社会とは明らかに搾取の自由を基礎として成立する社会である。そうでなければ、富裕層の人々が貧困層の人々の何倍にも上る収入を得るというような格差の拡大が生ずるはずはないだろう。
この点が十分に理解できていれば、香港の人たちの民主化運動も別の方向にむけられるのではないか、
現在の香港問題もあって、中国に対するさまざまな批判が提起されているようである。だが私は、中国は、13億人の中国人を率いる習近平国家主席がいったようにマルクシズムによる国家建設を進めるという言葉を信じたい。たしかに現在の中国は、社会主義にはなっていないが、米国流の資本主義の道をたどってはいない。それに、20世紀前半の帝国主義時代において(1937年の日中戦争とその後について想起されたい)日本の帝国主義下の軍隊は1,000万人以上の中国人を殺戮したことを考えると、とても中国に対して批判の目を向ける気にはなれない。中国に対しては慎重に対応しなければならないと思う次第である。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1134:200806〕