眞子さんに贈る祝福の言葉 ―「行き着くところまで行ってみよう」(平塚らいてう)

 この問題については、話題にすること自体がひとりの女性の選択に口を出すような気がして、「本人にまかせればいい」と考えてきました。今もそう思っているのですが、いよいよ名実ともに結婚される日が近づいてきたので、一言だけ祝福の言葉を贈ります。「眞子さん、ご自分の選択を貫かれたことを心からお祝いします」と。そして、わたしが研究の対象にしてきた平塚らいてうが100年以上も昔、当時の日本を支配してきた「家制度」のもとで、親の許しを得ることもせず、相手の家の「嫁」にはならないと決心して法律婚もせず、ただ自分の愛だけを信じて奥村博史と「事実婚」を実行したときの言葉をあなたに贈ろうと思います。
 らいてうは、「元始女性は太陽であった」で知られる女性です。「女性解放運動家」と紹介され、「ウーマンリブの元祖」ともてはやされ、女性の立場から平和運動の先頭に立った「平和思想家」でもあります。そういうと、らいてうはいかにも「勇ましい」女権論者の活動家であったように思われますが、そうではありません。迷い、動揺しながら自分の人生を生きた人です。
 有名な森田草平との「心中未遂事件」とさわがれたできごと(1908年、らいてう22歳)で、「教養ある男女が下賤な心中未遂」とマスコミのスキャンダル報道にさらされ、明治政府の役人であった父親は「進退伺」を提出するという状況に追い込まれたときは、禅の修行で「悟りを開いた」はずだったのに心が揺らぎ、「羽衣を奪われた天女のように」地べたにたたき落された思いを抱いて信州に逃れます。このときらいてうの両親にも葛藤はあったと思いますが、娘の行動について一言も責めたり「こうしなさい」と命令したりしなかったことも明治の人間としては稀有だった。そして、らいてうは信州の山々と向き合い、自然と対話するなかで「自分の主人は、他の誰でもない自分自身である」ことに気が付き、そこから自己を立て直していくのです。
 1911年『青鞜』発刊のときも、一方で「女性だけの手で作った雑誌」として全国の女性たちから熱狂的な支持を受けた半面、「新しい女」は「性的に放縦」「酒を飲んだり、吉原の遊女を訪ねたり、男まがいのことをする」などとバッシングされました。らいてうの著書も「家制度」批判の文章があったため発売禁止(推定―当時の警視庁は理由を明示しなかった)されます。非難を浴びて退社を余儀なくされる社員も出る中で、らいてうは「頼るものは、自分ひとりの力と信念、ただそれだけ」を支えにたたかい続けたのです。「後ろを顧みると「死」が大きな手を開いている/私は直往邁進せねばならぬ」と書いた文章が残っています。「思うことをまっすぐに実行する」精神は、らいてうの生涯をつらぬく信条になりました。
 そして1914年、らいてうは「結婚しない」と思い続けてきた自分が無名の画家奥村博史と出会って「恋に落ち」たことを自覚します。当時の常識であった「男は立身出世」「一家の大黒柱」にそぐわず収入もなく、自分の好きなことにしか興味を持たない年下の青年を愛した彼女は、初めに書いたようにじぶんの意志で共同生活を始めます。そのときらいてうが書いた「独立するについて両親に」という文章は『青鞜』誌上に公開されました。そこでらいてうは率直に「この愛がどこへ向かうかはわからない」けれど「今後どんな未知世界が私の前に開展し、私の思想なり、生活なりがどんなに変化していくものか一つ行き着く処まで行ってみよう」と書いています。「愛よ永遠に」などと言わないところがすごいと思う。そしてらいてうはそれから間もなく、これまたこれまで否定的であった「子を産む」選択をし、そこから「他者への愛」(altruism)にめざめ「世界平和」の提唱者になっていくのです。
 この言葉を、今新たな人生へと旅立つ眞子さんに贈りたい。あなたが選んだ道が世間並みの「幸福」に満ちているかどうかは問わなくていいと思う。どうかその道をまっすぐに歩いて行ってください。「予定調和的な」世界に安住しなくていいのだから。あのノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんも「日本に帰りたくない一つの理由」として「なぜなら、私は他の人と調和的に生活することができないからです」(「AERA」ドット・コム21年10月8日付)と答えています。アメリカは矛盾に満ちた国ですが、少なくともそこであなたは自由に生きる権利がある。それは独善的な自己主張ではなく、世界に人びとへの愛を紡ぐ「平和主義」の思想につながると思うから。どうぞお元気で。
(ブログ「米田佐代子の森のやまんば日記」から転載)

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