――八ヶ岳山麓から(223)――
中国の一瞬現れてはすぐに消されてしまうウェブサイト上で、中国の貧しい人々(原文「窮人」)の定義集を発見しました。原作者名がありません。
以前、「我々の父祖はこんな社会をつくるために、抗日戦争を戦い国共内戦を戦って祖国の広野を血で染めたのか」という嘆きを読んだことがありますが、今回も「老百姓(庶民)」のためいきが聞こえてきそうな感じです。
ゴチックのところが原作者のものですが、その内容を、原作者の意図を曲げないように注意して編集・解説してみました。
「窮人」
もともとの名前は労働者階級である
中国の労働者には日本でいう「労働三権」がありません。中国では自主労組を組織することも、賃上げや労働時間短縮などの要求を通すために団体交渉をやったり、争議に入ることもできません。もしストをやれば、スト組織者は反革命、国家転覆罪に問われるかもしれません。日本では労働者は労働三権があるのに、過労死・女性労働問題などでもあまり闘いませんが。
尊称はプロレタリア階級であり、偽称は中国の指導階級である
中国憲法第1条には、中国が「労働者階級が指導し、労働者・農民の同盟を基礎とする人民民主主義独裁の社会主義国家」であるとあります。また人民民主主義独裁」とはプロレタリアート独裁の形式のひとつとしています。
率直にいうと貧乏人、経済学上の定義は低収入階層である
上海などの大都市の2015年の若い人の平均年収はほぼ5万元。円換算で約75万円で、日本の4分の1程度。統計上は毎年賃金は10%程度上昇しています。いま農民工の日当は100元程度、年300日働くとすれば年収は3万元、すなわち45万円程度になります。若い人は地方都市の食堂の仕事でも月4000元程度を要求するようです。大学教師の初任給は月6000元、年収120万円程度。
しかし、ジニ係数を見ればわかるように、中国では所得格差が大きく、平均収入はあまり意味をもちません。上位20%の人の年収が24万元で360万円くらい。上位1%の(といっても1000万人超)の収入は日本人の想像をはるかに越えます。この階層には隠れた収入がGDPの30%はあるといいます。
ちなみに、2011年私の中国での日本語教師としての月収は3000元でヨーロッパ人教師の3分の2。大学に文句をいったら「英語圏からの教師はなかなか得られない。日本人はいくらでも来る。したがってこれは市場原理だ」といいました。じゃ、中国的市場経済のもとでは同一労働同一賃金の原理はどうなっているのでしょうか。
外国での呼び方はブルーカラーで、別名は肉体労働者である
中国史の上では宋朝以後貴族は消滅。支配階級は皇帝と、それに仕える「士大夫」とか「読書人」と呼ばれる官僚階層でした。支配される側は庶民です。「士大夫」は頭を使い、庶民は体を使います。この伝統の力は強力で、「士」と「庶」の関係は今日も普遍的に存在します。いま「庶」が「士」になるのは、大変むずかしい。
愛称は弱勢集団で、あだ名は蟻族である
愛称はともかく、蟻族はよく知られたあだ名です。中国では、2000年前後から中国は大学の定員拡大、新増設政策をとったために、年間700万という大卒者を生み出しています。ところが期待する職にありつけない者が北京・上海などの東部大都市には、100万人前後存在するといわれています。蟻族は大学卒業後、故郷に錦を飾ろうとしてもそうはできず、低賃金労働で生計を立て、郊外の農民工地域「城中村」にある安いアパートの部屋を借り、5,6人でルームシェアをして、読書だの映画だのの文化もレクレーションもない生活を余儀なくされています。
社会学上の定義は、生存しているだけの人である
原文では「生存型生活者」となっています。この典型は鼠族です。蟻族が「城中村」から追い出され、地下室で生活するものをいいます。1960年代中ソ対立激化のころ、毛沢東の「深挖洞・広積糧・不称覇(深く穴を掘り、食糧を蓄え、覇をとなえず)」政策によって、都市ではソ連の空爆対策の防空壕を掘りました。現在広いものは地下商場になりましたが、小さいのは安アパートになり鼠族がすみかとしています。
政治学上の定義は社会の不安定要素である
貧困階層は、中国だけではありませんが、ときどきガス抜きをしないといつ暴れ出すかわからない存在です。政府が「反日」をよびかけると、得たりや応とたちあがり、日系店舗や日本資本の自動車をめちゃめちゃに破壊して、期待以上の業績を上げるわけです。
農村でも政府による農地取上げなどの際、よく暴動が起こりますが、散発的で横の連帯がないので指導者株を逮捕して警察で拷問、虐待をやればたいていは収まります。
常日頃は失業者とよばれ、政府から与えられた名前は一時帰休である
貧困者がすべて失業者ではありませんが、一時帰休のほうは事実上の解雇失業者です。レイオフされた中年労働者の再就職は大変困難なものになっており、若年も含めた全体失業者は約8%あるといいます。
ところが、統計上では、求人が求職をかなり越えています。高失業率と人手不足がなぜ併存するかについては、いろいろな説があります。私は年齢や知識、技術などをめぐる求人側と求職側の要求のミスマッチングがあると思います。
民政部門の定義は生活保護の該当者である
中国の「最低生活保護費」制度は、1997年にようやく都市貧困者を対象として発足しました。その後の経済成長政策によって都市・農村の格差が急激に広がったため、2007年に農村にも「生活保護費」制度が実施されるようになりました。地域によって違いがありますが、2007年では年収857元(1万2800円)以下を対象とし、2011年に年収2300元(約2万8000円)以下に引き上げられました。
その結果、農村部の最低生活保護費受給者は6374万人から1億2238万人を越え、生活保護支給額は一人当り月約60元(約900円)であったものが、2011年には250元(約3050円)になりました。
しかし、郷村の役人がピンハネをやって騒動が起きたことがあり、ところによっては支給額を全村民で分けるといったこともあって、そのまま保護対象者の手にわたるとは限りません。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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