本書は京都大学に2008年発足した、縮小社会研究会(HP:http://vibration.jp/shrink/)の活動経過報告である。著者から「216頁まで絞り込んだが、それでも予定枚数をオーバーしてしまった」とのお話をうかがった。言いたいことや伝えたいことは山ほどあって、もう少し詳しく述べたいが、そうすれば膨大なものになる。一方、あまりに分厚いと敬遠され手に取ってさえもらえない。そのあたりの苦心が行間に滲み出ている。
ローマクラブが「成長の限界」を著したのは1972年のことであった。それからも決して平坦な道のりではなかったが、なんとか21世紀を迎えることができた。しかし近年、巨大資源メジャーや国家による各種資源の囲い込みの顕在化や中国のレアアースメタル輸出規制といった動きから、「成長の限界」で指摘されていた資源枯渇が身近なものとして認識されるようになった。持続可能社会についても語られる機会も一段と増えたが、その中身は持続可能な発展と成長、持続可能な消費と様々である。経済成長を前提とする持続可能社会は耳触りがよく抵抗なく受け入れられるので、その概念は拡散される。一方、縮小社会研究会は、経済成長と発展を前提とする持続可能社会には矛盾があると異を唱える。
そのような中、私たちは昨年の東日本大震災と福島原発事故を体験した。大惨事を経て、経済成長を維持しながらの持続可能社会ではなく、脱原発を視野に入れた環境の持続可能社会実現への模索が始まり、その動きは草の根から徐々に強まっているように思える。
環境の持続可能社会に向けての、ハーマン・デイリーの3原則(①再生可能資源の年間収量は年間再生量を超えない、②廃棄物の排出量は、環境の同化容量を超えない、③非再生可能資源を採掘した量だけでその代替となる再生可能資源を創出する)やスウェーデンの環境保護団体ナチュラルステップの4条件(①地殻から採取した物質の濃度が自然の中で増え続けない、②人間が造り出した物質の濃度が自然の中で増え続けない、③自然の質が物理的手段で低下しない、④人間にとっての必要は世界規模で満たす)(83頁)を満たすには経済成長や発展は優先課題とならず、むしろ逆の縮小に向かわざるを得ない。
本書では、“縮小”をキーワードとして資源、人口、経済を縮小し「生存維持を最優先する社会構造」(69頁)とすることにより、より幸せに生活できる持続可能社会を実現するイメージを探ったものである。取り上げられているのは、・資源エネルギー課題への取組み、・自動車文明の行く末、・縮小社会での技術、・人口減少下での労働、・社会保障制度システムの将来、と多岐にわたる。そして回答として、経済成長最優先の見直し、機会の均等よりも結果の平等、生産者のための技術から生活者のための技術への転換、人口減少社会の積極的な活用、等が導き出されている。
現在最も注目を集めるエネルギー問題については、・太陽光発電、風力発電を推進するには日本は地理的条件に必ずしも恵まれていない、・バイオマスエネルギー、シェールガス、地熱、水素は絶対量が不足している、等々から再生可能エネルギーに過度な期待を抱くのに疑問を投げかけている。一方、原子力発電は環境と人間社会への負担が過酷で、技術としても全く確立されていないので論外である。いま解決できないものに対して科学技術の進歩に期待するのは誤りで、やはり石油を中心とした化石燃料への依存は避けられそうにない。それ故、再生可能エネルギー推進に先んじて、総エネルギー消費、総電力消費の削減を目指すべきである。再生可能エネルギーの活用、エネルギー消費の大幅な削減過程で明らかになる。とにかく先ず節約すべき、と説く。
確かに第一次オイルショックの頃、テレビの深夜放送禁止や日中の放送休止を経験したので、福島原発事故直後の計画停電実施の際に、拡大一方の業務用電力消費を担うコンビニや自動販売機の営業短縮が実施されなかったことはやはり奇異に感じたし、これを某大臣が「夜間の治安維持に自動販売機は必要」と駄法螺のような話をするに及んでは、ただただ呆れてしまった。「それで格別不便さを感じることはないから、無駄を削って先ず節約しよう。」という指摘は案外素直に受け入れられると思う。しかしそこに至る過程として確かに化石燃料依存ありきだろうが、全ての再生可能エネルギーの活用可能性と見極めも同時並行して行うことは十分可能であろう。
自動車文明の将来については、・電気自動車やエコカーは自動車メーカーの懐に優しいだけであって、地球環境に対しての負荷を低減するには至らない、・高速化という過度な利便性を追求した結果、環境負担を拡大させただけであり自動車の小型低速化(平均時速30km/hr.を提案)や自転車の積極的な利用(欧州と異なり日本では自転車を持ち込める公共交通機関が遥かに少ないそうだ)を進めるべきだ、・長距離輸送の物流コストも無視できないので地産地消がこの問題を解決する鍵、等々の提言がなされている。この章は自動車メーカー出身の技術者よるものだから、当事者としての自戒の念も含まれていると推察する。ジャストインタイム納入方式のため時間を逆算して日々の出荷を設定する業者の側からすれば、客先在庫量が増えれば負担は緩和される。半面これは客先のコスト削減に逆行する。縮小社会の実現には逆行や退行とそれに伴う工夫と苦労が数多く求められる。これに対して「成長は人類の進歩であり、それに疑問を投げかけると、昔に戻るのかと反論される。」(2頁)と切り返していては先に進まない。「ちんまり生き延びるには、一歩退却二歩前進だってありですぜ。」と私たちが覚悟して変わって行くことも大切だ。そのために闘わねばならない場面もあることだろう。
福島原発事故以前に、人間のよりよい生活を求める欲望は際限がなく原子力発電を含め科学技術の進歩はそれによく応えて結果として便利な世の中になった、と発言した学者がいた。評者には30年前と比べ、現在の方がより欲望が満たされて豊かになった、との認識はあまりない。むしろ科学技術の進歩によって、過度に便利になり、あまたの不必要なものを抱え込んだように思える。「課題が難しければ難しいほど、日本の技術者のチャレンジ精神が発揮されるのだ。打ち勝ってきた実績が世界に冠たる技術立国ニッポンを築いたのだ。」などと胸を張れるものでもない。科学技術賛歌のNHK番組が非常な好評で迎えられたのはおよそ10年前のことだったが、今は成功物語の裏にある公害や原発事故といった惨禍の歴史を学び直すことがより大事だ。科学技術の発展は決してバラ色だけではないのである。「技術の進歩は無限だから何でも技術で解決できると思うのは信仰にすぎず、技術には限界と負の側面がある。(中略)もし何でも技術的解決が可能なら、現在の世の中に技術がもたらす問題がこれほど溢れているはずがない。」(90頁)、という指摘が長年企業で働いてきた技術者の側から発せられたことは、行き過ぎた科学技術信仰への反撃としてまことに痛烈であり、痛快に感じる。
終わりの二つの章で経済と社会保障の縮小について言及しているが、縮小社会でなくとも、どのように働いて年老いて行くかは大きな心配事である。公的年金制度危機の論考を読みながら年金受給まで未だしばらくある世代として益々憂鬱な気分にさせられた。2030年の前期高齢者は3人に2人が現役で働いている、という予測がある(184頁)。人口が減少して労働人口も減少する分高齢者の雇用機会は増えるかも知れないが、このとき年金受給開始年齢のさらなる引き上げと一体となっているはずである。医療技術の進歩によって後期高齢期を迎えても若い頃と同様に健康を維持できてしっかり働ける、と思い描ける人は少ないだろう。人生90年時代の到来を迎え、競争に勝ち抜くための死ぬまで生涯現役が現実のこととしてすぐそこに近づいている。人間が幸福に生きるというイメージからは遠ざかって行く。
本書には真新しい指摘はあまりない。・理想論で絵に描いた餅、・全く現実を理解していない、・実現可能性ゼロ、・成長こそ持続の源泉、と言うのは簡単である。経済の縮小は社会システム全体の転換が求められる大問題であり、加えて人間の思考と行動様式の大転換が求められる。テーマがあまりにも大き過ぎるのである。しかし取りあえずのきれいごとやウソで取り繕うことや、将来の科学技術の進歩に都合良く解決を押しつけることで我々の孫の世代に大きな負荷をかけることは避けたい。・かなり踏み込んだ主張がなされている割には論考が浅い、・盛りだくさんの項目を単に羅列しただけ、・漠然としたイメージだけで具体像が描かれていない、などの批判も出るだろう。明快なところが本書の特長であるが、明快なだけにそれを受け入れない向きも少なからずいると思われる。しかし著者にはこれら批判は織り込み済みである。21世紀はいつ激変が起きてもおかしくない時代となりそうである。そのとき既成概念に捉われていては立ち往生するだろう。混乱に便乗した動きも出てくるに違いない。後々になって自己責任などという無責任な言葉に翻弄され騙されないように、素早く意思決定を下せる自己でありたい。そのために知っておくべきことは数限りない。
いろいろなことを考えるための手掛かりを与える入門手前の書、という位置付けで読むのが適切と思う。どのようにして縮小社会を創るのかについて次作までお預けを食った読者は「材料は提示したので、先ずは自分なりに考えてみて下さい」との宿題をもらったことになる。これはかなり手強い。
「縮小社会への道 原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して」縮小社会研究会代表 松久寛 編著、日刊工業新聞社刊(2012年4月)税込1,680円
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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