空想の世界は印象的だ ー書評:吉屋えい子著『銀の花』

 横浜と東北とオランダという三つの故郷をもつ吉屋えい子氏が描く小説集は、大人だ
けでなく中学・高校生が読んでも感動するだろう。

 「銀の花」のヒロイン「里季」には「人生の宝」である二人の恩人がいるという。一人は、海岸の得意先へ米をとどけに行って大地震に遭い津波に流された。もう一人は生きていた。六十数年ぶりに訪ねた東北の村里に十年、里季は疎開していたことがある。

 小学生の里季は不器用なせいか、男子のいじめの標的になった。教師に訴えても無力で、両親にも話せない。情けなくて自分に失望するが、悪.ガキどもから逃げては意味が
ない。里季は幼心にひとつひとつ学んでは力強く成長していく過程で、二人のたのもしい女子と出会った。

 「ヒロコ」はからだを張って、男子が里季の顔に道路の馬糞を棒切れでなすりつけるのを阻止してくれた。どうしていじめたの、さあ、ことばで答えて。女子の真剣な怒りにひるみ、男子たちは無言のまま逃げていく。いじめられる里季を一人残して逃げる女子たちのなかで「カヂコ」だけが、憂え顔で何度もふり返りつつ駆けていった。カヂコは舟にのせて月沼に案内してくれた。水上の菱の花のレースを里季はぼーっと眺めた。

 農道のレンゲソウが放つ微笑も、里季を励ました。桜の木の根元にへたりこみ、生きたいんだようと死におびえる、肺を病む高校生のうめき声も、里季の耳にこびりついた。さらに空想の世界が、里季を支えた。月下の麦畑を舞台に「いのちの讃歌」を舞う白装束のぷりまどんなの迫真の姿に、うっとりするのだった。

 空想の世界は印象的だ。こまかい観察眼をもとに、著者は、ディテールを詩的な比喩を用いて表現している。
 
 「真夜中のクリスマス」には、アメリカ帰りのネコが登場し、絵画教室の人気者だ。生徒たちは、講師のアメリカ時代の話をきき、意見を述べあう。思わず笑ってしまう場面がゆかいである。

 都会と田舎のちがいを体験し、異国に長年住んで日本を見てきた著者にして描けた、秀作二編だと思う。

吉屋えい子著『銀の花』新潮社図書編集室 1365円(税込み)

2013年11月17日付 信濃毎日新聞朝刊から許可をえて転載

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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