米が昨秋から実施している半導体およびその製造設備、関連技術などの対中国輸出を規制する措置に、日本、オランダ両国にも同調するよう求めていることが明らかとなった。
中國をOnly Competitor(唯一の競争相手)と位置付ける米バイデン政権が昨年10月、「スーパーコンピューターや人工知能(AI)向け半導体の先端技術、製造装置を中国向けに開発・輸出する条件を厳しくする(注:実質は禁止に近い)規制を導入」したのに続いて、日本、オランダにもそれへの同調を求めて、1月27日に3国の高官がワシントンで協議した、というのである。(同28日『日経』夕刊、29日朝刊など)
米政府が半導体製品や技術の対中輸出に神経をとがらせるのは今に始まったことではない。すでにトランプ政権時代2019年、中国の国営IT企業「ZTE」に米政府がきびしい輸出制限措置を課し、同社が存亡の淵に立たされたところで、習近平・トランプ両首脳のホットライン交渉で救済されたり、また同年夏、大阪でのG7首脳会議の後の両首脳会談では中国の最大手IT企業「華為」(ファーウエイ)への措置が議題となったこともあった。
ただ、トランプ政権時代はIT企業の扱いも米中間の貿易不均衡の現れとして、同大統領の選挙戦略の一部であったために火花は各方面に散ったけれども、それほど深刻な問題とはならなかった。
しかし、バイデン政権では中國を「Only Competitor」と位置付けたことに現れているように、米の世界戦略の一部として「中国の台頭を抑える」が掲げられている以上、「同盟国」日本にその戦略の共有を求めてくることは予想されるところであった。すでに1月13日のワシントンでの日米首脳会談でバイデン大統領から岸田首相には直接、この問題で要請が行われたとされ、続いて今回の高官協議となったわけで、米国家安全保障局のカービー戦略広報調整官は記者会見で次のようにのべた。
「サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が(両国の高官と)数日間にわたり協議している。結果について話すことはできないが、適切な時期に報告できることになるだろう」。
報道によれば、たとえば半導体製造装置の分野では1位米、2位オランダ、3位日本の企業が競い合っているが、オランダ、日本の企業には米の技術に頼らない製品もあり、米だけの規制では中国に対して大きな効果が期待できないという事情もあって、両国の規制参加が望ましいという事態になったようである。
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さて、この動きをどうとらえるか、である。1年前、ロシアのプーチン大統領が常識では考えられない無謀さでウクライナに出兵して以来、同様の爆発エネルギ―の潜在地点として台湾海峡がクローズアップされた。わが国でもにわかに「敵基地攻撃論」など、具体的な戦闘状況を前提とした防衛力増強論が高まって、結局、23年度からの防衛費はこれまでの1%枠を大きく超えることになった(勿論、まだ23年度の予算は国会で成立してはいないが)。
私はこの動きを非常に残念に思う反面、国民がウクライナの惨状を見て、よもやと思いつつも大きな不安を現実に感じているとすれば、それを無視して手を束ねているだけでは国の責任を果たしているとは言えないと考える。
なぜなら台湾海峡は火を噴かないとは言えないからだ。中國もロシアもかつては共産党が政権をにぎり、社会主義の実現を目指したのであったが、それぞれの曲折を経て現存しているのは社会主義社会ではなく、皮肉なことにレーニンの「プロレタリア独裁」理論だけを引き継いだ強権国家(権威主義国家とも言われる)である。
双方に共通しているのは独裁者が権力をにぎり、それを長期間手放そうとしないことだ。中國の習近平は「国家主席は2期10年まで」という憲法の条項を自分の任期中の2018年に廃止して、来月の全国人民代表大会で3期目の国家主席に当選するはずである。憲法に任期の制限がなくなった以上、本人がやめると言わない限り、居座ろうと思えば対立候補が出て来ない限り、いつまででも国家主席でいられる制度となっている。言論・報道の自由がない社会では、対立候補など出ようにもなにも、虚空にこぶしを振り上げることしかできない。
プーチンに至っては「大統領の連任は2期まで」という憲法の規定はあれども、そこには「連任は一回だけ」とは書かれていないのをいいことに、すでに4年の任期を2度、つまり8年務めた後、いったん大統領職を辞して首相を4年務め、再び任期6年の大統領に当選して、今、その任期の2期目の途中にあり、来年の任期切れの時点では合計20年間、大統領職に在任したことになる。
これではあんまりだ、ということであろうか。ロシアの国会は2020年、憲法を改正して、大統領職の連任は1回だけ、つまり在任は12年間まで(それでも長いが)と決めた。ところがここで考えられないことが起きた。なんとこの改正は、「今後」、当選した大統領から適用されるという付帯決議がついたのだ。プーチンのこれまでの在任期間は計算外となった。つまりプーチンは来年また当選すればあと12年間、前後合わせて在任32年まで、大統領職に居座れるということになった。
なぜ両者はそこまで権力にしがみつくのか。もとより想像だが、自分が在任中にしたことを思い起こせば、権力を失ったわが身になにが襲ってくるか、恐ろしくて権力を手放す気には到底なれないのであろう。
しかし、法律的に長期居座りが可能となっても、あまりに長くなれば国民は飽きるだろうし、嫌気もさす。そこで彼らが考えることは自らにこれまでにない大きな勲章をまとうことだ。国民全員に幸福感を味合わせることが出来ればそれにこしたことはないが、「全員に」というのは難しい。唯一成功すれば効果があるのは、国民の民族主義、国粋主義を刺激することだ。
プーチンのウクライナ攻撃には2014年のクリミア奪取が忘れられない成功例であったろうし、習近平にとっては建国の父である毛沢東も、改革開放の総設計師である鄧小平も、ついに果たせなかった台湾に侵攻しての祖国の統一を完成することほど大きな勲章はない。
ウクライナを攻撃することも、台湾に侵攻することも、もし議会制民主主義が機能している国であれば、まず実行不可能なはずだ。しかし、権力を失うことを恐れる独裁者とその取り巻きが政治を牛耳っているところでは、どんなことでも起こりうる。台湾海峡が火を噴かないとは言えないと私が思う理由である。
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そこで始めの問題に帰る。米のバイデン政権は中國をOnly Competitorと位置づけて、中國と対峙している。もとより国際政治はいつどう変転するか分からないから、それを常に意識していなければならないのだが、米は当面、台湾海峡の安定も中国への半導体輸出の制限も全体的な対中政策の一部として扱うはずだ。
しかし、米のこの対中政策の枠組みと日本のそれは必ずしも一致しない。というのは、台湾海峡の安定は中國を抑えつければそれで保たれるというものではないからだ。
習近平にとって台湾統一は大きな勲章になるはずではあるが、同時にそれを獲得するまでの最大の障害は同じ中国人に向かって銃火を浴びせることになる点だ。「中国人不打中国人」(中国人は中国人を撃つな)は台湾海峡が緊張するたびに両岸から上がる民衆の声である。
米が台湾海峡の安定にコミットすることには、政権の暴走を抑える意味で両岸の民衆に支持される面があると同時に、半導体やら穀物輸入やら、その他の貿易摩擦との並列で台湾問題が扱われることには、中国の対立相手としての反発も生む。
台湾問題の最善の解決はいうまでもなく平和統一であり、その必要条件は中国が一党独裁をやめ政治を民主化することである。 中國の国民が民主より独裁を好むことはあり得ないし、民主に慣れた台湾の二千数百万人を独裁政治のもとに取り込もうとしても、外部からの押し付けでそんなことは不可能である。要するに、行きつく先は両岸の民主的統一以外にはありえないが、それには民衆の声が政府を動かさなければならないのである。
そこで米の中国政策の矛盾が障害になる。米の台湾政策が海峡両岸の当面の安全を守るのに役立つ一方で、それを含む米の対中政策が米中対立を激化し、大陸中國人の愛国主義を刺激することになっては元も子もない。
われわれはその兼ね合いを慎重に見定めて自身の立ち位置を決めなければならない。半導体輸出規制の問題に戻れば、これは世界の大国をもって任ずる米が中国の台頭を抑えようとする政策の要素がおおきい。とすれば、我々も自らの国益を第一に考えるべきだ。わが日本は国情から言って、こうした問題で米中どちらとも対抗するべきではない。同時に米中どちらの「大国主義」にも組する理由はない。
1月28日の中国『人民日報』(海外版)は「日本は中国の経済的脅威をネタになにを目論むのか」という評論を掲げて、日本をけん制している。むやみに周囲を気にする必要はないが、米に誘われればすぐに尻尾を振ってついてゆくように見られるのは、我々にとって気分のいいことではない。現政府の足取りになんとなく米のうしろをスキップしながらついていくような印象をもつのは私だけか。(230130)
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