米国大統領トランプ氏が、アジア諸国を歴訪した真の理由は何だったのか

著者: 岡本磐男 おかもといわお : 東洋大学名誉教授
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 米国大統領トランプ氏は、昨年11月に日本、韓国、中国、ベトナム、フィリピン等の5カ国を主要国とする多数の国々の首脳と会談するため旅行したが、その真の狙いは何だったのか。日本のマス・コミでは、一般に第1には対北朝鮮問題の対応について理解をえるためであり、第2には米国の対外貿易赤字の解消を協議するためであると報ぜられていた。この2点であることは理解できるが、その何れに力点がおかれていたのだろうか。 私は第1の北朝鮮問題との対応では、米国が北朝鮮に圧力を加えれば、北朝鮮はこれに応酬するように反応し、これによって情況の変化が常に生ずるから、各国に細かい状況をその都度報告せねばならないだろうから、実際上はかなり困難であり、そのため大筋の合意に止めざるをえないのであり、これによって米国の真の狙いは、第2の米国の貿易赤字の解決の方にあるとみていた。

 日本の安倍政権は、北朝鮮問題の対決にこそ力点があるとみて過剰なおもてなし作戦(例えばゴルフの接待)を実施し、さらに北朝鮮に対しては米国と同様に圧力を行使すると明言するのみで、韓国大統領のように(例えば北に対して食糧援助をするというような)柔軟な姿勢を示すことなく、あげくの果てには、米国の防衛産業から巨額の軍需品を買うことを約束させられた。このような対応で平和が維持されるのか懸念される。また韓国に対してもトランプ氏は軍需品を売ることを約束したようである。そしてこの限りにおいては、本サイトで他の筆者が指摘していたようにトランプ氏は、いわゆる死の商人としての役割を演じているといってよい。

 だが軍需品ばかりではない。現在の米国では、その他の商品、例えば自動車、鉄鋼製品、農産物等が過剰に生産されており、あり余っている。商品が過剰に生産されているのは、米国だけの話ではない。他の資本主義国(あるいはこれに準ずる諸国)においても商品が余っている。商品ばかりではなく、資本も余っている(資本の過剰生産=利潤率の低下として現れる)し、資金も余っている(資金の過多として現れる=利子率の低下として現れる)。それゆえに経済は活性化しないのである。資本主義国は常に自国の商品や資本を海外諸国に輸出することを、すなわち海外に市場を求めることを考えている。19世紀後半から20世紀半ばにかけての帝国主義の発展段階であれば、資本主義国=帝国主義国は武力で他の後進国・植民地の国々を脅かしつつ、商品や資本の輸出を図ったであろう。だが今日では先進諸国は武力をもって戦争をしかければ大変なことになることは自らがよく知っている。それゆえに平和裏に国内矛盾を解消する方策、例えば国内企業の多国籍企業等の方法によって解決を図っている。だが、資本主義国が相互に競争関係にあるかぎり国内矛盾が現存していくことは回避できないのである。米国の貿易赤字が拡大していくことは、それだけ米国の国力が衰退していくことを意味している。それゆえ、トランプ氏はこれを防衛しようとして躍起になっているのであろう。

 この点に関連して次の一点だけは指摘しておきたい。トランプ氏は、中国においては習近平主席との間で38兆円に上る米国製品の売却を約束できたといわれている。だが果たして中国人達がこれだけ巨額の米国製品、例えば自動車等を買いうるであろうか。新聞報道によれば、この点について具体例をあげて詳細を説明するということは、行っておらず多分米国の貿易赤字解消にはそれ程役立たないだろうといった推測を交えた解説をしているに過ぎない。やや不思議な話であるが今後の推移を見守りたい。

 北朝鮮のキム・ジョンウン政権は、資本主義国間の烈しい競争、抗争の関係をある程度認識していると思われる。テレビ報道などでは米国と北朝鮮間の緊張関係の高まりが伝えられ、一触即発の情況のごとくであるように解説されていることもあるが、私はキム・ジョンウンは意外に冷静で慎重なのではないかとみている。米国が核兵器の先制攻撃をしないかぎり北朝鮮から先に核兵器を使用することはありえないでだろう。それは、北朝鮮は、資本主義のような国内矛盾の発生する経済システムとは別の、矛盾が発生しないシステムとしての社会主義社会を構築しようとしているためであり、その理念は平和主義とならざるをえない、と私はみているためである。一発の爆弾で100万人も殺戮できるような武器の使用は社会主義の理念に反するだろう。この理念の基礎には、金日成時代からのチュチェ思想(主体性理論思想)がある。この思想はキリスト教ときわめて似通った思想であるといわれている。日本のテレビにおける北朝鮮問題の解説者や評論家からこうした解説がなされることは聞いたことがない。また彼等が社会主義についてよく知っているとも思われない。

 トランプ氏は昨年11月にアジア諸国歴訪の旅から帰国して、北朝鮮に対してテロ支援国家の再指定の措置をとり、その後数週間をへずして世界情勢を一段と悪化させる爆弾宣言を12月の上旬に行った。それは、エルサレムをイスラエルの首都であることを公式に認める、というものだった。私はこの宣言を聞いて、彼は世界平和を真に希求していないと感じた。同時に安倍政権はどうなるのか。安倍政権は、北朝鮮に対して核・ミサイル開発を進めるのは国連の安保理決議に違反していると述べて北朝鮮に圧力をかけるといってきたが、米国のエルサレム首都宣言も国連の安保理決議違反となる。それならば安倍首相は米国に対しても圧力をかけるというだろうか。言わないならば、安倍首相は北朝鮮問題にのみ世界平和を危うくする根因があると考え、その他の諸情勢を知らなかったことになり、視野狭窄と評されても仕方がないだろう。実際、同首相が米国のトランプ氏をこの点で非難することは日米同盟を最重要視するたてまえからありえないことである。

 全くトランプ氏が訪日したときにも見受けられたことだが、首相のあのような過剰なおもてなしぶりには違和感を感じた。私達の世代の者は第2次世界大戦において米国と戦ったせいもあって、いまさら米国と緊密な関係を保ちさえすれば、日本は安泰だと考える者は少ないが、70才代以下の人達には米国と友好関係を保ち核の傘にいて守って貰えさえすれば安泰だと考える人も少なからずいて中には日本が米国の50何番目かの州になり属国になった方が良いと考えている人もいるという。政治家の中にもそうした人がいるという。だが私達にはとてもそうしたことは考えられない。現在の沖縄県民も大部分の人達は苦しんでおり、米軍基地のある沖縄から米軍が帰国することを望んでいるであろう。日本人や米国政府によって支配されるさいには、米国企業(資本)によって無遠慮に搾取されたり、米国の政府によって収奪されたりすることは確かではあるまいか。

 トランプ氏のイスラエルによるエルサレム首都宣言に対して英国、フランス、ドイツ、中国、ロシア等の大国の首脳はいっせいに非難し、中東情勢の先行きの不安定化が懸念されているようである。それは、これら大国では政治家、知識人のみならず、一般大衆の間でもイスラエル、パレスチナの対立の歴史的経緯やユダヤ教、イスラム教、キリスト教の対立についてあまねく知られており、世界戦争の発火点になりうることが認識されているからである。これに対して視野が狭いと目される日本人の政治家達の中で、ユダヤ教やイスラム教の性格について知っている人物が何人いるか。多分いるとしてもごく少数にとどまると思われる。これによって世界情勢の推移について卓越した見解を持つ人物も少なくなる。

 見識のない人物が国会議員の選挙において有権者に国会議員として選ばれてくるというのは、日本人の有権者たる国民大衆自身の意識水準、知識水準が低いからである。私はもはや80歳代半ばを超えたのでいつ死んでもよいと考えているが、21世紀に生きるこれからの人は、ぜひ世界情勢についての健全な知識、透徹した常識をもち、第2次世界大戦当時のように謝った判断を下すことなく正しい道を進んでほしいと願う。現在は科学技術文明が極度に発展した時代となったが、同時に無意味な殺戮を可能とするような核戦争の発生可能性も皆無ではなく、これを回避するように最大限の努力を払わねばならぬためである。

 最後に日本の新聞、テレビのようなメディアが、世界情勢の知見を国民大衆に十分に伝えているか否か知的水準が高いかについて言及したい。この点では、私は必ずしも十分ではなく、とくにテレビは知的水準が低くなったと思っている。一般の国民大衆にとってはどうでもよいようなレベルの低い情報をくり返し与え、重要な情報は少ししか与えていないと思われることが少なくない。どうしてこうなるのか、権力側の干渉があるのかとも感じられるが、重要な情報を国民に供給することは国民の知的水準を引き上げる上できわめて重要なので、評論家の方々には、使命感と誇りをもって任務を達成していただきたいものである。かつてジャーナリストの大宅壮一氏は、大衆がテレビをみることによって一億総白痴化が進むと断じたが、決してそうならないように努力してほしいものである。日本でもすぐれた見識をもった政治家を育て上げなければ、今日の世界では国を危うくし不安定化する。と思われるためである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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