米国大統領選トランプ勝利に、この国の10年前を想起する

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授・早稲田大学客員教授
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かと 2016.11.15  アメリカ大統領選挙で、共和党ドナルド・トランプ候補が勝利し、次期大統領に 決まりました。隣国韓国では、朴大統領の統治の背後の闇が暴かれ、100万人の民衆デモ、かつて東アジア安定の基軸といわれた日米韓同盟に、深刻な亀裂です。浅井基文さんのサイトには、中国共産党系『環球時報』の11月11日付社説が紹介されています。曰く、「多くの国々及び地域がトランプの対外政策調整の可能性に対して不安を感じているが、日本及び韓国の焦りはことのほか突出している。安倍晋三と朴槿恵は急いでトランプに電話した。日韓当局が発表した通話内容は極めて似通っていた。すなわち、トランプは両国に対して同盟関係の強化を約束し、両国が米軍駐留費用を増やすことは提起しなかったというものだ。…安倍は電話する以外に、ペルーでのAPEC首脳会議に参加する途次にニューヨークに立ち寄り、トランプと会見しようとしている。安倍は恐らく、トランプに『朝見する』アジアで一番目の指導者となるだろう。本来であれば、日本はアメリカの次期大統領に対してかくも戦々恐々となる必要はない。しかし、中国と深刻に対立しているために、日本はわずかな外交上の独立性もそぎ落としており、アメリカの忠実な鞄持ちになる以外の選択はないかのようだ。現在の東京の外交的自主能力はマニラにも及ばない」と。これは、中国習近平政権の希望的観測でしょうか? 「また反日宣伝」と無視すれば済む、主観的願望でしょうか。

かと  韓国ではいま、朴槿恵大統領の退陣を求める100万人のデモで、政権が揺らいでいます。同じ中国『環球時報』社説は、「韓国の対米従属的性格もさらに強まっている。経済繁栄及び文化輸出を通じて民族的プライドを打ち立てた国家が今やアメリカの太ももにしがみついている。トランプがアメリカのグローバルな同盟システムを放棄することはあり得ない。なぜならば、それはアメリカが世界を指導する基盤だからだ。しかし、東京とソウルの戦々恐々の様子を見るとき、ワシントンが両国に大変な要求をかませる可能性はある。トランプが強硬に出るならば、日韓の足元はぐらつき、「投降」を選択し、さらに多くの保護費をホワイトハウスの新主人に支払う可能性がある。そのような場合、トランプの「新政」は「でたらめ」ではなくなり、彼の指導者としてのプレスティージには支えが得られることになる。商業的手腕に長け、他人の懐から如何にカネを引き出すかをもっとも心得ている不動産業の大統領が日韓に対してこのように荒療治を行い、彼の大統領としての手柄にしないとも限らない」と。これは、かつて100万人デモを軍の戦車で蹴散らした、中国共産党らしい見方です。確かにトランプは、在韓米軍駐留経費の負担増や対北朝鮮政策の見直し、日韓核保有までを、公言していました。ソウルのデモには、直接反米や反日のスローガンはないようです。しかし、自国の問題は自国民が決めるという民衆の意思表示としては、トランプを選んだアメリカ・ラストベルト地帯の白人貧困層とも似ています。たとえ、その選択が、いっそう厳しい状況に追い込むことになっても。

かと 日本でも、トランプの発言をまとめたサイトいくつか出来ています。事実認識・歴史認識の誤り、核兵器についての無知、人種差別・ヘイトスピーチ、デマゴギーだらけです。でも、どこかでデジャヴ(既視感)があります。ヒトラー、大本営発表まで遡らずとも、十年前なら、排外ナショナリズムとしてまともに相手にされなかった、この国のある種の言説に似ています。それが、いつのまにやら政権中枢に入り込み、広く蔓延し、メディアの世界では常識になっていったような……。二十年遡れば、自衛隊の海外活動も、日米同盟も、象徴天皇制さえ、議論の前提ではなく、公論に付される論題・争点だったのですが……。米ロ関係も、米中関係も、リセットされそうです。ヨーロッパでは、トランプ型の政治勢力が勢いを増すでしょう。私の情報戦の観点からすれば、ポリティカル ・コレクトネス敗戦であり、ルールなきボーダーレス多国籍エコノミーのもとでの、ボーダーフルな大国ポリティクスの復活です。ようやく道が拓けてきた、核兵器禁止条約COP22パリ協定への、大きな障害です。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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