米露の「頭越し外交」は世界を変えるか

--八ヶ岳山麓から(511)--

帝国主義戦争は20世紀とともに終わったと思っていたから、3年前ロシアによるウクライナ侵略が公然と行われたときには文字通り仰天した。しかも、今年に入ってアメリカのトランプ政権は、当事者不在の大国間の「頭越し交渉」という博物館行きの方法をもってその収拾を図ろうとしている。

東アジアに君臨しようとする中国は、これをどう見ているか。中国共産党準機関紙「環球時報」は、米露交渉の開始とともに、いち早く論評を掲載した(2025・02・19)。表題は「『頭越し外交(原文「越頂外交」)』に直面して西欧は破局をむかえるか?」筆者は董一凡氏、新疆大学政治・公共管理学院客員研究員である(「頭越し外交(交渉)」とは、 1972年2月のニクソン・毛沢東会談以来のなつかしい言葉である)。
ただし、董一凡氏の視点はアメリカと西欧(EU)諸国との関係におかれている。日本のメディアはウクライナがおいてけぼりを食らったとしているが、董氏は西欧(EU)も蚊帳の外に置かれたとみている。
ただし、中国は、「ロシアがウクライナに攻め込んだのは、NATOの東方拡大が原因だ、ロシアは加害者ではなく被害者だ」としてきたから、董氏はこの枠からはみ出さないように注意しながら論評している。以下はそのあらましである。

アメリカとロシアによるウクライナと西欧抜きの「頭越し外交」を、西欧諸国は、アメリカがロシアに譲歩し、西欧に「後ろ傷」を負わせるものと受けとった。西欧の目には、米新政権とロシアが「気脈を通じている」のは、間違いなく、西欧への裏切り行為に映る。また欧米の世論は、「西欧におけるアメリカの世紀」の終わり」とみなしている。ロシア側は米露主導の交渉に満足する一方、「西欧の交渉参加を拒否する」という考えを明確に表明している。
EU、NATOの首脳は2月17日、パリで緊急会合を開いた。ウクライナの独立、主権、領土保全の尊重を前提に和平を実現し、西欧の防衛能力を強化し、ウクライナへの支援継続については同意が得られたが、平和維持のためにウクライナに派兵するか否かについて意見の違いがあった。

しかし、アメリカ新政権は、伝統的な同盟国との協力を放棄し、代わりに「アメリカ第一主義」の観点から問題を見ようとしていることを、実際的な行動で証明した。その一方で、アメリカは、米露交渉開始と同時に戦争終結後、西欧に平和維持活動への派兵を要請したが、これは過去の欧米間の重要地域安全保障問題における共同出兵、利益分担の原則とは大きく異なり、漁夫の利をねらったものと受け止められている。
トランプ政権は、ウクライナへの軍事援助がアメリカの財政・国防資源から見て「底なし沼」であると確信している。これからすれば、アメリカがロシアとの交渉から西欧を外していることは驚くことではない。
そして、安全保障を常にアメリカに依存してきた西欧は、政治的に十分な団結力を持たず、ロシアとウクライナの紛争が始まって以来、経済的にも問題を抱えている。しかも米ロ交渉に影響を与えるような底力も資本もない。
アメリカ主導のウクライナ和平プロセスから西欧が排除されたことで、米欧関係ないしは西欧の安全保障に対する信頼と保証の根本が揺らいでいる。西欧はヨーロッパからのアメリカの撤退と脱出を受け入れ、「戦争でロシアを抑止する」という重荷をひとりで背負うか否かという課題に直面している。すなわち自身の防衛力を強化することで、安全保障問題についての発言権と主導権をもつ「自主的戦略」の道を探ることが急務となっている。

同時に、戦場でのロシアとウクライナの膠着状態を前にして、西欧は、いわゆる「正しい政治」という主張が本当に正しいのか、つまり、NATOの東方拡大と軍事的にロシアをつぶすことがイコール安全保障なのか、どんな犠牲を払っても経済援助をすることが可能なのかを考える必要がある。
西欧各国の内部矛盾が深刻な現在、米露の「頭越し外交」が行き詰まり状態を打破し、和平を求める声がいよいよ大きくなっている。だが当面は、自らに課した道徳的・原則的ジレンマに囚われ続け、経済・生活・発展の余地という点で、「大量出血状態」を続けるだろう。(董一凡氏の論評の要約は以上で終り)

董一凡氏は、ウクライナと西欧を無視した米露の交渉を伝統的な米欧関係の終り、新しい関係の始まりだという。ウクライナへの援助国としてはアメリカも西欧諸国も立場は同じだが、トランプ氏の意向によっては、西欧が交渉から除外される可能性がある。現にトランプ政権のロシア・ウクライナ担当特使ケロッグ氏は、交渉のテーブルに欧州の席はあるかと問われ、「ない」と明言した。

交渉は急速に進んでいる。アメリカのFOXニュースは18日、ロシアとウクライナの和平案を巡り、アメリカとロシアが「停戦」「ウクライナ大統領選」「最終合意」の3段階で調整していると報じた。しかも、その後トランプ氏はウクライナとの希少鉱物資源の取引がうまく行かないのにいら立って、ゼレンスキー氏を独裁者、成功しなかったコメディアンなどと罵倒し、支持者は4%しかない、戦争はウクライナにも非があると、プーチン氏に同調する姿勢を明確にした。
欧米間にこのように深刻な亀裂が生じたことは、プーチン氏だけでなく習近平氏にとっても喜ばしいことだろう。トランプ氏の関税攻勢を前にした習近平氏がプーチン氏とともにトランプ氏と組み、ウクライナと西欧に敵対するか、それとも距離を置くか、董氏はこれを論じてしかるべきだが、意識的に避けているようにみえる。

日本政府は、ロシアがウクライナ占領地域を奪取すれば、東アジアの力のバランスも動揺するとみて、トランプ米大統領の言動を警戒している。岩屋毅外相は、ミュンヘンでの国際会議で、和平交渉について「米国のリーダーシップには期待するが、ロシアが勝者になってはならない。中国のみならず世界に誤ったメッセージを送ることになる」と発言したという。
外相発言は矛盾している。トランプが交渉を主導したら、ロシアの勝利となり、核大国に小国が呑まれる結果となる。岩屋氏は西欧には交渉の席に着く権利があるとなぜ言わなかったのか。言えば日本の国際的権威が高まり、氏も男を挙げたのに。
これから何が起きるかわからないが、アメリカは「Make America GreatAgain」によって民主主義を共通の価値観とする国家群から出てゆく。伝統的な民主主義観からすれば、すでにトランプ政権はむき出しの極右である。このことは、トランプ氏が「皇帝」を気取っており、その閣僚がドイツの国政選挙に干渉して極右勢力を声援したことではっきりと示されている。(2025・02・21)

初出:「リベラル21」2025.02.27より許可を得て転載
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