習近平は北朝鮮の核ミサイル問題を解決できるか

――八ヶ岳山麓から(222)――

いいかげんな歴史認識
4月の米中会談のおり習近平中国主席はトランプ米大統領に、中国と韓国(コリア)の歴史について、「コリアは実は中国の一部だったことがある」と語ったと伝えられた(ウォールストリート・ジャーナル、2017・04・12)。
私はこれには驚いた。もちろん韓国の民間は色めき立ち、政府も反発した。だが米中両国政府とも習発言をはっきり否定しなかった。中国外交部報道官にいたっては、「韓国人はこれを心配する必要はない」という人を食った発言をした。私は、これを習発言が実際にあったことを示すものと受け取った。
漢王朝が紀元前後、朝鮮半島北半分を楽浪郡・帯方郡として支配したことはある。だが1259年モンゴルが高麗を征服し、20世紀初頭から1945年まで日本が植民地にしたほかに、朝鮮半島がまるごと外国の直轄領になった歴史はない。朝鮮王朝は、ベトナム・ビルマ・琉球などとともに明清王朝の冊封体制下にあったが、実際には独立していた。たぶん習近平は青春時代が文化大革命期に当り勉強する時間がなくて、ペキンの横町の老百姓(庶民)レベルの朝鮮認識しか持てなかったのである。
だが習発言は今日彼が考えているよりは、はるかに大きな重みをもっている。いいかげんな知識で朝鮮民族を見下してしまったのだから。

核心的利益はゆずらない
習近平の「中国の『核心的利益』を断固守る」という路線は、トランプの「アメリカ・ファースト」と一脈通じるものがある。習近平の「夢」はアジア、ひいては世界における覇者、アメリカと覇権を分かち合える国家であり、トランプは白人中心の強いアメリカの再構築である。
米中首脳会談においては、北朝鮮の核・ミサイル対策で「金王朝に最大限の圧力をかけるが、現体制はつぶさない」という方針で、習近平とトランプとは一致した。そこで習近平は北の核・ミサイル廃棄を請け負い、トランプはただちに貿易問題で譲歩し、中国を為替操作国とするのを中止した。
とはいえ、米中間には思惑において大きな違いがある。アメリカは、本心では北の体制崩壊を望むが、中国は本気で朝鮮労働党の一党体制を守ろうとしている。
その理由は、北の体制崩壊はただちに中国共産党の一党支配体制の危機をもたらすからである。北の金氏支配体制は中国にとって「核心的利益」である。
だから、人民日報の国際版環球時報「社評」は、アメリカが武力介入して北朝鮮の体制を崩壊させ、金氏王朝をつぶすことには反対して「米韓両軍が38度線を越えて北朝鮮に軍事進攻した場合は、中国はすぐに必要な軍事介入を行うべし」と主張した(環球時報2017・4・22)。ここが重要だと思う。
中国が北の核・ミサイル廃棄を求めるのは、北朝鮮の核保有によって、核不拡散条約NPTで保障された中国の核保有大国としての地位があやうくなり、同時に中朝両国が「血盟」関係からじょじょに敵対的に変化したいま、北の核とミサイルの開発は中国にとっても脅威となるからである。
過去、北の核実験は中朝国境から70キロという場所で行われ、核実験による地震で中国側の住民が逃げ出すという事態があった。そのうえずさんな核管理による放射能汚染も懸念材料である。
中国は韓国に対しても、その軍事力強化が中国の「核心的利益」の脅威になると判断すれば、友好関係という外衣をさっぱりと投げ捨て、断然強硬な対抗手段にでる。朴槿恵政権がアメリカのTHAADミサイル導入を容認すると、ただちに韓国からの輸入規制をおこない、韓流を排除し韓国への観光旅行を停止した。さらにはロッテグループがTHAAD配備用地を提供したことから、ロッテの菓子類への規制を強化し、老百姓にロッテ・ボイコットをやらせている。
こうして中韓蜜月時代は簡単に終った。このほど韓国大統領に就任した文在寅がTHAADミサイル維持やむなしとしたら、中韓関係のさらなる悪化は目に見えている。

南北分断こそ
朝鮮半島大衆の願いに反して、中国は南北統一を望まない。なぜか。
かりに北朝鮮主導で統一国家ができたとき、核と大陸間弾道ミサイルをもつうえに韓国の経済力をそなえた国家ができあがる。南主導ならば、鴨緑江・図們(豆満)江国境の中国の弱い腹部に、やがては中国よりは生活水準の高い民衆と民主主義政治の影響がおよぶだろう。
南北いずれの主導にせよ、統一国家は容易に中国のいうことを聞かない、完全な自立国家になるはずだ。そのうえ中国国内には、延辺朝鮮族自治州あたりを中心に統一朝鮮との統合を要求する動きが必ず生まれる。それは必然的に中国国内の他の少数民族運動を激励する。
だから中国にとっては、南北分断状態が好ましい。金氏一党支配のまま、緩衝国として北朝鮮を存続させ、中国主導で北の核を取り除いて骨抜きにし、北に改革開放路線をとらせられれば理想的である。

交渉相手をバカにしては
中国包囲網を築こうとした安倍政権の努力空しく、東アジアでの中国の急速な台頭とアメリカの覇権後退は否定のしようがない。だが中国がこの勢いで北の核・ミサイル廃棄をなしとげることができるだろうか。
中国首脳の意を受けた環球時報「社評」は、北朝鮮に対して「核とミサイル開発の一時停止から核の廃棄に進み対外開放の道を選ぶならば、中国が現体制を維持してやる」という論調で一貫している。
これだけでも北にとっては屈辱的なのに、中国はアメリカに尻を叩かれて「いうことを聞かないと食料や石油など戦略物資の貿易を制限し、経済の命脈を止めるぞ」と締上げる。
中国はこのように、朝鮮半島の両国とりわけ北朝鮮にたいしてほとんど外交儀礼を無視した威圧的言論を展開してきた。北が中国を名指しで非難し、「裏切り者」呼ばわりするのは自然のなりゆきである。5月14日中国が新たな世界秩序を構築しようとする「一帯一路」首脳会議開会の朝、金正恩がミサイルをぶっ放したのは、強烈な憤懣を爆発させたものである。
北朝鮮が求めているのは、中国の庇護ではない。完全な平等の中朝関係であり、アメリカとの直接対話であり、核兵器の保有が北朝鮮の絶対的独立を保証し、北が自由にふるまうことを国際社会が認めることである。
いままで内政の混乱から発言できなかった韓国も、これからは南北問題の当事者としてふるまうだろう。文在寅は蚊帳の外に置かれるのに甘んじることなく、米中露といった大国による問題解決を極力避け、主体的に北との直接交渉を追求するだろう。

いばらの道
中国は一時の成功によって自らを覇者と思いこみ、あまりに朝鮮民族の誇りを傷つけるふるまいにでた。裏ではどんな取引がされているかわからないが、表に出た限りでは、中国は北の反発によっていまや騎虎の勢い、降りるに降りられない状況に陥っているのではないか。
「金正恩は被害妄想だ」という米国連大使の発言があったが、アメリカの外交官がこんなことを言っているうちは何も生まれない。北朝鮮はせっせと核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイルの完成に精を出すだろう。そしてまた我々を震撼させるのである。
以前にも触れたが、中国が手を焼いているいま、結局はアメリカが北朝鮮に歩み寄って、韓国とともに北朝鮮と直接対話し、「核・ミサイル」と「米軍の朝鮮半島からの撤退」を材料に交渉することのほか道はないとおもう。それを軽佻浮薄のトランプ大統領のアメリカにできるか、これがまた大きな疑問である。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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