習近平政権が揺らいでいるという噂をどう考えるか

--八ヶ岳山麓から(534)--

この7月は参院選が戦われた一方、中国の習近平国家主席の権力基盤の弱体化説、健康不安説、さらには失脚説までがメディアに流れた。これは去年アメリカで第一期トランプ大統領時代の元高官が失脚説を言い出してからのように思う。いわゆる北京ウォッチャーやメディアがあげる根拠らしいものとして、5月末に習近平の父親習仲勲の記念館が「習仲勲記念館」ではなく「関中革命記念館」として開館したとか、習近平がブラジルで開かれたBRICSの首脳会議に欠席したことなどがあった。

なかでも極めつきは、中国共産党の権力そのものである中央軍事委員会7人のメンバーのうち3人までが失脚していることをもって習政権の揺らぎとするものであった。たしかに同委員の国防部長李尚福は23年に解任、ついで習近平が抜擢した苗華や何衛東が収賄容疑などで失脚し、習近平の代理人と言われた何宏軍・政治工作部常務副主任はすでに自殺したとかとも伝えられている。だから現在の軍事委メンバーは、習近平が主席、張又侠が副主席、委員の劉振立・聯合参謀長、張昇民・軍紀律検査委員会書記の4人であって確かに異常事態である。

だが、独裁者の周辺人物が失脚するのはしばしば起こる。側近は独裁者におもねり気に入るような報告しか提出しない。側近同士出世争いをして同僚を讒訴する。そこで独裁者はしばしば何が真実であるかわからなくなる。となれば、側近の追放や降格は独裁者につきものではないか。スターリンは同僚・側近のジノヴィエフ、カーメネフ、ラデック、ブハーリンと片っ端から殺した。毛沢東も革命の功臣劉少奇、彭徳懐、鄧小平らを投獄し一部は死に至らしめた。それでも権力基盤は揺るがなかった。恐怖政治とマインドコントロールされた大衆の支持があるからである。

習近平政権弱体化のうわさはくりかえされ、時間がたつうちに失脚は確実と考える人々が生まれた。そして習近平の後継者は誰かというところにまで来た。そのなかで特に目立つのは胡春華の名である。
胡春華は北京大学文学部を一番で卒業した秀才で、卒業後チベット自治区に勤務したとき当時チベット党書記だった胡錦涛に認められた。18回党大会で胡錦涛が党総書記を退職するとき、彼に推されて中央政治局委員(25人)・広東省党書記の職に就いた。胡錦涛は彼を中共政治局常務委員(7人)という最重要の地位にもっていきたかったのである。
ところが2022年20回大会で胡春華は習近平によって政治局常務委員どころか政治局委員から外され、ヒラの中央委員に落されて政治協商会議副主席という窓際に追いやられたのである。理由は胡春華に目立った落度はないから派閥闘争というほかない。

この胡春華を持ち上げるジャーナリストや北京ウォッチャーは多い。なかでも近藤大介氏は論評「習近平が3年前に貶めた男――胡春華がむくむくと復権中!」において胡春華復権論を展開した( 現代ビジネス | 講談社2025・07・01)。
氏はその証として、全国政協副主席(という格のひくい)胡春華が代表団を率いてナイジェリア、コートジボアール、セネガルを訪問し各国首脳部と会見したこととか、ベトナムの前国家主席チャン・ドゥック・ルオンの逝去に中国を代表してお悔やみを述べたこととか、さらに全国政治協商会議での胡春華の「雄姿」が中央テレビのニュースでも放映されたことなどをあげる。
さらに近藤氏は、「8月の『北戴河会議』で『胡春華待望論』が巻き起こって、秋の『4中全会』で『空席1名』の中央政治局委員に復帰を果たすか、もしくは(その上の)常務委員に2段飛びするかだ。少なくとも、そうした方向へ向かう『流れ』は感じる」とまでいうのである。わたしは確かな証拠が出ていない現段階では、胡春華復活の「流れ」を感じることは到底できない。

ところで、ここにいう「北戴河会議」とはなにか。それは毎夏避暑地「北戴河」で開かれる中共上層の非公式の「会議」のことである。党中央最高幹部だけでなく、引退した国家指導者や元老らも集まってあれこれの問題について内密の意見交換をする場である。
2022年10月の20回党大会前の「北戴河会議」では、習近平が前例どおり総書記を2期10年で引退するか、それとも異例の3期目も続けるかが議論されたらしい。ところが、それまでの10年間に一身に権力を集中した習近平は「やめるものか」と押し通したといわれている。そしてご覧の通り、党総書記と中央軍事委員会主席として3期継続が実現した。

当然、この8月の「北戴河会議」では、胡春華復活よりも習近平の「第4期」を認めるか否かで揉めるだろう。習近平が毛沢東同様の終身指導者をめざしているならば(その可能性は高い)、病気ではない限り4期目も「やめるものか」で押し通すだろう。
こう私が考えるのは、習近平は自分の後継者を決めてない、あるいは決めるのに反対だからである。「北戴河会議」などで、胡春華が後継者に決められでもしたら2027年で引退しなくてはならない。

話を元に戻そう。中国では大衆のマインドコントロールのために情報が操作されているといわれる。政府は都合の良いニュースしか流さない。とりわけ政界上層部は闇に包まれている。たとえば国家主席だった劉少奇はなぜ虐待死させられたか、毛沢東の後継者とされた林彪はなぜ亡命しようとしたか、毛沢東夫人江青がなぜ逮捕されたか、一般大衆つまり「老百姓」には何も知らされてはいない。そんな昔ではなくても2年前には戦狼外交の担い手李剛外相の行方不明、軍最高幹部の中央軍事委員3人の失脚、いずれも理由がわからない。かれらは霞のように消えた。

すでに習近平が実権を失っているなら、わたしは人民日報以下中国のメディアは少なくとも彼への誉め言葉くらいは変えるか、なくすはずだと思う。またメディアに登場する回数も減るはずだが、一向にその気配は見えない。8月1日もいつものよう環球時報には習近平のこんな言葉が載っていた。「私は確信する!我々の英雄的な軍隊には襲い来るすべての敵を打ち負かす自信と能力があると!」
いまのところ、習近平の政治基盤は揺らいではいない。もちろん万が一ということもあるから、一部の北京ウォッチャーの言い分を一概に否定はしないが、確たる証拠に裏打ちされない希望的観測に基づく話は、私には信じられないのである。
(2025・08・01)

初出:「リベラル21」2025.08.14より許可を得て転載
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