「革命3年後のエジプト」③
来る大統領選挙で当選・就任が確実なシーシ元帥は、どのような国家にエジプトを導こうとしているのだろうか。それは、3年前の「1月25日革命」で、国民が実現への明るい希望に燃えた自由、基本的人権、民主主義を犠牲にしても、安定した統治、平穏な社会を築くことに違いない。シーシと軍にとって、自由、人権、民主主義は、国家の安定・平穏に比べてはるかに優先度が低いのだと思う。シーシの高い人気度は、革命後の3年間でエジプト国民が経験した、一向に改善しない生活苦、就職難、治安の悪化から抜け出したい、「モルシでもシーシでも誰でもいい。昔のような貧しくても平穏な生活に戻りたい」(貧しいカイロ郊外の住民の言葉)という多くのエジプト人の率直な期待に応えているともいえる。だが、強権を握るシーシの統治が、その期待を実現できるのか、自由、人権、民主主義を犠牲にして、平穏な社会を作れるのだろうか。それを考えるうえで、シーシと軍が支配したクーデター後の暫定政権がやってきたことが手掛かりになるだろう。その一つが、ムスリム同胞団への徹底的な弾圧と、リベラルな若者たちへの容赦ない攻撃だ。
▽軍、司法機関、警察総動員で同胞団弾圧
クーデターと同時に始まった同胞団への流血の弾圧は、国際社会の厳しい批判を“なりふりかまわず”無視した、エジプトでは前例のない大規模で過酷なものだった。なぜ、シーシが指揮する軍と司法機関(裁判所・検察)、内務省傘下の治安警察は、そこまで徹底的に弾圧したのか。それは同胞団が、民主的な選挙でモルシ大統領の政権を実現した政治的力量を持ち、メンバー100万人を超えるエジプトでは唯一の強大で、強固な政治的宗教組織だからだ。軍と警察内部にもそのメンバーが増えており、中途半端な弾圧ではクーで奪った権力を取り返され、軍、裁判所と検察当局、内務省と治安警察まで同胞団に支配されてしまうことを、シーシ以下の軍も、司法・治安機関も恐れていた。
同胞団弾圧には、武力とともに、あらゆる法的、行政的手段が動員されたー
1. ムスリム同胞団の中央、地方の主要幹部をはじめ、同胞団メンバーと支持者数千人を逮捕、投獄した。同胞団の本部や地方支部の建物を閉鎖した。同胞団と関係団体の資産、幹部572人の個人資産を差し押さえた。大多数の逮捕者の氏名と容疑は明らかにされず、法に反して処分未定のまま、2014年になっても拘留され続けた。
2. クーデターとモルシの拘禁に抗議する同胞団とモルシ支持者の平和的なデモ、座り込みに対して、治安警察は大部隊、大型車両を動員。放水、催涙弾から実弾射撃まで行使して強制排除、8月15日までにモルシ側の約1,400人が死亡した(国際アムネスティの報告)。その後も抗議デモや座り込みは全国で続いているが、そのつど治安警察の攻撃で、デモ側に死傷者が続出した。
3. 司法当局は、モルシと同胞団最高指導者のバディーエ以下の主要幹部、カタトーニ前国会議長ら36人を4件の罪状で起訴した。モルシの罪状は、①殺人を含む暴力の扇動②外国テロ組織との共謀、資金や訓練支援、外国への国防情報の漏えい③脱獄とそのさいの殺人④再開発計画に関連する不正行為。①②③の最高刑は死刑。暫定政権は、最高刑が死刑または終身刑の犯罪容疑者を無期限に拘束できる法を施行した。
4. 暫定政権は11月24日、抗議行動や集会、デモを警察が恣意的に禁止し、違反者を逮捕、投獄し、罰金を科せるデモ規制法を施行した。
5. 暫定政権は12月25日、ムスリム同胞団を「テロ組織」と公式に指定、「テロ組織への所属、あらゆる活動、資金提供、活動支援は処罰される」と発表した。国際アムネスティは「エジプトでは、大規模な弾圧を正当化するために“テロとの戦い”という用語が使われている」と批判した。
6. クーデターと同胞団への弾圧を批判した国内、国外の報道機関を閉鎖し、ジャーナリスト数十人を逮捕した。うち、中東で最も視聴者が多い国際的衛星TV局アルジャジーラ(本社はカタール)のファハミ支局長を含むカイロ支局メンバー9人と協力者11人(うち外国人4人)は起訴され、裁判が2014年2月20日から始まった。エジプト人被告の起訴罪状は、「テロ組織に所属」と「国家の統一の団結と社会の平穏を害した」など。ファハミ支局長ら外国人4人の罪状は、起訴されたエジプト人たちへ資金、資材、情報の供与と虚偽のニュースを世界に放送した罪など。
▽リべラル派も弾圧
軍と暫定政権の弾圧は同胞団にとどまらず、リベラルな若者たちや人権活動家たちに向けられるようになった。
12月22日、カイロの裁判所は新たなデモ規制法に基づき、「1月25日革命」を先導した若者組織「4月6日運動」の指導者マーヘル、アデル、ドウマの3人に対し、違法なデモを組織し、参加したなどの罪状で重労働3年、罰金5万ポンドの判決を下した。マーヘルは革命を象徴する若者として世界に報道された人物。「4月6日運動」は同胞団とは全く逆なリベラル派。今年1月に制定された新憲法の案文の、軍事裁判で民間人も裁くことを可能にした条項に抗議して、無許可でデモを決行した。
1月5日には、裁判所が著名な人権活動家ファタ、セイフほか10人に対し、放火の罪で1年の投獄刑(執行猶予1年)を判決した。被告たちは、マーヘル同様の無許可デモを組織した罪など別の3件でも裁かれており、別件で有罪になれば執行猶予が取り消され、刑期が加算されるという。被告たちは11月に逮捕されて以来、3月初めまで、接見禁止のまま拘束が100日を超え、抗議行動が拡がっている。ファタはナセル主義者、左派とされ、同胞団とは対立するリベラル派だ。
このようなリベラル派への容赦ない弾圧は、間もなく発足するシーシ体制の、自由と人権に対する姿勢を予想させる。(続く)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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