2024年7月1日 ●6月はじめは、私にとってはドイツに次いで海外で身近な国、メキシコ大統領選挙とインドの総選挙がありました。メキシコでは初の女性大統領が誕生し、インドでは事前の予想に反してモディ首相の与党が大幅に議席を減らし「世界最大14億人の民主主義」の面目を保ちました。両国に友人や教え子の多い私にとっては、嬉しい結果でした。ただし本HPトップは、8月刊行予定の小河孝・加藤哲郎・松野誠也共著『関東軍軍馬防疫廠100部隊――戦争と獣医学』(仮題、花伝社)編集過程で、「旧隊員の遺言」によると称する「匿名読者」による情報提供の投稿があり、その第3信・第4信との対話編として「旧隊員遺品資料の全面公開を!」の呼びかけにしました。その後第5信はなく、また新著の校正も進んでいますので、本HPトップは、通常スタイルに戻します。
● 7月は6月以上の選挙ラッシュです。7月5日にイラン大統領選の決選投票があり、日本の天皇が公式訪問したばかりのイギリスでは、7月4日投票の総選挙です。与党保守党の敗北と労働党への政権交代の可能性が高いといわれます。フランスでは、パリ・オリンピックを前に、マクロン大統領が欧州議会選挙での極右の台頭に対抗して、国民議会の解散・総選挙に突入です。イギリスと同様に、移民受け入れの問題が、争点になっていますが、マクロン与党の敗北の見通しが濃厚です。アメリカ大統領選挙は11月ですが、6月末のバイデン対トランプのテレビ討論会でも、国境と移民の問題は大きな論点でした。もっとも4年前と同じ候補者ですから、討論会の焦点は、81歳現職対78歳前職の「老老対決」のパフォーマンスに当てられました。案の定、81歳は年齢相応のミスを重ねて、世論調査では圧倒的にトランプ勝利でした。ニューヨーク・タイムズは、民主党のバイデンに立候補辞退を促す社説を載せました。世論調査で7割が候補者差替えを望んでも、バイデンが降りない限り、民主党候補は変わりません。権力にしがみつく現職の強みです。そうした世界の流れのなかで、かつて日本でも岸田首相による解散・総選挙がささやかれていましたが、実際には自民党の裏金問題がうやむやにされて国民に見放され、内閣支持率は10%台まで下落して解散もできず、9月の自民党総裁選挙まで、党内抗争が渦巻く低空飛行が続きそうです。
● そのため、7月7日投票の七夕東京都知事選挙が、この国のマスコミでは、欧米の国政選挙に代位する政治決戦と位置づけられました。ただし、政権与党の自民党・公明党は候補者を出さず、現職小池知事三選の後方支援にまわりました。対する野党は、立憲民主党の蓮舫参院議員が、離党した上で野党共闘のつなぎになるべく対抗馬となりました。ただし「オール都民連合」を作る前に、党内矛盾をかかえた共産党が政策協定もなしに蓮舫支援にしゃしゃり出て、労働組合連合東京が小池支持にまわるなど、無党派層の多い都民、特に若者の支持を広げるためには、やや稚拙な前半戦になりました。無党派層では、現職小池が3割、若くてSNSを駆使する石丸候補が蓮舫に匹敵ないしそれ以上の支持獲得という報道もあり、「若者支援」は、若者自身の運動・活動にならないと難しいようです。アメリカ・イギリス・フランス選挙ほどの華々しさはなく、1ドル=160円まで下落した円安のもとで、世界の注目度も高くはありません。世界146カ国中125位というジェンダーギャップ指数、とりわけ低い女性政治家比率の世界で、女性が首都東京の知事になりそうなことが、注目点のようです。
● 1ドル=160円は、1986年12月以来、37年半ぶりだとのことです。もっともそれは、80年代前半200円以上であったドルが、85年9月のプラザ合意で円高・ドル安に誘導され、88年には120円までドル安になる過程での一コマでした。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が語られ、バブルがはじける前の日本経済には勢いがあって、家電のみならず自動車でも半導体でも世界をリードし、95年の1ドル=79円まで、円高・ドル安基調が続きました。私は実は、1986年12月はアメリカ滞在中でした。1ドル=160円は、1ドル=360円の固定相場制から1973年に変動相場制に移行し、ベトナム戦争でのアメリカ敗北と日本経済のグローバル化に伴う円高が、ついに160円まで来たかという感慨であり、翌87年10月のレーガン政権下のウォール街株価暴落「ブラックマンデー」にあたっては、日本企業がアメリカ経済を救ったとさえいわれました。つまり、同じ1ドル=160円でも、円高進行途上での160円は、世界から見放された37年後の衰退期の円安160円とは、真逆の流れだったのです。
● この37年間の流れは、日本経済の体力衰退の証しです。ですから、日本資本主義そのものの体質を変えない限り、国際競争力はますます低下し、1ドル=200円も遠くはありません。しかし、後半10年余の責任は、明確です。アベノミクスと称した政府・自民党の経済政策と、それに追随した財務省・日本銀行の金融政策がもたらした災禍です。安倍晋三の誤診を真に受け、治療方法を誤ったツケが、現在の1ドル=160円です。思えば円高の最高値1ドル=79円の1995年が、日本における非正規雇用増大のきっかけとなる、経団連(当時の日経連)「新時代の日本的経営」が提言された時でした。以後、日本の労働者の実質賃金・可処分所得は上がることなく、産業技術と企業経営のイノヴェーションも進まないまま、冷戦が崩壊してBRICS、なかでも中国・インドの台頭などで多極化した世界から、取り残されてきたのです。
● 東京都知事選の選択は、都民のみが有権者ですから、もとより国政の行方を決めるものではありません。9月の自民党総裁選で不人気の岸田首相が退陣しても、看板替えのみで基本政策は変わらない、昔ながらの自民党内政権交代の可能性が強いです。公明党や日本維新の会の入る与党連合の再編はありえますが、基本政策の変更にはならないでしょう。安全保障や改憲では、岸田内閣以上に保守色が強まるでしょう。だとすれば、自公連合に対する野党連合が、「失われた30年」を真摯に認めて、日本資本主義をよりましなかたちで再建する対抗政策を提示し、2025年10月までには確実な、次期衆議院選挙で勝利する必要があります。その政権交代の準備が整っているかというと、理論的にも政策的にも、おぼつかない現状です。かつてはこういう時に裏方で理論的力を発揮した日本共産党の衰退と高齢化・自閉もあり、出口の方向性と政権イメージが見えません。ウクライナやパレスチナの戦争への政策は、国際社会の中での日本の役割がここまで小さくなると、たとえ政権交代があっても、実効的影響力はないでしょう。ロシア・中国・北朝鮮を安全保障の脅威と見る世論が強い中で、野党の政策調整は容易ではありません。
● 総選挙が2025年までないのであれば、野党が積極的に、争点を提示し設定すべきです。沖縄基地問題、原発再稼働、消費税率などでの合意が難しいのであれば、例えば24年12月2日には発行が停止され、マイナンバーカードに置き換わるという現行健康保険証をどうするのかという具体的問題で、野党の政策調整を試みたらどうでしょうか。デジタル庁が推進し、補助金まで出して普及しようとしているのに、「マイナ保険証」の利用率はまだ6.5% 、あと半年で置き換わる見通しはほとんど立っていません。立憲民主党は健康保険証の延長法案を準備しています。これを今から政権交代のための争点とし、若者も共感できる国民運動を組織できれば、自民党総裁選にも間接的影響を及ぼすでしょう。あるいは 大阪万博をどうするかでもいいでしょう。膨大な経費膨張と建築工事の遅ればかりでなく、メタンガス爆発事故や猛毒ヒアリ550匹出現のニュースが続いて、こどもたちの無料招待にも不安を感じる人々が増えています。こうした国家的イベントを中止したり延期したりする勇気と決断力を、子育て支援や授業料・奨学金返済免除等の生活援助に結びつけ、自公政権に代わる新政権発足の目玉とするような、構想力が求められます。SNSを駆使してメディアを巻き込み、若者たちの声と運動にし、総選挙の大きな争点にしていくような、社会運動のヴァージョン・アップが求められています。若者たちに期待します。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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