――八ヶ岳山麓から(464)――
はじめに
3月24日、フィリピン政府は、23日午前、軍事拠点がある南シナ海スプラトリー諸島のアユンギン環礁(セカンド・トーマス環礁)に向かっていた補給船が、中国海警局の船から放水砲を受け、けが人が出たと発表した。3月5日以来の衝突である。
先の衝突では、アメリカ国務省はフィリピンを擁護し、韓国も中国を批判した。もちろん中国外交部はこれに反発して「アメリカはしばしば『米比共同防衛条約』を盾に中国を脅し、フィリピンを後押ししている」と非難した。
注)中国は南シナ海全域をいわゆる「九段線」で囲み自国領としてきたが、2017年現在では、この海域の珊瑚礁をベトナムが22ヶ所、フィリピンが8ヶ所、中国が7ヶ所、マレーシアが5ヶ所、台湾が1ヶ所を実効支配している。
アユンギン環礁は中国のほか、台湾やベトナムも主権を主張している。1992年中国が建造物を造成したが、1999年フィリピンは古い軍艦を座礁させ兵員をおいて中国の動向を監視している。この環礁は、30トンの船がラグーン(礁湖)に入ることができるという。
南シナ海概念図
フィリピンは、日本同様アメリカと相互防衛条約を結んでいたが、憲法の原則に従って、1991年に米軍スーピック基地とクラーク基地を撤去させていた。だが南シナ海の緊張が高まると、1998年2月米軍の再駐留を認め、アメリカとの結びつきを強化した。しかし、その後も、中国と、フィリピン・ベトナムなど南シナ海諸国との領土争いはつづいている。
この30年を振り返えると、1995年南沙諸島(スプラトリー諸島)のミスチーフ環礁事件がおきた。フィリピンは、ミスチーフ環礁に中国が構造物を建設したのを発見して抗議したが、中国は応じなかった。この事件では、解決に苦しんだフィリピンは軍事的対応を避け、問題を公開して国内外の世論を高め、国際法で対抗しようとした。
2012年、フィリピンのルソン島の西約230キロメートルの、フィリピンの排他的経済水域 (EEZ) 内に位置するスカボロー環礁(黄岩島)で、フィリピン海軍が中国漁船船長を射殺するという事件が起きた。中国は海警船を派遣して環礁の入口を1ヶ月間封鎖した。これによって緊張が高まったが、外交努力によって衝突の拡大は避けられた。
画期的だったのは、2013年4月フィリピン政府が領海問題解決のため国連海洋法条約の仲裁裁判所に提訴したことである。
訴えは、①中国が主張する九段線内には中国の「主権と海域境界」は存在せず国連海洋法条約に違反すること。②その地形が国連海洋法条約にいう、人が住めてEEZや大陸棚を形成する「島」ではなく、単なる「岩礁」か、満潮時には海に沈む「低潮高地」である、「島」でなければ、中国の排他的行動は許されない。③中国によるサンゴ礁の破壊などは国連海洋法条約のいう海洋環境の保護に違反する、というものであった。
2016年7月仲裁裁判所は中国が南シナ海を囲い込んだ九段線を否定する「判断」を下した。もちろん中国はこれを拒否した。仲裁裁判所の「判断」は、『国連海洋法条約(UNCLOS)』を含む国際法に違反し完全に不法であり、無効だ。領土主権を守るという中国の決意を揺るがすことはない」と強調し、「紙くず同然」とした。
米中の間で
スカボロー事件の後、フィリピンは沿岸警備隊(海上警察)を増強して中国に対応した。中国もあらためて海警局を設立し、2021年に武器使用を可能とする海警法を施行した。これに対して、フィリピン政府はもちろん日本政府も「海警法が国際法に違反する形で運用されることがあってはならないと抗議した(茂木外相2021・01・29)。
当時、フィリピン・ドゥテルテ大統領の対中国外交は大いに動揺した。彼は従来の外交方針とは逆に「仲裁判決を無視する」と発言したり、スプラトリー諸島のリード礁で中国船の当て逃げ事件が起きても軽視したりしたが、しばらくすると、国連総会では対中国強硬発言をしたのである。
フィリピンの大統領が反米傾向の強かったドゥテルテから親米派のマルコス・ジュニアにかわると、中国は海警船が放水砲をフィリピン船舶に発射したり、軍艦がレーダー照射するなど、強硬な対応をするようになった。
だが、フィリピンは日本同様、中国が最大の貿易相手国であり、経済成長を維持するためには中国との関係を悪化させるわけにはいかない。ドゥテルテ政権のぶれ方も、経済成長のためには中国からの投資が必要だったからといえるかもしれない。
マルコス大統領も2023年1月には訪中し、228億ドル(約3兆円)の投資を誘致するなど、十数の合意事項を共同声明として発表している。そして、こんどは半年もたたないうちに訪米してバイデン大統領とワシントンで会談し、中国をにらんだ相互安全保障の強化を確認しあった。
衝突回避のために
思えば、アメリカは平和と安全を損なういかなる現状変更にも反対といいながら、中比問題では南シナ海の「自由航行」のためという軍艦航行以上の行動をとったことはない。そのなかで、フィリピンはアメリカと同盟関係を維持しながら、中国との軍事衝突を避ける外交努力を続けている。
このようなフィリピン外交について、昨年まとまった見解を示したのは、日本共産党平和運動局長の川田忠明氏の論文「フィリピンの南シナ海における対中政策」である。
川田氏は「米比相互防衛条約をめぐるフィリピン側の議論で興味深いのは、主観的な予測にたった『抑止力』よりも、武力衝突への対処という現実的な問題により重点がおかれていることだ。不安にとらわれつづける『抑止力』論からは、外交は生まれない。最悪の事態への対処とその事態を未然に食い止める努力を区別してこそ、後者=外交の戦略が可能となる」とフィリピン外交を肯定的に評価している(共産党理論誌「前衛」2023・04)。
行きあたりばったりの日本外交
フィリピンは、首脳部が頻繁に中国を訪れ、軍事衝突回避の努力を続けながら、なお主権を守るという原則を貫いている。これにひきかえ、わが日本には、中国という経済・軍事大国とどう向き合うかという戦略がない。その外交は行きあたりばったりである。
中国は、南シナ海の軍事基地を着実に拡大し、実効支配域を拡大強化している。台湾・金門島海域で中国による攻勢や、尖閣諸島周辺の接続海域への中国海警船の90日をこえる連続航行=常態化もこの流れの中にあると考えなければならない。
アメリカは、オバマ大統領時代に尖閣諸島を日米安保条約の対象としたが、あまり頼りにならない同盟国である。日本は、尖閣問題ではこのアメリカを頼りに軍事力の強化に傾斜している。だが、いまは実力行使の回避を含めた対中国外交の戦略論を急がなくてはならない時期だと思うが、どうだろうか。 (2024・03・25)
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