荒れる南シナ海――中・比対立激化

――八ヶ岳山麓から(456)――

これまで
 昨年フィリピン大統領が、ドゥテルテ氏からフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏に代わってから、南シナ海の環礁領有をめぐる中国との摩擦が激化している。
 ご存じの通り、中国は南シナ海の90%を自国領だと主張している。これに対して、2016年フィリピンが中国を相手に提訴した裁判で、ハーグの常設仲裁裁判所は中国の主張に法的根拠がないと判決した。ところが中国政府はこの判断を認めず、王毅外相は「紙くず同然」と、判決をまったく無視する発言を行った。

南シナ海の衝突
 2月6日、フィリピンは沿岸警備艇が中国海警船からレーザー光線の照射を受けたと発表した。8月8日、中国海警局は南シナ海(南沙諸島=スプラトリー諸島)の仁愛礁(フィリピン名アユンギン礁、英語名セカンド・トーマス礁)付近で座礁軍艦「シエラマドレ号」への補給任務を遂行していたフィリピン船に警告を発し追尾した。
 座礁軍艦はフィリピンが領有権を主張するための拠点として、1999年に意図的に座礁させたもので、フィリピンは中国のたび重なる撤去要請を拒否している。これに対して、中国は8月5日に補給任務を行っていたフィリピン船に放水砲を使用した。フィリピン側は損害が出たと主張している(ロイター2023・09・08)。
 10月22日、フィリピン政府はさきの座礁軍艦に向かっていた補給船が同日、中国海警局の艦船に行く手を阻まれ、衝突したと発表した。フィリピン政府は「挑発的で無責任な違法行動で乗組員の生命を危険にさらした」と強く非難した(共同 2023・10・22)。
 これに対して中国政府は、いずれも自国の海域に侵入した船舶に対し、「取締措置」と称するものを実施しただけとしている。

バイデンの警告
 フィリピン政府によると、中国の退役軍人や漁民らで構成する武装漁船団「海上民兵」の船135隻以上が集結したこともあり、フィリピンは、南シナ海の海上と空域で、アメリカやオーストラリアと合同パトロールを行った。最近のニュースではフィリピンは、この合同パトロールを強化するとしている。
 バイデン米大統領は10月、中国とフィリピンの船舶が衝突したのに対して、南シナ海でフィリピン側に対して何らかの攻撃があった場合、アメリカはフィリピンを防衛すると中国に警告した。

中国の言い分
 中国はバイデン発言に強く反発し、環球時報は「中国海警船が使ったのは大砲ではなく、放水砲である」という論評を掲載した(2023・12・20)。筆者は寧波大学東シナ海研究所特別研究員の郁志栄である。郁氏は、中国がフィリピン補給船の行く手を妨害した事実を認め、正当な行動だと主張している。
 また事件後、フィリピン政府が欧米諸国とともに中国海警艦の行動を「危険行為」と非難したこと、さらにフィリピン外務省が「中国海洋警察による『放水砲』の使用は国連海洋法条約と南シナ海仲裁裁定に違反し、フィリピンの主権的権利と管轄権を侵害するものだと述べた」ことに対しても強く反発している。
 「今年4月以来、フィリピンは米国の支持を後ろ盾にして、中国南沙海域の『仁愛礁』で不法にも『浜辺に座礁している』軍艦に補給するため、建築資材を輸送する補給船を繰り返し使用し、崩壊寸前のこの老朽化した軍艦を再生させ、さらには南シナ海の島々や岩礁を侵犯するための恒久的な拠点にしようと試みている。これに対し、中国海警は『放水砲(原文「水砲」)』を使って追い払ったのである」
 さらに郁氏は「放水砲」の使用が正当なものだと強調する。
 「中国海警が違法補給船を追い出すために「放水砲」を使用したことが国連海洋法条約に違反しているというフィリピンの非難は、全くの出まかせであり根拠がない。中国海警が放水砲を使ってフィリピンの違法運搬船を駆逐したのはすべて南シナ海全体の情勢を安定させ、最大限の自制をもって行われたものである」
 「中国海洋警察による輸送船追放のための放水砲の使用は、南シナ海におけるわが国の海洋権益を守り、フィリピン側の法律違反を防ぐための正当な手段であり、何の罪になるのか。現実に、『放水砲』は各国の海洋警察の常套手段である。臨海各国の海洋警察は、関連する法律に従い、管轄海域の海上秩序を維持する職責があり、海上行政管理、海上治安、海上保衛、海上権益の執行などがある。このためほぼすべての国の海洋警察法執行船とその職員は武器を装備している」
 郁氏は、韓国と日本の例を挙げて、「韓国海洋警察の取締船『李清好』号には、射程距離200メートルの消火・鎮圧用『放水砲』が特別装備されており、日本海上保安庁の6,000トン級の大型巡視船にも『放水砲』6門が特別装備されているではないか」「『放水砲』は高圧の水で標的の船や建築物を攻撃するが、要員は船室内にいるため、人に大きな損害を与えない」
 というわけで、「放水砲」は、侵入者に対する「防御」あるいは「警備」の手段である。陸上で警察が暴徒を鎮圧するために使用する高圧放水砲のようなものだというのである。

おわりに
 郁志栄氏は、フィリピン補給船の行動、あるいは漁民の操業を政府に反抗する暴徒と同じものと見なしている。スプラトリー諸島を自国領だとしているのだから当然の言い分ともいえる。だが、中国はフィリピンに厳重な警告をしただけのことだと、ことを小さく見せようとしている。そのうえで、フィリピン政府に対してアメリカの挑発に乗って中国・比関係を緊張させてはならないともいう。
 だが、フィリピンは近年、軍事的な対米依存を強めている。2012年に米軍を撤退させたクラーク空軍基地への米軍再駐留を認め、台湾有事を想定した軍事的ガイドラインをアメリカと結んでいる。フィリピンだけではない。ベトナムも中国との領土争いに備えて、日本から巡視船6隻の無償供与を受けている。
 郁氏は、さらに警告の方法として放水砲を使用したことに関連して、放水砲は武器ではない、武力行使未満の非致死性の鎮圧用の装備品であると、しきりに強調している。
 中国は、フィリピンと武力衝突は避けたいというシグナルを送っているのであろう。だが、中国が従来の領土政策を続け、マルコス・ジュニア大統領がフィリピンの主権を守ろうとする限り、両国関係はこれからも緊張することは間違いない。
 日本が警戒すべきは東シナ海が南シナ海化することである。NHKによると、2022年だけでも、中国海警局の船が領海に侵入したケースは28件、接続水域を航行した日数は、過去最多のあわせて336日にのぼった。いったん領海に侵入したあと、領海内にとどまる時間も増えているという(2023・06・02)。
 海上民兵を乗組員とした大量の漁船が尖閣海域に出現したとき、また、これに絡んで中国海警船から巡視船への放水攻撃があったとき、日本政府はどう出るのだろうか。小型漁船に放水するならともかく、大型の巡視船には大した効果がないことは明らかだが、その政治的外交的意味は大きなものである。            (2023・12・27)

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