八ヶ岳山麓から(551)
アメリカは1月3日電撃作戦によってベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を拉致し、麻薬密売などの罪状でアメリカの法廷に引き出した。事件と同時に、これが正当化されるなら、ロシアのウクライナ侵攻も中国の台湾侵攻も正当化されるという非難の声が上がった。だが、マドゥロ氏が独裁者だったというアメリカ側の主張に非難はやや低調になった。
トランプ氏は記者会見で、麻薬や合成麻薬フェンタニルの入り口となっているメキシコについて、「カルテルがメキシコを運営している」 「我々が何か手を打たなければならない」と語った。コロンビアのペトロ大統領を「コカインの製造とアメリカへの販売を好む病んだ男」と評し、「(政権は)もう長くは続かない」と述べ、記者団から(これらの国を)攻撃する可能性を問われると「いい考えだ」と答えた(毎日2026・1・7、APほか)。
奇襲作戦直後からトランプ氏は、ベネズエラ前大統領チャベス氏による石油産業の国有化を非難し、アメリカ資本による油田再建に言及していた。それにベネズエラ石油は、反米のキューバや中国に輸出されてきた。ならば、奇襲作戦の目的は麻薬撲滅よりも、世界有数の埋蔵量を誇る石油利権の獲得かと思われた。
ところが、ベネズエラ奇襲作戦は、中国に中南米から手を引けというシグナルにもなっていたのだ。中国のベネズエラを拠点とする中南米への貿易・投資は急速に増加している。中国の直接投資残高と協力プロジェクト出資総額は、2024年までの10年間に約6000億ドルに達した。現在、中国はアメリカに次ぐ第2位の投資国である。
中国と中南米の貿易総額は、2003年の29億ドルから2018年には約105倍の3074億ドルに達し、2025年統計では前年比6.5%増加した。中国はアメリカに次ぐ第2位の輸出相手国となっている。
1月3日の記者会見で、トランプ氏はベネズエラ大統領奇襲作戦を正当化したのち、「モンロー主義は重要なものだ。しかし、我々はそれをはるかに大きく超えている。今は(ドナルド・トランプとモンローを併せた)ドンロー主義と呼ばれている」とし、そのうえで「西半球におけるアメリカの支配力は二度と疑問視されることはないだろう」と語った。
モンロー宣言は、1823年第5代のジェームズ・モンロー大統領が米欧両大陸の相互不干渉を提唱したものである。1904年第26代セオドア・ルーズベルト大統領はそれまでの孤立主義を変更し、「ルーズベルト・コロラリー(補論)」を打ち出し、中南米支配のためには軍事介入も辞さずとして「棍棒外交」を展開した。
トランプ政権は既に、昨年12月までに策定した「国家安全保障戦略(NSS)」の中で、西半球に対してドンロー主義を再確認して実施するとした。目的は、「西半球におけるアメリカの優位性を回復する」ことであり、「西半球外の競争相手がこの地域に軍事力やその他の脅威を及ぼす能力を配置したり、戦略的に重要な資源を所有したり支配したりする能力を否定する」こととした。中国メディアはNSS発表以来、これに注目し批判してきた。
トランプ氏は米中貿易戦争を休戦状態としており、現在正面から中国と衝突する気はない。だから今年4月の米中首脳会談では、中国に中南米からの「完全撤退」を要求するとは思えない。だが、台湾問題とともに取引材料にするのは間違いない。
ところがトランプ氏の関心は、にわかに中南米からデンマーク自治領グリーンランド領有に飛んだ。1月4日氏は、グリーンランド周辺に中露の船舶が出入りしている、彼等がグリーンランドを奪ってしまうと言い出した。そして、これに対抗するためには、グリーンランドをアメリカの「手中」に収める以外には手がないと、あらためてグリーンランド領有の意欲を表明した。そのためには軍事力の行使も排除しないとし、閣僚をグリーンランドに派遣している。
さらにNATOに対し「デンマークに今すぐ立ち去るように伝えろ!(グリーンランドの防衛は)犬ぞり2台では無理だ!アメリカだけにしかできない!」と主張した(2026・01・14、ロイター)。だが、デンマーク軍幹部は16日「グリーンランド周辺で中国やロシアの船舶は確認されていない」といい、中露の脅威拡大を挙げているトランプ氏の主張を否定した。
トランプ氏のグリーンランド領有に積極的で合理的な理由はない。おそらくはドンロー主義を完成させたいだけだ。安全保障が目的ならデンマークとグリーンランドにかけあってアメリカの軍事基地を増設すればよいだけの話である。
こうした中、グリーンランド自治政府のニールセン首相は13日、自分たちが「地政学的危機に直面している」としたうえで、「もし今ここでアメリカとデンマークのどちらかを選ばなくてはならないなら、私たちはデンマークを選ぶ」と言明した。1月15日、グリーンランドの防衛を担うデンマークは、グリーンランドが攻撃を受ければNATOは実質的に終わると警告し、NATO同盟国と緊密に協力して軍事的プレゼンスを拡大すると発表した(2026・01・16 CNN)。
1月16日BBCによると、グリーンランドにヨーロッパ諸国の限定的な部隊や艦艇が到着した。デンマークのほかドイツ、フランス、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、オランダ、イギリスが参加している。これに対して、同じ日、トランプ氏はホワイトハウスでの会合で、アメリカのグリーンランド領有に協力しなければ「関税を課すかもしれない」とヨーロッパ諸国に警告した。そして17日上記8ヶ国に本当に2月1日から10%の関税を課したのである。
NATOで最大最強のアメリカが他の加盟国の領土を奪取するのを防ぐために、ヨーロッパ8ヶ国の軍が進駐するという事態は、NATOが実質的に終了することを示している。これではウクライナ戦争はますます悲劇的な結末を迎えると考えざるを得ない。
アメリカは一方で自由、民主主義の旗を掲げつつ、国内では人種差別を維持し、対外的には戦争、恐喝、カネによって世界帝国を形成した。だが、いま裕福で強大な帝国は衰えつつある。関税戦争では、レアアースと大豆を武器とした中国に勝てなかった。また、かつては盟主であったNATOを自ら崩壊させようとしている。「アメリカ・ファースト」とか「Make America Great Again」とか「ドンロー主義」といったスローガンは、没落への「焦り」を反映しているが、それはいま常軌を逸したものに変わりつつある。
1月8日、公開のニューヨーク・タイムズのインタビューで、トランプ氏は米軍に世界中で軍事行動を命じる権限を制約するのは、「確かに1つだけある。私自身の道徳観、つまり心だ。私を止められるのはそれだけだ」と答えた。さらに、「私に国際法は必要ない」 「(だが)人々を傷つけるつもりはない」と続け、すぐに、「国際法は遵守する必要がある」と言い直したが、それも「国際法の定義次第だ」と補足した(2026・01・09 AFP・時事)。
日本の高市早苗政権は、「いきなり総選挙」で勝利し、それを後ろ盾に対中国外交の行き詰まりをトランプ政権に頼って打開しようとしている。米中会談では尖閣諸島いや琉球列島を取引材料とするかもしれないのに、なにを考えているのだろう。皆様はどうお考えだろうか。
(2026・01・18)
「リベラル21」2026.01.22より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14637:260122〕










