ハンガリーのスィーヤルトー外相は、「バイデン大統領就任式にハンガリー政府から誰が出席するのか」という記者の質問にたいして、「アメリカ政府から招待状が届いていない」ことを明らかにした。蜜を避けるために出席者が制限されていると解説されたが、明らかにバイデン政権のハンガリー政府にたいする意思表示の一つと考えるべきだろう。
アメリカ大統領選挙を控えた昨秋、スィーヤルトー外相は外務省HPに、「バイデン候補はウクライナ疑惑を晴らせ」と題する声明を発表した。他国の元首選挙にたいするハンガリー政府の異例の声明は、トランプ大統領の再選を願う立場を明確にしたものと受け取られた。このことが大統領選挙後の対米関係に影響を及ぼすのではないかと危惧されたが、それが現実のものとなった。
さらに、アメリカ連邦議会へのトランプ支持者の乱入事件にたいして、国営TVは「乱入したのはトランプ支持者ではなく、アンティファ」というQアノンの陰謀論をそのまま放映した。左翼勢力が国会への暴力行為を行った事例は歴史上数多くあると紹介し、2年前のハンガリー国会前の抗議活動で、野党支持者の1人が発煙筒を警官隊に投げ込む映像を繰り返し放映した。暴力行為は左派の常套手段と印象づける放送は、明らかに政府の指示を受けたものである。
政権政党FIDESZが三分の二の議席を占めるハンガリー政府は国営TVだけでなく、500近い各種メディアを囲い込む組織を作り、政府宣伝の掲載や記事配信を通して権力維持に利用している。首相の女婿の起業にEU補助金が使われた事件では、EU委員会にたいするOLAF(欧州不正監視局)の「補助金返還勧告」を受け、ハンガリー政府は補助金申請を取り下げて、事を荒立てないようにした。国営TVはこの件に関して一切の報道を控え、検察当局もおざなりの捜査で、「不正はなかった」と無罪放免した。国営TVは政府公報放送に成り下がっている。同種の事件が、10万人規模の大衆デモを引き起こしたチェコとは大違いである。
以前から難民・移民政策にたいするハンガリー政府への風当たりは強いが、それだけでなく、権力維持のためにメディアを囲い込み、司法を従属させていることが、ポーランドとともに「法の支配(rule of law)」に反する国家としてEU内で批判を浴びている。欧州議会は1月14日、ハンガリーとポーランドは「法の支配」にもとづく統治を実行していないと非難する決議を採択した(賛成446、反対178,保留41)。FIDESZが属する人民党グループの多くの議員が決議案に賛成した。
現在、FIDESZは人民党グループ内で資格停止処分を受けているが、昨年末には人民党グループのFIDESZ会派の代表者で、オルバン首相の盟友であるサイエル議員が全裸のホモセクシャル・パーティに参加していたところ、警察の急襲に会って拘束された。このために、サイエル議員は議員を辞職したが、人民党グループ内でのFIDESZの立場はさらに悪くなった。人民党グループからのFIDESZ除名の可能性が高まっている。
人民党グループ内での資格停止処分は、2019年の欧州議会選挙を控えた春、ハンガリー政府がユンケルEU委員長とジョージ・ソロスの写真を並べた巨大ポスターを全国に張り巡らし、「彼らの企みを知る必要がある」というキャンペーンを繰り広げた事件に発する。人民党グループから選出されたユンケル委員長を貶めるキャンペーンにたいし、人民党グループ内の9ヵ国の政党がFIDESZ除名を求め、ハンガリー政府は急いでポスターを回収した事件があった。この事件の後、人民党グループはFIDESZの資格停止処分を行い、現在に至っている。
この事件は難民・移民政策をめぐるオルバン-ソロスの敵対的関係に源を発しており、オルバン首相は「ソロスはハンガリーの敵」という主敵論を掲げている。そこから、EUの難民・移民政策はソロスの陰謀であり、理不尽なEU委員会と悪魔ソロスと戦うFIDESZ政権という国内キャンペーンを展開してきたのである。
陰謀論による国内キャンペーンは有権者、とくに地方在住で国営TVしか見ない有権者を取り込むための安直な手法である。EU加盟国でありながら、反EUキャンペーンを張って国内権力基盤を底固めしようとする企みである。つまり、「FIDESZ政権はEUやソロスの不当な政策強要からハンガリー国民を守っている愛国政党であり、国内基盤の弱い野党はEUのリベラル派や国外の勢力を利用して、FIDESZ政権を攻撃している売国政党である」という対立構図を作り、有権者の支持を得る作戦である。
FIDESZはこの戦略展開のために、ロシアや中国の虎の威を利用する。「ハンガリーを批判するなら、ハンガリーはロシアや中国へ接近する」というカードを切ることによって、EU委員会や欧州議会からの批判をかわす戦略である。セルビアとともにベオグラード-ブダペスト間の鉄道建設で「一帯一路」政策に積極的にかかわり、中国のマスク外交に全面的に依存することで、東方志向を明確にしてきたが、中国製ワクチンの輸入戦略もその一環である。
EUのワクチン政策の縛りのなかで、ハンガリー政府は中国製やロシア製のワクチン輸入の機会を探ってきた。しかし、EUの承認を受けていないワクチンの輸入・接種は、ワクチンを共同で購入し配分するというEUの基本方針に反する。そこで本年に入ってハンガリー政府が展開したキャンペーンが、「EUはワクチン確保に失敗した」という主張である。「EUを離脱した英国やEU外のアメリカが大量のワクチン接種に踏み出しているのにたいし、EUのワクチン確保ははるかに遅れをとっている。これはEUの政策的失敗であり、ハンガリー政府は自国民の安全を守るために、独自にワクチン確保を行わなければならない」という主張を展開している。
この論理にもとづき、中国とロシアとの間で、大量のワクチン購入の交渉を始めている。EU加盟国が自らの責任で、EUの承認を受けていないワクチンを輸入し接種することは認められている(他国への流用は認められない)。だから、これ見よがしにとばかりに、ロシアや中国から100万本単位の輸入交渉を始めたのである。
ただ、こうやって輸入されたワクチンを積極的に受ける国民がどれほどいるかが問題である。政府はワクチン接種の事前登録を受け付けているが、現在のところ、登録者は100万人程度に留まっている。国民のあいだには急造ワクチンへの警戒心が高い。しかも、臨床試験の公表データがなく、EU承認への手続きを行っていないロシア・中国製ワクチンにたいする信頼度は高くない。
国営TVは連日、「市場に出回っているすべてのワクチンは有効」で国民の健康を守るために不可欠と煽り、早急に接種登録するようにというキャンペーンをおこなっている。中国に担当者を派遣し、「近代的な技術と設備で製造されている」と報道している。まるで食料品製造の環境調査のようだ。薬剤の有効性や安全性の問題に触れずに、製造現場を見て安心だと報道する姿勢は、あまりに国民を見下した態度である。
国営放送では、ロシア・中国ワクチンの安全性を報道する一方、「野党勢力は反ワクチンのデマを広げている」と批判することも忘れない。政権がワクチンを政治的に利用している証左でもある。
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